第3エンド 北へ
『はいぃ!!どうもみなさんこんばんは!!
お久しぶりのゴウちゃんです!!今回行く先は何と青森!?ゴウちゃんは鹿児島出身ですよ!?一体何をしに行くのでしょうか!?』
早朝の東京駅。
場違いなハイテンションで騒ぐ。
先日引き受けた企画の為に新幹線で青森へ向かう。
その前に、ホームでオープニングの撮影だ。
これから出張か営業に出るのであろうサラリーマンが、目を合わせぬように、わずかに顔を背ける。
背中越しにクスクスと笑う外国人の声が、微かに耳に残る。
昔は少しでも舐めたような態度をしたやつにはガンを飛ばしたりもしていたが、道化役も板についたものである。アフリカの時なんて、空港で散々悪態をついて地べたに寝そべって、警備の人間ですら同情の目を向けていたほどだ。
そうこうして企画の趣旨を説明し終えたところで、カットの声がかかる。
『うん、まぁこんなもんだろ』
両手にパンパンに膨れ上がった駅弁の袋を持ったまま、腕組みをした藤原が呟く。
『……随分アクセルを踏むのが早すぎやしないかい? 久しぶりだからかなぁ?』
カメラ越しに、この先を見越して不安げな篠山の声が聞こえる。
隙あらば定時退社をするようなこの男でも、やはりテレビマンなのだ。企画の全体をちゃんと見据えている。
『そうでした? こんな感じじゃなかったでしたっけ? もう一度撮り直します?』
今目の前のことをやればいい自分とは違って、その後に編集をするのは藤原と篠山だ。なによりも最終的に責任を取るのは彼らなのだ。
そう思うと、撮影している間は半端なことは出来ない。あの時やっぱり撮り直しておけば、などと思わせたくは無いのだ。
『そうだねぇ、発車までまだ時間はあるし、念のため撮っとくかい?』
現役時代、練習を一日でも休めばすぐに体が違和感を感じ取ったはずなのに、今ではその勘も随分と錆び付いてしまったのかもしれない。
ボヤいた篠山も、この面子で企画を行うことが久しぶりなのでイマイチ感覚を掴み切れていない。
自分の感じた違和感が果たして正しいのかどうか、自信を持てないでいるようだ。
そんな煮え切らない空気を察してか、
『いや、これでいこう!! 最近はパッと分かりやすくないといけないからな、うん』
と虚勢を張ったものの、徐々に声が小さくなっていく様は、まるで見えないモヤの中を進む自分に言い聞かせているようだった。
昨今は何がバズるのか皆目見当も付かない。
藤原のように現場一筋、「平成の視聴率男」などと持ち上げられていた人間には、そのモヤはより一層、深く立ち込めているのだろう。
『これで最後まで持つかなぁ?』
過去の企画の冒頭を思い出して、明らかに空回りしている今回に対して、ポツリと篠山がボヤくが、
『まぁまぁまぁ、そこは何とかなるって!!』
全く持って根拠の無いやり取りをし始めるとともに、新幹線の発車のベルがホームに鳴り響く。
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空気が澄んでいた。
青い。
新青森駅を出ると、そんなイメージがすっと湧いてきた。
東京とは違う、土と緑と、そしてほのかに海の匂いがする。
新幹線とは言え、約三時間ほど座りっぱなしだったからか、四十歳が射程圏内に入ってきた体の疲労は、グリーン車のシートでも受け止めきれなかったようだ。
思わずぐいっと背中を伸ばし、ポキポキと小気味の良い音が体に響く。
何でだろうな、青森なんて初めてきたはずなのに、どこか懐かしい感じがする。
そういえば、鹿児島に帰ったのは何年前だったか。確か娘を連れて一度帰ったきりだったような気がする。
そんな郷愁にも似た空気をぶち破るように、
『おぉ~、良いじゃない良いじゃない! 青森なんて何も無いド田舎だと思ってたけど立派な駅じゃないか! これは良い画が撮れるぞ~!』
その声には、「俺が思っていたよりは」という枕詞が透けて見える。何ともデリカシーに欠けた声が、ドカドカと割り込んできた。
恐らく地元の人であろう通行人が、少しの不快感が混じった顔でチラリとこちらを見る。
(わかるよ、そう思う気持ちは)
自分の出身地である南大隈町も、中々のド田舎だ。地元がこんな風に言われたら、カチンと来るのは当たり前だ。
『ここから現場までどのくらいでしたっけ?』
さして興味があるわけではないが、これ以上何か失礼な事を言い始める前に話題をそらす。
これくらいしか適当な話題が思い浮かばなかったのだ。
『ん? 確かそう遠くないはずだぞ?』
スマホを確認するわけでもなく、藤原が即答する。
確かメールには、会場である青森市スポーツ会館、通称オカでんアリーナは車で二十分程と書かれていたはずだが、とはいえ新幹線の停まる駅周辺と言えど、地方の距離感というものを甘く見てはいけない。
『いい加減だねぇ、東京の距離感で想像すると痛い目見るかもしれないよ?』
と、まるで思考を読み取ったかのように、篠山が実感のこもった苦い顔でボヤく。
そういえば、彼の妻は秋田の出身だったか。恐らく義実家へ挨拶にでも行った際に、何かあったのだろう。彼もまた、この青森の風景を見て何某かの記憶が想起されたらしい。
三者三様の感慨にふけっていると、
『いよぉし! それじゃあ、一発撮って次は会場までのロケでもやるぞぉ!』
ここからが本番とでも言わんばかりにふんふんと息巻いて、威勢のいい文字が躍る、如何にも手作りなボードを取り出し始める。
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よし、物思いにふけるのは終わりだ。
ここからは、仕事の時間。
元世界王者・桐原剛士から、テレビタレント・ゴウちゃんに変身の時間だ。
軽くステップを踏み、首を回す。
リーゼントを手で整える。
試合会場に入る前、気持ちを切り替える時にいつも無意識にやっていた動き。
連休のせいか新青森駅の人通りは思っていたよりも多いが、良いじゃないか。
観客がいるほうが、燃えるじゃないか。
よぉく見とけよ。
東京のテレビタレント・ゴウちゃんの、リングインだ。