表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
GO!!~氷上の剛腕番長~  作者: 渋谷直樹
第3巻:見慣れた新天地
23/33

第23エンド 周縁の熱狂

 青色のカーテン。


 パイプ椅子と長机。


 何の変哲もない、簡素な会議室。


『えぇ~、みなさん、最近こんな人がバズっているのはご存知でしょうか?』


 良く通る声の、小太りの男が問いかける。

 彼が、漫才コンビ「馬、走る」のツッコミ担当、森野昌幸。ネットミームになった張本人だ。


 その隣には、相方の高島航大がニコニコと、人の良さそうな笑顔で立っている。


 佐山はこっちの方がヤバいと言っていたが....

 そうなのか?真面目そうな好青年にしか見えないが。


『カーリングおじさん!!どうぞ!!』


 セリフを一区切りをすると、森野がサーカスのショーマンのように大袈裟な身振りで招き入れる。

 この俺、カーリングおじさんを。


『ヤー!ヤー!ヤー!どうも!カーリングおじさんです!!』


 三脚に立てられたスマホ、スタッフが持っている撮影機材も手持ちのスマホだ。

 撮影と言うには随分と小ぢんまりしているが、藤原の企画も篠山と俺との三人で行うのが殆どで、機材もみんながイメージするようなテレビのカメラではなく、家庭用のハンディカムだから大した違いは無いかも知れない。

 後半なんて「スマホでも良いんじゃないかなぁ、軽いし」などと良くボヤいていたものだ。


『いやぁ、ご本人登場!キレッキレですねぇ!』


 まるでここがテレビの、キー局の立派な収録スタジオで行っているかのような、熱のこもった声が、小さな会議室いっぱいに響き渡った。


 ───────


『では、今回のコラボゲストはカーリングおじさんこと、桐原剛士さんでした!!』


 汗ばんで、若干息を切らした森野が、高々と動画の終了を宣言する。


「はい...おっけーです!!」

 堀の深い顔に知的な光を目に宿したスタッフが、撮影終了の声をかけた。


 緩い、ホッとしたような空気が流れ出した。


『いやぁ、お疲れ様です!今回は本当にオファーを受けていただいてありがとうございました!』


 差し出された手を握る。

 グッと力強く。


『いやぁうん、ほんと、びっくりしたもんなぁ、断られると思ってたもん』

 高島がほーっと、安堵の声を漏らす。


 なんとなく、佐山の言っていたことが理解できるかも知れない。


 笑顔....というよりも、顔の筋肉が、コミュニケーションを取るうえで最適な笑顔のカタチをとっている。

 そんな、まるで精巧なアンドロイドが社会に紛れ込んでいるような違和感。

 俺の右フックを自然と森野が受けるように仕向けていた男から、初めて見ることが出来た、人間らしい感情。


『いやいや、こちらこそ』


 彼らの所属する事務所の中でも隅っこにある、以前までは倉庫として使われていたという簡素な会議室。

 自由に使っていいからと、半ば掃除を押し付けられるように与えられた小部屋。

 普段収録をしているバラエティのスタジオに比べれば、遥かにチンケな、小さな小さな会議室。


 しかし、本物の熱が、ここにはあった。


『いやしかし、最初にカーリングおじさんを知った時はびっくりしましたよ!これゴウちゃんじゃん!って!』

 森野は撮影中とはまた違ったテンションで、興奮気味に話し始めた。


『あのほら、伊能忠敬のやつ、僕あれめっちゃ好きなんですよ!』

「篠山さんの録画して無かった事件とか、旅館で責任のなすりつけ合いしてたのとか!」


 屈託の無い、純粋なファンの笑顔で、かつての苦々しい思い出を、キラキラとした顔で「最高だった」と語っている。


 あの企画はすぐに打ち切りになったのだが、そうかぁ....

 観てる人がちゃんと、いたのか。


『でも、あれですね、ボクサーのパンチって本当に危ないんですねぇ』

「マーちゃん受け身取れるか分からないから怖かったよ」

「でも本当に漫画みたいに首ってギュンってなるんだねぇ」

 と、俺の右フックを受けるのを上手いことなすりつけた本人が、いけしゃあしゃあと笑っている。


『お前!絶対に分かっててやっただろ!?マジでトラックとぶつかったと思ったぞ!チャンピオンのフィニッシュブローなんて危ないに決まってるだろ!』


「当たり前だろ!?俺はただのデブだぞ!?」


 幼馴染で組んだコンビらしい歯に衣着せぬ、微笑ましいやり取り。

 そうやって、もう撮影も終わったというのにぎゃあぎゃあと、丁々発止のやり取りを続けている。

 何とも仲のいい奴らだ。


 何より、彼らは、俺をカーリングおじさんでも、テレビタレント・ゴウちゃんでもなく、元ボクシング・スーパーライト級世界王者として扱ってくれた。

 だからこそ、俺の右フックを受けるなんて流れを用意してくれた。


『そりゃあこれでも一応、世界を獲った右ですからね』


 30歳になったばかりの彼らからしたら、俺が世界王者になった試合なんて、遠い過去の出来事だろう。

 9年もあれば、小学生だって高校生になるほどの時間だ。


 ....千春が、高校生か。


 もしも彼氏なんて連れてきたら.......

 俺は、この右フックを、抑えられるだろうか。


『いやいや!!一応じゃないんですって!マジで!意識飛びましたよ!』

 実際に俺の右フックを受けた森野が、思い出したように喚く。

 芸人ならば体を張るのは美味しい撮れ高の一つではあるが、それでも嫌なものは嫌なのである。

 強力ゴムや逆バンジーのような、何となく威力が予想できるものならまだしも、ボクサーの、しかも世界を獲ったフィニッシュブローなら尚更だ。


『あのほら、ペレイラ戦の動画の打ち合いなんて、思いっきりストレート受けてたじゃないですか。あれで逆転しちゃうんだもん。マーちゃんだったら死んでるよね?』


 このオファーをするにあたって、彼らは、俺のデビュー戦まで遡って、ボクサーとしての桐原剛士を調べてくれた。


 ありがたい。


 巻内さん、友利さん、そして彩夏。

 俺は人に恵まれている。


 やっと、俺は世界王者だと、胸を張れている。


 そして、この目の前の2人が、わざわざ俺の過去を調べてくれていた。


 ありがとう。


 本当に、ありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