7 王姫の覚醒
時は、同じく──厳密には、魔王が滅される少し前──
贅の限りを尽くした宮殿の、さらに、一際豪勢な一室にて。
「ソナタの婚約が決まった」
「何度も申しておりますが、私は何方とも契りを結ぶ気はございません」
「ソナタの意思など聞いておらんっ! 私の指示に従がっ、はっ……なっ、何と、いう、こ、と……を」
上質な夜着に身を包んだ初老の王が、崩れ落ちる。
胸には短刀が深々突き刺さっていた。
金髪碧眼の美しい姫が、震える両手で受け止め、そっと寝かせた。
「人族なんて、嫌いだわ」
床に横たわる王と、自身の掌を冷たく見つめなが言う。
相変わらず、震えたままだ。
「結局、器も見つけられませんでした。
親愛なるデスポザ様、折角逃してくださったこのお命を、このような形で終えることをお許しください。
来世こそ、また、巡り逢えますように」
王の横で両膝をついた姫が、目を瞑りつつ呟いた。
暫しの黙祷の後、キッと、目を見開いた姫が、王の胸から短刀を引き抜く。
王の血が、迸った。
勢いそのままに、自身の胸へと、刃を突き立てた。
ドサっ。
王に覆いかぶさるように、姫が、倒れ込──
──まなかった。
「親愛なる勇者様のぉぉぉ、復活だぁ! 」
リトゥラ教会の大司祭が、姫の胸に刺さろうとする短剣を、既のところで、引き留めていた。
無礼にも王をまた越し、姫に顔を寄せている。体中に返り血を浴び、血痕は顔にまで飛び散っていた。
ボンッ!
「まぁっ!? 」
短剣を奪い去った大司祭が、小さなピエロへと爆ぜる。
「やぁった、やった、お祝いだっ! なんちゃって。くふふっ」
短剣片手に、一頻り部屋を跳ね回ると、ピエロは再び、大司祭へと戻った。
「おぅっと、いけないいけない。
急がねばなりませんでした。
えーっと、死体と凶器は異空間に閉まって……っと、それから、部屋は……【復元】っ!」
パチンッ!
指を鳴らす。途端に、全てが元通りになった。
──ただ一体、異空間に仕舞われた王の成れの果ては除き……
「私は下がらせて頂きます。
後ほど、勇者様が参られる予定ですので、……淫姉様も、ご協力の程よろしくお願いいたしまっす」
ボンッ!
「あ……」
再び、きえた。
それを見て、唖然とする姫。
「……あれは……クレーマン?
……サキュ、ねぇさま?
……勇者様が、復活。
確かに、、……この魔力は──」
二三言呟やいた後、考え込む姫。
そして、妖艶に微笑んだ。
その姿は、まさに、ヒトの皮を被った淫魔そのものだった。
◇◆◇◆
(……いったい、どうなっているんだ? )
掌を見つめながら考える。
考えれば考えるほど、訳が分からなくなっていく。
(うっ……)
手の甲が、ヒリヒリジンジンと痛みを訴え続けていた。師団長を素手で殴った影響のようだ。
それにしたって、謎だった。
あの偉そうで、かつ、自信に満ち溢れた聖騎士が、軽々吹き飛ばされ植え込みへと激突していた。
その衝撃は凄まじかったらしく、周囲の壁まで破壊され抉られていた。
物理法則に則れば、拳がこの程度で済む筈がない。
なにより最大の謎が、殴った瞬間の記憶が抜け落ちていることだった。
よくよく振り返ると、飛び降りた辺りから、記憶が曖昧なのだ。
聖騎士団のドミノ倒し突破だけは、朧気ながら記憶している。
その後、師団長の姿をとらえた時から、すっぽりと記憶が抜け落ちていた。
次に意識が浮上したのは、騒然とする騎士団に語りかけている途中だった。
「くそっ!! 」
思わず、手を握りしめた。
結局夏菜は、あれから、目を覚まさなかった。
それにもかかわらず、傍にも居てやれない。
更なる衝撃を与えぬようにと、別々の乗車を強要された。
それに反論出来ない自分自身が不甲斐なかった。
ゴトゴトゴトゴトゴトゴトゴト……
不快な激しい揺れと、時折聞こえてくる動物の嘶き声が、更なる絶望へと引きずり込んでいく。
窓の外では、自動車が煌々と道を照らしながら、馬車と並走していた。
「わぁぁぁぁああああーーっ! 」
気付けば、グシャグシャとロン毛を掻きむしっていた。
このロン毛も、そして、時折指に触れるゴツゴツとした角も、何もかもが意味不明だった。
「あーあー、折角の艶やかな銀髪が台無しです」
向かい側に座る大司祭が、わざとらしく声を上げる。
「ぁあっ!! 」
怒りの捌け口を求めるように、思わず、掴みかかってしまった。
ごんっ!!
──だが、到達する前に、不可視の壁へと、盛大に額をぶつけた。
「ゔっ、ゔぐっ」
激痛に、思わず蹲る。
「いってぇーーっ、おかしいだろっ!! 」
手の甲との同レベルの痛みに、思わず、叫んでしまった。都合よく物理法則が復活していやがる。
「いやいやいやっ!! それは、おかしいだろーーーーっ!! 」
そのくせ、あらゆる法則を無視した壁の出現に、さらに、絶叫してしまった。
「おやおや、謁見前だというのに、お凸をそんなに赤く腫らして」
大司祭が済まし顔でいう。
「魔王の。……ご両親とナツナたんが、我々の手中にあることを、お忘れなく」
「くっそっ!! 」
不安定な俺の精神状態を見透かしたように、大司祭は続けた。
「やれやれ、勇者様の優しさには、ほとほと、ほとほとほと、困り物です。
悪魔でも、魔王の『ご両親とナツナたん』だ、と言うのに」
そしてまた、心底愉しそうに、笑いやがった。