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GO!!~氷上の剛腕番長~  作者: 渋谷直樹
第4巻:もう一つの闘い
28/33

第28エンド 伏魔殿の主

『やぁやぁ、済まないね、待たせちゃって』


 東京東都テレビの会議室。

 俺の上司、そして、お互いのやり方を知り尽くしている男。


 編成部長の古室茂明 (こむろ しげあき)が、この会議室に現れたのは、約束した時間から既に30分も経過していた。


 随分忙しい.....いや、優先順位の違いか。

 今の俺の立場が、改めて良く分かった。


『いえいえ、こちらこそ、お忙しい中ご無理を聞いていていただいて、ありがとうございます』


 さて、この今では算盤の上で踊る合理主義の男を、どのように口説き落とそうか。

 どうやって、主導権を握るか、俺のペースに持ち込むか....


 ────今まさに、口を開きかけた。


『それで....何だっけ?話って』


 やられた。

 雑談から空気を作って、そこから本題に持っていこうとしたが、席に着くなり先手を打たれてしまった。


 俺がペーペーの新人で、古室がディレクターとして現場に立っていたときからの付き合いだ。

 この古室という男の記憶力を、俺は良く知っている。

 覚えていないわけがない。恐ろしく細かい事まで記憶しているようなやつだ。


 つまりは、こういうことだ。

「昔の誼だから時間は作ったが、聞くつもりはないぞ?」

 そんな言外の言葉が込められた古室のその一言に、高い、高い壁を感じた。


 時計の秒針の音が、やけにはっきりと響き渡る。

 ゴクリ、と唾を飲み込む音よりも、はっきりと聴こえた。


『....この前終わったカーリングの奴なんですがね。ドキュメンタリーとして、追わしちゃもらえないでしょうか?』


 さぁ、どう来る?

 どう反応する?

 断る、それは当たり前だ。問題は、その断り方だ。


『藤原くん、それは無理だよ?』


 柔和な顔から繰り出される、苦笑い。

「君の気持は分かるけど、それは無理だよ?」と、気遣いを装った仮面。

 この苦笑いは、表情ではない。

 彼の心は、微塵も揺さぶられていない。


 突破口は.....どこだ。


『ややや!そこをなんとか!!』


 机を挟んで向かい合う古室に、大げさな身振りと表情で頼み込む。

 筋論も論理もへったくれもないような、めちゃくちゃな頼み方。

 あえて、ツッコむ隙を与える。

 向こうから、きっかけを引き出すんだ。


『藤原くん、君はずっとバラエティだったろ?今更ドキュメンタリーだなんて、出来るのかい?』


 ───ほら、来た。

 取り付く島が、出来た。


『いやほら、そこは私には、篠山さんという強力な相棒がいますから!』


 俺はバラエティのノウハウしか持っていない。それも、今や時代遅れになっている。

 であれば、餅は餅屋だ。

 篠山さん、頼んだよ。


『うぅん、確かに、篠山くんは昔ドキュメンタリーとか歴史物を作ってたけどさぁ....』

 古室が腕を組み、苦々しげに口を開く。

『「うなぎの稚魚の謎」とか「幕末の床屋事情」みたいなのばっかりだったからなぁ』

「イルカとかマヤ文明とかなら、もう少し良かったんだけどねぇ」

 やれやれと言った顔でボヤき、「あぁ、僕は好きだったよ?」と、フォローにもなっていないフォローをする。


(....篠山さん、あんたそんなの作ってたのか)

 そりゃあ数字は出ないよと、俺があてにしていた餅屋は、どうやら見当違いだったらしい。


 何にしても、このままではマズイ。

 この古室もまた、百戦錬磨のテレビマンだ。

 それに加えて、伏魔殿のような厳しい社内政治を生き抜いてきた古狸。

 いつものような、熱と勢いに任せたやり方なんて、到底通じないだろう。

 さっきみたいに、ビシッと痛いところを突かれてしまうのがオチだ。


 ......ここは一つ。

 篠山さんみたいに、引いてみるか.....


『....古室さん。我々が輝いてた平成は、本当にもう、終わっちまったんですね』


 しんみりとした空気になる。

 目の前にいる、現実的で、数字にこだわるこの男もまた、同じ時代を駆け抜けた仲間なのだ。

 根っこは同じ、面白いものを追い求める、テレビマンなのだ。


『青森で、若い奴らと話した時にはビックリしましたよ。家にテレビを置いてないなんて、もう珍しくも無いんですって。

 テレビを観てるのはじいさんばあさんくらいだって、青森のド田舎なのに、ですよ?』


 古室も、俺も、とっくに分かっていた。

 それでも、なんとかして認めたくなくて、目を逸らしていた現実に、彼は静かに目を伏せる。

 自分達が死に物狂いで生きてきた世界が、テレビが、俺たちの黄金時代が、遠い過去の遺物になってしまったのだ。


『....でも、本当にそうですか?テレビは、俺達は、本当に終わっちまったんですか?』


 つい、熱くなってきた。


『もう一度....もう一度見せてやりましょうよ!テレビは凄えんだって!俺達は、凄えんだって!!』


 拳に力が入る。

 目頭が、熱くなってきた。


 それまで腕を組み、沈黙していた古室が、口を開く。


『....ドキュメンタリーはね、時間がかかる。結果が出るまで追わないといけない。

 .....つまり、金がかかる』


 .....駄目か。

 唇をギュッと噛む。


 すまん、剛士。


 沈黙が、重い。


『....あんまり、出せないよ?』


 ハッと、顔を上げる。


 組んでいた腕が、だらりと下がり、会議室の後方、いや、昔を思い出すように、あの日を思い出すように、俺達の、黄金時代を思い出すように、遠い目をしている。


『「猛烈コイントスダービー」、あれは良かったねぇ』

『みんな必死でさぁ、予算もクソも関係なくて、兎に角終わらせるのに必死でさぁ』

「イカサマすりゃあいいのに何でか、みんなそこは律儀にやってさぁ....」

「本当に馬鹿だったよねぇ」と、くっくっと苦笑する。

「あの時のほら、畠中くんには、未だに恨み言を言われるよ」と、ぽつりとこぼした。


 懐かしい、栄光の記憶。

 俺達が駆け抜けた、黄金の記憶。


『もう、あんな楽しいのは、僕は出来ないよ』


 その目の奥に、深く、深く、諦めがきざまれている。

 遠い昔に、捨ててしまったもの。

 出世と引き換えに、蓋をしたもの。


 それを未だに、後生大事に持ち続けている。

 青臭い情熱を、未だに持ち続けてる。

 かつて共に同じ現場を駆け抜けてきた、仲間が。


 ふぅっと、息を吐きだした。


 だからさ。


『.....良いじゃない。元ボクシング世界王者が、今度はカーリングで王者になったら、素敵じゃない』


 ───首の皮一枚。


 薄皮一枚で、繋がった。


「あぁ、勿論。何も起きなかったら、その時は考えておいてくれよ?」


 と、古室が付け足したことは、聞かなかったことにしておこう。

 うん、そうしよう。

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