第15エンド 灼熱の獣
友利堅一、沖縄出身の、日本ボクシング界黎明期の偉大なレジェンド。
どんな強敵相手にも一歩も引かずに前に出る。
正にシーサーのように勇猛果敢なファイトスタイルで日本中を魅了した、炎の男、灼熱のファイター、それが友利堅一だ。
しかし、今では珍回答や明後日の方向のボケを連発する、お茶の間で人気の面白おじいちゃんだ。
彼のようにジムを経営しながらではないが、テレビタレントに転身してからはこの人の身の振り方を随分と参考にしたものだ。
彼の興した熱狂を直接浴びてきた世代では無いが、まさかテレビのコーナーの、ちょっとした余興で、超レジェンドにミットを持ってもらえる時が来るなんて。
流石に震える。
ひな壇からおりて中央に移動する。
それにしても、御年70は越える老人だ。
友利さんがミットをつける。
俺の親父と同い年か少し上か....
シュッシュッと軽く拳を振る
流石に、現役時代のような引き締まった体ではない。
首を軽く回し、ステップを踏む。
俺の正面に立ち、ミットを構える。
ファイティングポーズをとって、向かい合う。
───俺は、反射的にガードを固めた。
....違う。
....全然違う。
......目が違う。
さっきまでと全然、纏ってるオーラが、全然違う。
ほんの数秒前、ミットをつけて構える前まで、ただの面白おじいちゃんだったのに。
自分よりもずっと年下のMCの芸人にイジられてもニコニコしていたのに。
今、目の前にいるのは、偉大なチャンピオンだ。
先程までの優しそうな目から、猛獣のような目だ。
言っている、目が言っている。
「来いよ、若造。やれんのかい?」
ビリビリと伝わってくる。
ミットなのに、パンチを受ける側なのに、もう随分な年なのに。
俺を倒す気が満々だ。
筋肉が、ギュッと収縮する。
──────────────
バァン!バァンバァン!!
ジャブ、ワン・ツー。
バァンバァン!バァン!!
ワン・ツー、ストレート
息が詰まる。
余興じゃない。
遊びじゃない。
試されてる。
目の前の、レジェンド....猛獣.....いや、怪物に。
バァンバァン!バァン!!
ワン・ツー、アッパー
俺は、怖くなった。
打ってない、打たされてる。
怖くて、打たないと立っていられない。
ジャ───
スバァ!!!
何かが飛んできた。
俺の顔を掠める。
風圧でリーゼントが揺れた。
拳だ。
ミットを持った友利さんの拳だ。
音速の右と言われたストレートだ。
見え....た。
いや、見えていない。
動いた。
.....そう、たまたま体が動いたんだ。
『しゅうりょ〜〜〜!かんかんかんかーん!!』
MCの廣田の大声が、余興の終わりを高らかに宣言する。
『お前ホンマにボクサーやったんやな!』
廣田がフリを渡す。
『....いやいやいや!!元世界王者ですってぇ!!』
コンマ数秒遅れる。
振った廣田の目が一瞬、チラリと光った。
『ハゲもそこそこやるやん!!』
すかさず友利さんに振る
『朝ごはんはサーターアンダギーです!!』
テンポよく答える。
『ボケてるやないかい!!』
会場が笑いに包まれる。
俺は静かに席に戻る。
ほんの2,3分。
引退して9年経っても軽いロードワークはやっていた、なのに、たかが2,3分のミット打ちで。
───俺はビッショリと、汗をかいていた。
──────────────
『ゴウちゃん、眼が良いね』
撮影の休憩中に友利さんから、いきなり声を掛けられた。
『最後のストレート、当てたと思ったんだけどね、避けられちゃったねぇ』
自分の感覚と反する事が起きた事実に、面白そうに笑っている。
『でも、迷ってるね?』
ドキリとした。
まるで、全部見透かされていると思った。
『僕はね、全力でやるか、全くやらないかしか出来ないんだよねぇ。器用じゃないからさぁ』
友利さんは、自分の禿げた頭をペシッと叩いて苦笑する。
『テレビに出始めた時も訳が分からなかったさ』
ツッコミで頭を叩かれたらやり返したりしちゃってさ、と笑う。
『でもねぇ、リングが違っても、絶対に変わらない事があったんだよね』
俺の目を真っ直ぐに見て言う。
優しい目の奥に、一瞬だけ、チラリと猛獣の牙が映ったような気がする。
『やるかやらないかだよ。半端は駄目だよ?ゴウちゃん』
何も言えなかった。
何かを返したかった。
休憩が終わった。




