第26エンド 俺のヒーロー(前)
『ドキュメンタリーに変更?』
東京東都テレビ局。
の、虎ノ門にある薄暗く、小さな、ヤニ臭い編集室。
剛士くんのカーリング企画も終わり、もうすぐそこまで近づき始めた年末年始の特番の準備。
そのバタバタとした慌ただしさの中、突如として、彼は言い始めた。
いきなり何を言い出すのやら。
いつもの相棒が、いつも通りの突拍子もない事を言い出した。
入社してこの方、バラエティ一筋だった男が、急にドキュメンタリーを作るなどと。
『そう!編成部長に直談判してくるぞぉ!』
息巻いているのは良いけどねぇ。
僕らと、彼らとじゃあ、乗ってるレールが違うじゃないの?
現場はやる気と熱意と技術があれば、それで良い。
僕ら窓際なんて、トラブルさえ起こさなければ、見て見ぬふりをしてもらえる。
けど、編成部長だの編成局長だの、上の管理職連中はそうもいかない。
生き馬の目を抜くような、ただの雑談の中で腹の探り合いをする、複雑な人間関係の九龍城。
魑魅魍魎が巣くう、社内政治の伏魔殿。
そんな魔境を生き渡っているような連中だよ?
『ふぅん、そんなの聞いてくれるかなぁ?』
テレビ局の予算が厳しくなってきて久しい昨今。
ドキュメンタリーだなんて、それも、何の実績もないカーリングチームの密着の予算なんて、果たして聞いてもらえるかどうかだって怪しいものだ。
それに、ドキュメンタリーは継続的に追わなければいけない。
つまり、結果や区切りが出来るまで。
もしかしたら、予算を、穴の開いたバケツで水を汲み続けるような事になるかもしれない。
それなりの予算をつぎ込んで、結局、何も起きませんでした。
それでは許されない。
追い落とすための格好の材料になるようなことを、あの連中が許すはずがない。
『あの人が出世出来たのだって、半分は俺の手柄だろ?』
分かるよ、そう思う気持ちは。
実際に、そうだと思う。
きみがあの時代に、局の歴代視聴率ランキングに入る様な番組を何本も出したから、当時の上司だった古室さんは、順調に出世出来たのだ。
あの時に作った実績と人脈が、彼を編成部長まで押し上げた。
実績に物を言わせて、かなり強引な事もやっていた。それも、結果があったからだ。
それに、君とはサハラ砂漠を横断した仲だしねぇ。
あの時の武勇伝は、今でもよく聞くよ。
それでも。
潮目が変わるのを見極めるのも、あの人は早かった。
破天荒で、勢い任せで、強引で。そんな風だったなんて全く思えないほどに、今は、算盤の上で立ち回る。
柔和な笑顔で、リスクを切り捨てる。
今では、そういう人じゃあないか。
『間違いではないけどさぁ、もう随分昔の話じゃない』
そう、あの時とは違う。
予算も潤沢で、コンプライアンスも、まだ後回しに出来た。
僕らテレビマンにとっての、黄金時代。
君が、最も輝いていた時代。
『まぁまぁまぁ....話ぐらいは聞いてくれるだろ!』
彼も、分かってる。
自分が何を言っているのかを。
どれだけ無謀な事なのかを。
今から立ち向かおうとしている相手が、そんな甘い相手ではない事を。
だけど、それを認めてしまったら、大事なものを失うかも知れないことを。
『昔だったらわかんないけどさぁ、古室さんだって今は随分厳しいじゃない。僕もやったことあるけどさぁ、ドキュメンタリーはお金かかるよ?』
そう、自分自身、最初から、今のようなやる気のないテレビマンだった訳では無い。
やる気も、野心もあった。
が、駄目だった。
自分の好きだった、やりたかった歴史物やドキュメンタリーでは、駄目だった。
数字が、取れなかった。
ネットがまだ普及していない、あの時代ですら、駄目だった。
……きみのような才能が、無かった。
その言葉は、飲み込んだ。
古室さんだって、藤原の功績にただ乗りしただけの男ではない。
優秀な現場叩き上げのテレビマンだ。しかし、周りは早稲田やら慶応やら、親や親戚の代から方々にコネがあるような連中ばかり。その中で、今のポジションから先へ行くのに、随分と苦労をしているらしい。
そんな上司を説得して、ドキュメンタリーの体裁を装ってまで、彼らを追い掛ける。
かなり、無茶な話だ。
下手をしたら、僕らは、この窓際にだっていられなくなるかもしれない。
.....長年、疑問に思っていた。
聞きたかったけれど、聞かない方が良いのかも知れない。
そうやって、9年も経っていた。
もう聞かなくても良いかなぁ、そう思っていた。
『....藤原くん』
『なんでそこまで、剛士くんに拘るんだい?』




