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GO!!~氷上の剛腕番長~  作者: 渋谷直樹
第2巻:道化の終わり
10/33

第10エンド 遠いリンク

『剛士さん、ボクシングの元世界王者は、流石ですね。身体操作の理解力が全然違います』


 練習試合が終わり、後片付けが始まったリンク。

 その喧騒を少し離れた場所で、為川はリンクサイドに座る藤原にぽつりと話しかけた。


『確か、スーパーライト級....でしたっけ?』

 すみません、格闘技は疎いもので、と為川は苦笑いをする。


 その言葉に、藤原は待ってましたとばかりに胸を張った。


『そうそう!そうでしょう!!あいつのパワーと体幹は本物ですよ!!』


 自慢のタレントを褒められ、藤原はご機嫌だ。

 だが、すぐに目の前のコーチの表情が、単なる称賛だけではないことに気づく。

 長年、人の心の機微を撮り続けてきたプロデューサーの勘が、そう告げていた。


『……それだけじゃないんでしょ?』


 藤原の真っ直ぐな視線に、為川は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに諦めたようにふっと笑みをこぼした。


『たはは……お見通しですか』


 為川はぽりぽりと頭を掻きながら、言葉を続ける。


『おっしゃる通り、彼のスイープは既に初心者のレベルは超えています。東京でも、相当練習をしているのが良く分かります。ですが……』


 そこで一度、言葉を切る。

 為川の視線が、リンクの向こう側へと向けられた。

 藤原も、その視線を追う。


 視線の先には、勝利を喜ぶチームの輪から少しだけ離れ、一人佇む剛士の姿があった。

 彼は、ただじっと自分の手のひらを見つめている。


『……カーリングは、腕力だけではどうにもならないんです。特に、ストーンを投げるデリバリーは、何千、何万回と氷の上で繰り返すことでしか身につかない、繊細な感覚が全て。あればかりは……どうすることもできない』


 コーチの静かな声が、リンクの冷気と混じり合う。


 それは、褒め言葉の裏に隠された、あまりにも「現実的」な課題の提示だった。

 そして、拳を握りしめる剛士の姿が、その課題の重さを何よりも雄弁に物語っていた。


 ―――――――――――――――


 津軽スーパーミッキーズ。

 地元の主婦などの趣味の人達で構成された、男女混合の地元カーリングチームだ。


 しかし、趣味といえども決して侮るなかれ。

 全員が最低でも10年以上はカーリングを続けている手練れのチームだ。


 それに、何人かは悠歩と海至の出身である、ちびっこカーリング教室でコーチをやっていた人達だ。

 悠歩達からしてみれば師匠である。


 今回は、初心者の俺が参加することもあり、胸を貸してくれた。


 途中までは良かった。

 氷の上での移動も、スイープも。


 しかし、ストーンの投擲、デリバリーがどうにもならなかった。


 結局、アップルストーンズのメンバーのリカバリーのお陰で何とか勝てたようなものだ。

 東京でも練習を積んでいる事をチームのメンバーは認めてくれているが、自分の中に沸き立つ感情だけはどうにもできない。


 足を引っ張っている。


 言い訳なんて幾らでもできる。

 東京に住んでるから、初心者だから、企画で来ているだけだから。


 違う。

 そんなんじゃあない。

 そんな気持ちでリンクに立っているのではない。


 やれる事は出来る限りやっているつもりだ。

 それでも、どうにもならない。


 片付けも終わり、スーパーミッキーズの面々とアップルストーンズのメンバーが和気藹々と談笑している。


 その中に、どうしても混じれない。

 そんな資格が無いように思えて。


 ポンと肩が叩かれた。

 振り向くと、初老の男がそこにいた。

 スーパーミッキーズのキャプテンの那須野清なすの きよしだった。


『あんたやるねぇ!さっき、かいくん達から聞いたけどさ、まだ半年も経ってないんだって?』


 ニコニコと労いの言葉をかけられた。


『いやぁ、はは....まだまだっす』


 そう、まだまだだ。


『東京なんでしょ?デリバリーは難しいもんね~』

 僕も苦手なんだよね~、と苦笑する。


 聞けばこの那須野はカーリングを始めてもう20年近くなのだという。

 そんなベテランでも難しいのだとボヤくのだ、始めたばかりの俺には、那須野の感じる難しさの爪の先ほども分からないだろう。


『桐原さん』


 急に名前で呼ばれてドキリとした。


『あの子達、本気なんだよ。本気でやってるんだ。だからさ、頼んだよ?』


 小さい頃から教えてきた、身内のような子供が本気で競技に打ち込んでいる。

 那須野にとって親のような気持ちなのだろう。


 すぐに言葉が出てこなかった。


『まぁ、もし青森に引っ越すんだったら声かけてよ!僕ね、顔は広いからさ!!』


 バンバンと励ますように俺の背中を叩き、大きく笑う。


 明日にはまた、東京に帰る。


 まだ、帰りたくないと思った。


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