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GO!!~氷上の剛腕番長~  作者: 渋谷直樹
第2巻:道化の終わり
12/33

第12エンド 抜けない棘

『おう!剛士ぃ!!久し振りやねぇ!!』


 バリバリの博多弁。

 アディダスのジャージ、黒革のセカンドバッグに短く刈り込んだ髪。


 巻内寛二まきうち かんじ

 通称「鬼の巻内」は、かつて俺のいたジムの大先輩で、日本人初のミドル級世界王者だ。


 鬼というのは性格や人柄ではない。普段から気さくで豪快な、みんなの兄貴分だ。

 ではなぜ「鬼」などとあだ名がついたのか?

 それは、相手の心をへし折るまで一切手を緩めない、鬼神のような戦いぶりから取られている。


 現役時代のビデオを見たことがあるが、戦慄した。

 同じ時代の同じ階級に生まれなくて本当に良かったと、心の底から思ったのを覚えている。


 そんな巻内も、今では飲食店を数店舗経営していて多忙な実業家だが、たまたまテレビを観ていたら俺を見つけて。


「久しぶりに飯でもどうだ?」とのことだった。

 無論、大先輩からの誘いだ、断るはずもない。


 現役を引退してからもう20年以上は経つのに、あの時のようなギラつき、鋭い闘志は今も変わらない。

 いや、むしろより研ぎ澄まされていっているように思える。


 高円寺にある年季の入った店。

 赤と黄色の背景に、筆で書いたような荒々しい店名。


 居酒屋「ぼでいぶろう」。


 ミドル級の、世界の猛者たちを何人もリングに沈めてきた、巻内の必殺技が由来の店名だ。


 現役の頃、巻内にスパーをしてもらった時にこのボディブローをモロに叩き込まれた事がある。

 まるで砲弾がめり込んだのかと思う程の衝撃が走り、完全に呼吸ができなくなったのを覚えてる。

 確か、あの時は生意気にも意地を張って「まぁまぁっすね」なんて、脂汗を流しながら強がったものだ。

 それを見て巻内がケタケタと笑っていた懐かしい記憶が、まるで昨日の事のように蘇る。


 店内には「最強」「爆弾」「激ウマ」などといった強気な文字が、赤や黄色に緑など、目にチカチカする位に散りばめられている。


『俺の店やけん好きなだけ食えや!』


『ウスッ!ご馳走になります!!』


 巻内の中では俺はまだ、いつも腹を空かせた駆け出しの若造に映っているのだろう。

 何より、腹いっぱい食わせるというのが、昔から変わらない、彼なりの愛情表現なのだ。

 金のない頃は随分と奢ってもらったのが懐かしい。


 久し振りの再会に、昔話に花が咲く。


 そうして、巻内が静かに切り出した。


 頑張っとるみたいやね


 ……ヒーヒー言いながらですけど何とか


 で、どうや?


 え?


 色々やっとるんやろ?どうや?


 ....


 山盛りに盛られたもつ鍋が立てる、グツグツとした音が、やけにはっきりと聴こえた。


『俺も昔はテレビとかよぉやっとったけん分かる』


 回りくどいことが嫌いな男からの、精一杯の配慮。

 巻内が何を言いたいのか、何を聞きたいのか。


 分かる。


 ───お前、リングに立っとるんか?


 口にはしない。

 それでも伝わる。

 何を言いたいのか。

 どういう意味なのか。


 嘘は吐けない。

 誤魔化しも出来ない。

 俺を射抜く、真っすぐな目。


 俺は、いままでずっと、あの日から。

 俺の視線をあの白いタオルが横切った日から。

 深く、深く、突き刺さった、抜けない棘に手を触れた。


『...........俺は、世界王者なんすかね?』


 惨めだ。


『......ベルト巻いたんやけん、チャンピオンに決まっとっちゃろ』

 正しい、勝負の論理。


『....でも、タオルですよ?』

 相手の、マルコの目は全く死んでいなかった。もしもあのまま続けてたら、わからなかった。


『お前のほうが強かったけん、向こうもタオル投げたっちゃん』


 もっともだ。そこまで追い詰めたのは紛れも無く俺の力だ。

 誰だって、タオルなど投げたくはない。ギブアップなどしたくはない。チャンピオンのベルトを手放すなんて、したいはずもない。

 だから、マルコの目は死んでいなかった。

 マルコのセコンドも、それは良く分かっていた。それでも、タオルを投げざるを得なかった。


 そこまで、追い詰めた。


 ……そう、今まで何度も、そうやって自分を納得させようとしてきた。


『なんちゃあ、そのしけたツラは。ええか剛士、俺たちの世界にはな、“だって”とか、“もしも”なんて無い。お前もよぉくわかっとぉやろ?』


『........』



 巻内が大きく息を吐く。


『お前、カーリングやっとっちゃろ?そいつらに聞いてみろ。「相手が途中で棄権して、勝った。それは勝ちなのか?」って』


 勝ちだ。

 間違いなく、そう答えるだろう。

 全員が、人生を賭けている。いつかの打ち上げの時の、為川コーチの熱が脳裏を過る。

 あれほどに人生を賭けているならば、どんな勝ち方でも死に物狂いで獲りにいくだろう。


『勝ったもんが強い。それが俺たちの、勝負の世界やろが』


 返せる言葉が無かった。

 巻内が言うことは全て、事実だ。

 スーパーライト級世界王者決定戦、桐原剛士VSマルコ・アレハンドロ・マルケスは、マルコのタオル投入で桐原剛士が勝った。


 それが、事実だ。

 誰の目にも映る、事実だ。


 俺の様子を見ていた巻内が、ボリボリと頭を掻く。


『はぁ〜、お前の変に真面目な所は変わっとらんなぁ。相変わらず面倒くさい性分しとる』


 パッと、店の空気が変わる。


『こっからは飲むぞ!久し振りなんやけん、最後まで付き合え!』


『....ウッス!!』


 煮詰まったもつ鍋の、スープが塩辛かった。

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