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問題の出来事は、体育測定のあとに起きた。
「あ! 優斗じゃん!」
全種目を終えて休憩中。
私の後ろにいる誰かに向かって、いきなり叫んだ。
つむちゃんが手を振る先にいたのは、1年生の集団。
呼ばれたことに気がついて、手を挙げながら2人がこっちに向かってきた。
私も空気を読んでペコっと頭をさげた。
つむちゃんと同じ中学の大沢優斗くんと、
その友達の冨山くん。ふたりとも野球部らしい。
「やっほー! もう終わった? てか、何持ってんの?」
どうやら野球部のマネージャーを探してるみたいで、手にはチラシを持っている。
体力測定の日なのにいいのかな。
「……それなら、かんちゃんにお願いすれば」
完全に空気になっていた私に、突拍子もない提案をしてきた。
困った私はとりあえず無言で横に首を振る。
「ぜひ願いします!!!!」
そういってふたり同時に頭を下げてくる。
「無理です! ルールも知らないし、そもそも部活やるつもりないんです」
「そこをなんとか!! 本当に困ってるんです!!」
……いやいや、この状況は私のほうが困ってます。
お互い引かずに押し問答になる。
どうやら今週末に練習試合があるみたい。
1年生だけだからマネージャーも必要だと説明してくれた。
「あ、じゃあ次のマネージャーが決まるまでの期間やってもらうというのは……」
切羽詰まっっているのか、変な提案をしてきた。
「……あーもう、わかりました」
推しに負けて承諾すると同時に、条件も提示した。
短期間でもいいのか、顧問の先生とか監督さんに許可を取ること。
早くちゃんとしたマネージャー見つけること。
そう伝えると、
「今から聞いてきます!!」
と言って走って行った。
つむちゃんは心配していたけど、これは作戦だった。
そう。短期間で部活やるなんてあり得ない。
しかも運動部の中でも厳しいことで有名な野球部。
————と思っていたのも束の間、当日中にあっさり許可が出た。
……あ、おわった。
***
——————ついに入部してしまった。
覚悟を決めた私はすぐに入部届をだし、今日から野球部に入部。
もともと野球部のマネージャーは2人。
八重歯がかわいい3年生の山根絵美先輩。
背が低くて小動物っぽい2年生の中尾優希先輩。
マネージャーの先輩も監督さんやコーチも優しそうでひと安心。
「そういえば、かんちゃんって何組?」
「1組で……」
えええぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!
私の返答を遮って、爆発のような声が響く。
先輩たちだけじゃなく、近くにいたコーチたちも叫んでる。
グラウンドにいる部員さんはこっち見るレベルの騒音。
特進クラスのレア度を痛感した瞬間だった。
雑談もそこそこに、練習試合のための特訓が始まった。
朝来てから準備すること、アナウンス、スコアの書き方。
先輩たちは丁寧に教えてくれて、説明もわかりやすい。
今日は絵美先輩のアナウンスを聞かせてもらえることに。
「1回の表、守ります。水明高校のピッチャーは、長浜くん。キャッチャー飯塚くん。ファースト真山くん。セカンド————————————」
わぁ〜高校野球だ。
馴染みのない私でもそう感じる、どこか安心感がある優しい声。
初めての試合にもアナウンスにも感動した。
部活終了時、全員の前で挨拶をして初日を終えた。
————この出会いが、私の高校生活を変えることになる。
***
次の日から、日常が少しずつ変わっていった。
校内ですれ違う部員さんに挨拶をされるようになったからだ。
昨日の今日で全員の顔を覚えきれていない私は、とりあえず挨拶を返していた。
今の誰って聞かれても正直わからないけどね。
つむちゃんは心配してくれつつ全力で応援してくれた。
入部2日目も今日もスコアを書く練習がメイン。
そして迎える初めての週末練習。
***
カキーーーーン。
グラウンドを眺めながら、スコアブックを開く。
初めての1日練習で気が重かった朝。
部活が始まれば、何も考える余裕ないけどね。
午前練習中はルールを覚える会が開かれた。
ホワイトボードを使って、まるで授業のようだった。
お昼休憩は気さくな先輩たちとの会話に花が咲く。
というか部活中ずっと話してる。
————いよいよ校内戦。
初めてアナウンスをさせてもらった。
自分の声がグラウンドに響くことに違和感を覚える。
と思ったのも束の間、もう試合が終わった。
あれ?
ついさっき試合始まったばっかじゃなかったっけ。
「めっちゃよかったよ〜!!」
先輩たちもコーチもたくさん褒めてくれた。
だけど緊張しすぎたみたいで全然覚えてない。
不安を残したまま、土曜日が終了。