第一章5 『謁見』
「セレナ様、団長がお呼びです」
扉を開けて現れたのは、白髪の初老紳士だった。長い白髪を後ろでまとめ、パリッとしたモーニングに片眼鏡。いかにも執事といった感じだ。
近年稀に見るイケオジの登場にたじろいでいると、そのイケオジはこちらに気づいたようだ。
「これは、、カズヤ様!お目覚めになったのですね、、!」
―なぜ俺の名前を知っている?
「初めましてでしたね、カズヤ様。わたくし、執事のテスタロッサと申します。」
まるで久しぶりに会った友に語りかけるような優しい口ぶりで、その執事は名乗った。あと、俺の名前はこの建物の住人全員に知れ渡ってるみたいだな。
「さっき、目覚めたところですよ♩」
セレナが説明する。
「そうでしたか、、無事に目覚めてくださってよかったです。ああ、それはそうと、セレナ様、団長がお呼びですよ」
「そうだったわね、何の用かしら?」
「おそらくカズヤ様のことでしょう、いやあ、目覚めていて下さって本当に助かりました」
「じゃあ、ちょうどいいわね、カズヤ様、一緒に行きましょう♩」
「え?俺?」
突然連れて行かれることを告げられ困惑する。
「カズヤ様、団長に会いに行きますよ。歩けますか?」
歩けないと甘えようかと思ったが、やめておいた。初対面の女性にそれはきついだろう。
かくして俺は団長室に連れていかれることになった。
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カズヤと執事とセレナは、長い廊下を歩いていた。カズヤのいた部屋はその廊下にくっついていた一室で、客室のようなもののようだ。
廊下はえらく豪華な作りだった。ベルサイユ宮殿の鏡の間を想起させるような、豪華絢爛な飾り付けが目を引いた。
道中、テスタロッサがこの国について説明してくれた。
テスタロッサの説明によると、この国は200年くらい前に迫害を受けて逃げてきた人々が作った国だそうだ。国全体が島で、周りを城壁に囲まれているらしい。さまざまな亜人たちも暮らしており、文化は発達しているそうだ。
「200年前の戦争、すごかったんですよ」
セレナが口を挟んだ。
「まるで戦争に参加したみたいな物言いだな 」
カズヤが小ばかにしたように言う。
「…参加しましたよ?」
セレナが当たり前のことだといった具合で答えた。
「だって…たった200年前のことですよ?」
「たった200年前…だと?」
カズヤの驚愕にテスタロッサが答えた。
「セレナ様は純潔のエルフですから…」
「エルフが長生きというのは本当だったんだな……」
「カズヤ様が元居た世界にも、昔はエルフがいたみたいですね。私の親戚かもしれません♪」
テスタロッサやセレナたちは話を盛り上げてくれていたが、カズヤの心の中は心配事でいっぱいだった。
―セレナは俺に助けて欲しいと言っていたが、俺に魔法なんか使えないし、どうすればいいんだろう?
―なんでわざわざ俺が召喚されたんだろう?
誰だって急に異世界に召喚されたら、疑問と不安でいっぱいになるだろう。
そんな不安を千思万考していると、いくつ角を曲がった頃だろうか、一行の歩みが止まった。
「こちらが団長室です」
目の前にそびえたつのは、高さ4メートル近くあるであろう扉。豪華な両開きの扉で、ところどころに金の装飾が施されている。扉の両隣には兵士がたっていた。その鎧はセレナほど豪華ではないが、その下には筋骨隆々な肉体がチラ見えする。
いろいろ考えて忘れていたが、団長ってどんな人なんだろうか。怖い人だったら嫌だなぁとか思いながら、緊張の瞬間。
テスタロッサがノックをする。
「団長、セレナ副団長と異世界人・カズヤ様をお連れしました」
ワンテンポおいて返事が聞こえる。
「入れ」
両隣の兵士が扉を開ける。王の間が顕になった。
開いてすぐ正面。その先に豪華な机が置いてある。団長の執務用の机だろう。机の向こうに置かれた椅子には、団長らしき人物がこちらを凝視している。
「その者がセレナが召喚したという異世界人か」
凛とした声でそう問うのは、金髪碧眼のすらりとした美女。セレナのように甲冑は着ていないが、その目からはそこはかとなく威圧感を感じる。
「その通りですよ、団長♩」
思っていたよりラフな感じでセレナが答えた。
拍子抜けしていると、セレナがカズヤに説明した。
「団長って言っても、私たちの仲間です、緊張することはありません♩」
「ああ、楽にしてくれて構わない。歓迎するぞ、異世界人カズヤ」
同意するように団長もカズヤに言う。
「団長、自己紹介をされては?」
テスタロッサが提案する。
「そうだな、まずは自己紹介だ」
「私の名はヴェルファイア。好きなように呼んでくれて構わない。この騎士団の騎士団長をしている。そして国王不在の今、国王代理も勤めているぞ」
―国王代理?
