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1 魔王召喚
巨大な満月が輝く、ある真夜中。
あるアパートの一室で、カーテンが静かにそよいだ。締め切ってある窓など、まるで、意にも介さずに。
射し込んだ月明かりが、ベッドを照らし出す。
そこに眠る青年の体を、青白く浮き上がらせた。大学生ぐらいだろうか。
むくっ。
青年が、立ち上がる。目を閉ざしたまま、規則正しい寝息すらたてていた。
しばしの間、立ち尽くしていた青年が、ゆっくりと壁側へと向き直った。
きっ!
勢いよく目が見開かれた。
まるで人の目とは思えない、赤黒くに濁った目だった。口からは、鋭い牙が覗いている。
グヲォォォオッ!
何を思ったか、自らの右手人差し指を喰いちぎった。
迸る血。
その血で、壁に複雑な幾何学模様を描き行く。
一心不乱に。
鬼気迫る勢いで。
グヲォォォオッ!
青年だった者が、月を仰ぎ、再び叫んだ。
すでに血は止まり、指には瘡蓋ができつつあった。
血染めの幾何学模様が黄金に輝き始めた。
それは、長くは続かなかった。時間にしてたった数分。
輝きが落ち着くと、血痕は跡形もなく消えさっていた。
ベッドの上では青年が、何事も無かったかのように静かな寝息を立てている。牙も、指にできた傷すらも、消えていた。
隣家から一人の住人が消え、彫りの深い異国の顔立ちの男が出現したという、消せない真実だけを残して……。




