6 優しい勇者
「くふふっ、くふふふふふっ。」
変な笑い声と共に、騎士団の群衆が左右に割れていく。
「また派手に暴りまわられましたな。4階からお飛びになられた時は、肝が冷えましたぞ」
件の大司祭が満面の笑みを称えながら、やって来た。
蹲る女の子と、固まっている勇者を、愉快そうに眺めつつ、そう言った。
「てめぇっ!! なんで、夏菜が襲われてんだよっ!! 」
感動の再会が不発したことで、なりを潜めていた勇者の攻撃性が再燃する。
「そちらのお嬢さんは、魔王の関係者です。女性と言えど、野放しにはできません。直ちに拘束し尋問します」
「ぁあっ!!」
勇者が拳を構えた。
「おぅっと。
勇者さ…………魔王の関係者は、そのお嬢さんだけでは有りませんよね?
大切なご両親は、既に皇宮にお連れしたと聞いておりますが……」
「くっ、ぐっ!? 」
勇者の拳が、大司祭の眼前で止めらる。キリキリと奥歯を噛み締める音が漏れ聞こえてきた。
「くふふっ。
おぅっと、失敬。
私の言葉の意味をご理解頂けて、光栄です」
顎に丸めた両拳を添えて笑おうとした大司祭が、慌てて真顔を作り、ニッコリと微笑む。
「勇者様の優しさには、 ほとほと困り物です。魔王イチノセカイトが滅んだからと言って、その関係者の命乞いを為さるなど……」
「ちょっと、待って! 今、誰が死んだと言ったの? 」
夏菜が蹲ったまま、叫んだ。
潤んだ両目が、大きく見開かれている。
「やっ、やめろっ! 」
「 魔王。イチノセ、カイト、です」
勇者の制止を無視し、大司祭は、態とらしくゆっくりと、言い放った。
「カイトって、カイくんなの? 魔王ってなんなのよっ! 勇者って何っ? もう、嫌っ! きゃっ、ちょっと、離してーーっ! 」
再び立ち上がり暴れだした夏菜を、聖騎士が拘束する。
「てめぇらっ、夏菜に触んじゃねぇっ! 」
今にも飛びかからんとする勇者を、聖騎士団が抑えにかかる。
──が、軽々と吹き飛ばされてしまった。
「御両親は、既に、皇宮にお連れしております、がっ」
「うわっ、くっ、くそっ!!
隙をついて、ぬぅっと、勇者の眼前には躍り出た大司祭が、怪しく笑う。
勇者が、踏みとどまった。
とても悔しげだ。
「勇者様の優しさには、 ほとほと困り──」
「お前らの、要求はなんだ? 」
大司祭の戯言を、勇者が遮る。
「皇王陛下との謁見のご予定をお伝えしたはずです、が」
「……わかった。こうおう?へいか、と、会えばいいんだな。
指示には従う 。だから、夏菜に手荒な真似はするな」
勇者が大司祭を睨みつける。
「ご理解頂けて光栄です」
満足げに、嫌らしく微笑む大司祭。
そのまま、後ろへと振り返えった。
目配せに併せ、夏菜の拘束が若干、緩められる。
「では、馬車に乗って頂きま……」
「その前にっ、夏菜と話をさせてくれ」
向き直った大司祭に、勇者が言い募る。
「それは、構いませんが、……」
「ナツっ!! 大丈夫かっ! 」
ずいっと、前に出る勇者。
「きゃーーーーっ!! 」
「ナツっ! おいっ──」
伸びてくる勇者の腕をみて、一際大きくジタバタと暴れ始めた夏菜は、それを避けるように大きく仰け反った。
そして、白目を向きぶるりと震え、ぐったりと崩れ落ちる。
「ナツっ! おいっ、しっかりしろっ! 俺だっ! 海斗だっ!! 」
必死に駆け寄り、おろおろと鳴き喚く勇者。
残念ながら、その声が、夏菜に届くことはなかった。
「その見た目では、却って逆効果だと…………って、遅かったか。くふっ、くふふっ」