「ああ、この国は王国なんだ、だが、国王は十数年前に失踪してしまった。だから騎士団長である私が国王不在の間の政務を取り仕切っている」
「ちょ、今、喋っていないのに?」
今、カズヤは国王代理ということについて疑問に思っただけで、実際に口に出してはいなかった。なのに、今ヴェルファイアはまるでカズヤの心を読んだかのように応対した。
「ははは、最初は驚くよな、スクーデリアも最初はとても驚いていた。」
「この国の王家の血をたどる人間は、人の心が読める能力を持っているんですよ♩」
―でも今、国王代理って、、、
「最もだ、私は王家の血筋ではない。だから、王が私に残したこの王家の紋章の力を借りて、その力を使っているのだ」
そう言ってヴェルファイアは銀色に光るペンダントをカズヤに見せた。
―それを使えば、人の心が読めるのか?
「はは、そんなに簡単なものではない。ある程度の素質はいるだろう。そうだろう?セレナ、」
「ヴェルファイア、私たちには心が読めないからなんの会話をしているのかわからないですよ」
セレナが困った顔で返事する。
「ははは、そうだったな」
「とにかく、私は騎士団長のヴェルファイアだ。よろしくな。」
見た目に威圧感はあるものの、優しそうな人だな、というのがカズヤがヴェルファイアに感じた第一印象だった。
「ではカズヤ君、我々が君を召喚した理由を話そう」
それまで緩んでいた空気が途端に引き締まった感覚がした。
「我々の国について、どこまで知っているかな?カズヤ君」
テスタロッサに聞いた情報を思い出す。
「200年前に逃げてきたということは聞いたぞ?」
カズヤが答える。
「逃げ…まあ良い。その通りだ、我々は200年前に迫害を受け、旧都を追われてきた。」
「カズヤ君、君を召喚したのは他でもない、その旧都を奪還してもらうためなんだ」
威厳に満ちた面持ちでヴェルファイアは説いた。
すこし間があった
「で、でも、どうやって俺に力になれと言うんですか?俺、魔法なんて使えないし、戦い方も知らないし……」
カズヤが必死に反論する。
「魔法なら使えるだろう?」
ヴェルファイアが何を言っているんだといった態度で言い放つ。
「セレナ、持ってきてやれ」
「こちらに♪」
セレナがカズヤに差し出したのは、カズヤのギターだった。
「構造の模倣、大変だったんですよ?」
「外付けの音を拡張する箱?のようなものは楽器本体に内蔵させておきました♪」
「ところでこれ、面白い楽器ですね!減の振動を魔素に変換することで加工・増幅するとは。内部構造の細かいところまでは分かりませんが、我々の技術では再現できない楽器です♬」
「セレナは楽器職人の気質もあるんだ。楽器の話になると止まらなくなって困っているよ」
ヴェルファイアがやれやれといった風に言う。
―セレナこいつ、ギターに無理やりアンプ内蔵させやがったのか。なんてことしやがる。
「ダメだったか?もし支障をきたすなら、復元魔法を施すよ。とりあえず、その楽器を演奏してみてくれないか?どんな魔法が使えるのか我々は楽しみで仕方がないんだ。」
―魔法の種類は楽器の音色と演奏の技術によって決まる。カズヤは先ほど部屋でセレナからそう説明された。
「ええ、本当に楽しみです。超強力な範囲型回復魔法か…それとも、もしかしたら神話の異世界人が使ったと伝えられる幻の攻撃魔法かもしれません♪♪♪」
―そして、一つの楽器で魔法を発動できるのはその所有者だけ。とも説明を受けた。
ギターと久しぶりの再会。何を弾くか。急に渡されると迷ってしまう。
とりあえずいつもの手癖でCコードを一音ずつつま弾いてみることにした。
「なんか弾いてって言われてもなあ、、、」
そう言いながら弦を六弦からつま弾いていく。ピックはない。
六弦を引いた時、想像以上にギターからバカでかい音がして、自分で驚く。しかも何もしていないのにディストーションの効いた音になっていた。
アンプもないのにどうやって調整しようかなと思ったその時。
―ドサリ
何かが床に落ちる音がした。
何か荷物を落としたかなと視線をギターから挙げる。
ヴェルファイアと目が合った。しかし、その目に先ほどまでの凄みはない。何か信じられないものを見た後のような、ホラー映画でジャンプスケアを食らったときのような顔をしていた。
ふと右を見る。セレナがうずくまっている。
「これは、、、げほっ、攻撃魔法、、、!」
うずくまるセレナの体から血がこぼれ出ている。
すぐに血は床に池を作った。
「セレナ?大丈夫か!誰か、スクーデリアを呼べ!」
我を取り戻したヴェルファイアが狂乱気味にそばの兵士に叫ぶ。
カズヤは状況に追いつけない。
「え、、なんで、、?」
ヴェルファイアがカズヤの手に持たれている改造済みギターを凝視する。
「攻撃魔法、、、伝説は実在したのか、、!」
ヴェルファイアが嘆息したように呟いた。
瞬間、カズヤは数人の兵士にタックルされつつ取り押さえられた。