第一章2 『カズヤ』
カズヤはごく普通の17歳の少年である。
いや、見た目は確かに平凡だが、そのバックストーリーは少し非凡かもしれない。
カズヤが中学生の時、彼はギターに出会った。
きっかけは同級生にギターを自慢された事だったか、父親の影響だったかは曖昧である。
カズヤは、反抗期が強く出たタイプの中学生だった。
そんなカズヤに、ギターはうまくはまった。
日常のやり場のない怒りを、カズヤは音楽によって発散してきた。
そんなカズヤも反抗期からほぼ脱却し、中学三年生になった。
カズヤの性格も落ち着き、よりギターの技術にも磨きがかかった。
―そこまではよかったのだろう。
中学三年の夏、カズヤの父が死んだ。
心臓発作だった。
父の突然の死に、カズヤは動揺した。
それからは大変だった。
一家の大黒柱がいなくなったのだから、家庭が混乱しないわけがない。
引越し、葬式、法事、親戚、
中三の夏という受験にとっても大事な時期に、カズヤは大変なアクシデントにあった。
カズヤの人生は大きく傾いた。
受験できる高校も限られた。
カズヤは設備の充実した私立高校に進学したかったが、収入の関係で公立高校しか受験できなかった。
喪失感の中、カズヤは不安だらけの受験を強いられた。
受ける公立高校は余程のことがなければ受かるであろう高校にした。
そうして迎えた高校受験。
結果は不合格だった。
残された選択は二次募集のみである。
結果、カズマは二次募集でお世辞にも賢いとは言えない工業高校に入学した。
カズマは、ほとんど人生に落胆していた。
父親を無くし、受験にも失敗し、未来への希望をほとほと無くしていた。
かつて元気をくれたギターへの興味も薄まってきていた。
高校生活は常に喪失感に包まれていた。
カズヤは不登校になった。
自分で選んだわけでもなく、ただ惰性で行っているだけの高校に価値を見失ってしまったのだ。
自分の人生が狂ったのは誰のせいか。
その喪失と後悔に苛まれ、彼は人生をやり直したいといつも思っていた。
―そんな時のことだった。
彼はメ〇カリに出品するため、押し入れからフィギュアをあさっていた。
すると偶然、かつての相棒であるギターを見つけた。
そしてその日は特に他やることがなかったのか、久しぶりにギターを弾いてみようと思った。
ミニアンプも、シールドも、ちゃんとそろっていた。
シールドでギターとミニアンプをつなぎ、ミニアンプをコンセントにさす。
2年前に毎日やっていたように、カズヤは半ば無意識にその作業をした。
弾く準備が整ったとき、彼は最初に何を弾くか迷った。
彼がギターを弾かなくなったのはちょうど父親の死後すぐのことである。
受験のために彼はギターを押し入れに封印し、高校入学後も取り出すことはなかった。
彼が再びギターを持つまでの間に、様々なことがあった。
3年前、無邪気にギターを弾いていたころには、今の自分など想像もつかなかっただろう。
喪失?後悔?どの言葉も今の自分の気持ちを表すには適切ではないような気がする。
そんな気持ちを、彼はギターで発散しようと決めた。
ベートーベンの交響曲第五「運命」は日本人なら誰もが知る名曲だろう。
休符から始まる主題は独特の緊張感を持つ。(ジャジャジャジャーンってやつ)
たった四つの音で構成される主題は、突然に人生の扉をノックする「運命」の音を表しているらしい。
アルコール依存症の親を持ち、音楽家として致命的な聴力の障害を抱えながらも晩年まで音楽を創り続けた楽聖、ベートーベン。
ベートーベンは当時主流だった宮廷音楽家ではなく、フリーランスとして音楽活動を続け、自分のために、民衆のために作曲をした。
その根性と運命に打ち勝つ力にあやかれないかと、カズヤは「運命」をエレキギターで弾いた。
練習したことがあったのだ。
エフェクターを付けないアンプ直ざしのカズマの音は、ノイズだらけだったが洗練された音だった。
カズマの意識はギターの音色と指へと全集中され、「運命」を彼はひたすら祈るように引いた。
彼の祈りが神に届いたのだろうか?
本当に新たな「運命」がカズヤの人生をノックした。
彼は気が付くと真っ白な世界にいた。その手にはまだギターが握られていた。
彼は、その気になればどこか遠くの地へ行けるような気がしてきた。
彼は元の世界に戻りたくなかった。
毎晩、明日におびえて、一生夢から覚めたくないと思っていた。
彼はどこか遠くの場所に行くことを選択した。
彼は意識が上昇していくのを感じた。
彼の頭の中には、まだあの「運命」の主題が鳴り響いていた。
彼は、自分の体の感覚が消え、次に呼吸の感覚が消え、最後に脳の感覚が消えていくのを感じた。
一瞬、彼には一つだけ母という心残りがあったことを思い出したが、すぐにその意識も消えていった。
そのあとは、何も残らなかった。
カズヤは、どこか別の場所に行ってしまった。