8 謁見
──皇宮エドゥサイユ宮殿、松の間にて。
広大な広間には、ワイレッドの高級絨毯が敷き詰められ、幾重もの白やピンク、緑の線が複雑に絡み合い、優雅な幾何学模様を形成していた。
広間の上座に、上質な椅子が一脚置かれ、皇王陛下が、ちょこんと、腰掛けていた。
「面をあげよ。
私が皇王である」
陛下のお言葉で、三つ指をついていた勇者が頭を上げた。ちょうど、正座の姿勢だ。
「っ!? 」
本物の陛下の登場に勇者が、慌てて口を塞ぐ。陛下は陛下でも、彼が知っていたのは、天王陛下であったが。
「え……」
「やっと、会えましたわ」
不意に、勇者に女性が抱きついた。
余りのことに、今度は、言葉がもれてしまった。
「第一皇姫、座りなさい」
「もう、離しませんわ」
「……勝手なことをするな」
「嫌です。この瞬間を、どれだけ待ちわびていたことか」
皇姫は全く聞く耳をもたない。
(あれっ……)
勇者は、何処か腑に落ちない感覚に襲われた。
黒髪を緩く後ろに束ねた、大きな瞳のこの姫は、もっと、お淑やかで従順なイメージだった。
そして、天王は、もっと高圧的だったはずだ。
「せっかく勇者の血筋を手入れたのです。その力は、我が国のためになるでしょう。
私に下さいまし」
「……確かに、戦力と考えるならば一理ある」
皇王陛下が呟いた。
「皇王陛下っ! 魔王の関係者をとらえましたっ! 」
広間が騒然となった。
聖騎士団が、夏菜を取り囲ようにして、ゾロゾロとやってくる。幸い、拘束はされていない。
「きゃっ!! 」
「こちら、へっ!? 」
皇王陛下が間抜けな声を上げ、皇姫殿下は前につんのめる。
勇者が、瞬く間に、夏菜の周りから聖騎士団を排除していったためだ。
側面部から周り込み、夏菜に顔を一切見せないという離れ業までやってのけていた。
現状、勇者の大きい背中に、夏菜が守られた形だ。
夏菜も大人しい。何もかもを受け入れたのか、若しくは、諦めたのかもしれない。
「私というものがありながらっ!!」
立ち上がった皇姫殿下が、姫らしくない地団駄を踏んだ。
「……この期に及んで、そこまでの勇気があったとは。流石、勇者だ」
「なっ!? 」
感心の声を上げる皇王陛下に、絶句する皇姫殿下。
「その勇気。ぜひ、我が国のため、さらに鍛えて欲しい。
その方が、勇者教育機関に通うというのであれば、その間、魔王関係者の命と生活は、保証しよう」
「夏菜と両親を解放してくれるのか? 」
「……それは出来ない。
しかし、この宮殿で心と体を休められるようには、手配しよう」
「……約束だぞ」
勇者が念を押す。
口約束の上守られる補償もないが、勇者にはそれ以外選択肢はなかった。
「……勇者は私のものです 」
皇姫殿下が冷たく宣言する。
これまでより、明らかに声音が低くなっていた。
「皇姫よ、焦るな。
勇者が戻ってきて、一皮向けた後の方が、ソナタにとってもよいはずだ」
「一皮向けた……」
姫が、意味深に呟く。
「そこまで仰るなら、従いましょう。戻ってきた暁には、彼は私のもの……いいえ、私が彼のものです」
結局、勇者の意志とは関係なく、勇者の行く末は、こうして決定した。