17 勇者になった魔王
「一之世界人、君を殺した主犯格は──君自身だ」
「主犯格が……俺自身」
余りにも突拍子もない話に、一瞬言葉を失った。
「まっ、待ってください。お、俺が、あの人に刺される様に動いたと言うんですか? そんな、バカな……」
「すまぬ。全て、余の、余が、弱かったせいだ」
デスポザが、目を閉じたまま語りだした。
太ももの上で丸められた拳は、プルプルと震えている。
王妃殿下が、そっと、その手を包み込んだ。
「元の世界……異世界というのだったか、で余は何千年に渡り勇者と対峙してきた。
魔王とは、勇者と対になる存在。両者が存在することで世界の均衡が保たれる。歴代の余は、幾世代にも渡りその役目を果たしてきた。
一方で魔王は勇者に対し常に負ける運命にもあった。魔族の繁栄を願いつつも、ある程度の時を減ると、勇者に全てを奪われた。愛する妃も、大切な仲間も。自らの命すらも。
それを妨げるために、必死に代を繋いだ。可愛い我が子を手にかけ次代の器として受肉することで、復活を果たすという残虐な方法で。
幾度となく繰り返されたそれらの事は、余の心をすり減らしていった。どれだけ勇者に憧れたことか。勇者であれば、大切なものは守れるのだからな。
ずっと、終わりにしたいと思っていた。しかし、運命には逆らえなかった。そんな最中、転機が訪れた。今代の勇者の成長が早く、器が間に合わなかったのだ。余の元に勇者が攻め込んできたとき、我が子は、まだ、妃のお腹の中にいた。受肉できないと知った時、どれほどほっとした事か。同時に、何としても、勇者の手から二人を守りたかった。だから、古の秘術、異世界転生術を二人に施した。妃は、共にと望んだが二人が限界だった。いや、愛妃と愛息子という二人だったからこそ、成し遂げられたのだ。己自身に使っていたら、きっと、世界の狭間で消滅していたことだろう。
魔力切れ状態の余は、その後、勇者にあっさり討伐された。聖剣エクスカリバーに貫かれ、聖剣とともに光の粒子となり散った。最後に見たのは、共に殺られたクレーマンと、煌々と余たちを照らす美しい満月だった」
「話の流れでわかったと思うけど、界人くんが器兼愛息子で、王姫様が魔王妃様ね」
「……」
探偵が補足するが、全然理解できなかった。
「ここからは、この世界のログから読み取ったことだけど……」
探偵が何やら、ノートPCを操作し見せてきた。黒地に緑色の文字でズラズラズラっと、何かが記載されている。
「ここには、この世界の全てが、記録されているんだ。異物が関与した場合、文字化けして、それを解読するだけで死ぬほど苦労するんだけどね」
ニコニコと教えてくれたが、その目は全く笑ってはいなかった。
「ちょうど、界人くんが殺される前日? 当日かな? の深夜。君、変な行動をしてるね。えーっと、なになに? 月明かりに照らされた界人は、自らの指を喰いちぎり、壁に魔王召喚の血紋を描いただって。おー、こわっ」
「はぁっ!? あの日の朝、そんな血痕残ってませんでしたよ! それに、キズも! 」
「召喚が完了したあとは、元通りに戻されたみたいだね」
「というか、俺が勝手に動いて、魔王を召喚したっていうんですか? 」
「そそ。きっと、器としての本能が、魔王を消滅から守ったんだ。父親への愛とも言うのかな 」
「「父親への……愛」」
デスポザと俺の声が重なった。
不意に目が合って、デスポザがきまり悪そうに逸らした。
「目覚めたとき、余は、見知らぬ狭い部屋に裸で寝ていた。傍に小さくなったクレーマンもいた。先程の話からすれば、召喚に巻き込まれたのであろう。
魔力の残り香から、余にも、魔王召喚が行われたことが理解できた。傍に妃と器、そして、エクスカリバーが在ることもわかった。同時に妃が窮地であること、エクスカリバーが変なところに呼び出されたこともわかった。だから、動けぬ余の代わりに、クレーマンを遣わした。そして、あの夜……」
「ふんっ、結局、息子を守りたかったというのは、方便か。 俺を殺して、また、魔王として君臨する気だったんだろっ!! 」
怒りがふつふつと湧いてきて、止められなかった。言ってることと、やってることが、全くあっていない。
器は本能ですら、父親を救おうとしたのに。
「デスポザ様は、そんな、身勝手なお方じゃないやいっ!! 」
「うわっ!! 」
ぐるぐる巻きの小型ピエロが、俺にとびかかってきた。噛みつかんばかりの勢いだった。
「デスポザ様が、どれだけ長い間、お前ら子や、魔王妃様、俺たちみたいな従魔を失って傷つかれたか、分かるか? 受肉しているとは言え、殺られる時の痛みは、緩和されないんだ。その痛みをどれだけ耐えられたか、分かるか? お前見ないな、甘っちょろい世界でのうのうと、生きてきた奴が、偉そうなことをぬかすんじゃねぇっ!! 」
「クレーマン。もういい」
クレーマンを、デスポザがぐいっと引き寄せた。
「よぐないです。まおうざまが、どんなおもいで、あのよ、げづだん、されだが、うわーーんっ!! 」
「……クレーマンを頼む」
泣きじゃくるクレーマンが、王姫殿下に預けられた。
「あの夜、決断を下したのは余だ。余の口から説明すべきであろう」
先程の震えが嘘のように、どっしりと構えたデスポザがそこにはいた。決断を下した男の強さがそこにはあった。
「先程もいったが、王姫は窮地であった。命を絶つ寸前であった。一刻も早く守る必要があった。そして、何より、いつこの世界の勇者が現れ、余に襲いかかってくるとも分からなかった。
だから、余は、それに備えてソナタを受肉することを決めた。妃と、次に連なる子々を守るために。それが、ソナタによって生を繋がれた余の、責任だと考えた。ソナタには、悪いことをしたと思っている」
「……今までの話だと、受肉って、次の体を準備しておく感じだろ。俺を受肉したあとは、どうやって守るつもりだったんだ」
「勇者になるつもりだった。余をこの世界の勇者と認めさせれば、全てを守れた」
「デスポザだったら、魔力で世界を変容させて自らを勇者に仕立て上げることぐらい、簡単だっただろうね。倒した魔王として飾るには、君の屍はちょうどよかっただろうし」
「……しかし、受肉は上手くはいかなかった 」
デスポザが、静かにいった。
「器が成長しすぎていた。
受肉にも適したタイミングがあると言われている。肉体がある程度成熟し、精神は未成熟な13歳程度がベストだ。
君では、おじさん過ぎた」
「お、おじさんーーっ!! まだ、21ですよっ!! 」
「本来受肉とは、血縁のある器を魔力で攻撃しマーキングしておくことをいう。器を仮死状態で保存しておき、母体が滅ぶと同時に乗り移れるようにしておくのだ。
この時、器の精神が未熟だと、完全に呑み込まれ、元の母体が主導権を掌握する。見た目は、元のままだ。若返りはするがね」
俺の怒りなど素知らぬ風に、探偵が続ける。
「しかし、君たちの場合、そうはならなかった。成熟した君の精神、もとい魂は、生命エネルギーとなって、デスポザに逆流したんだ」
「……魂……生命……エネルギー」
「君たちの世界では、馴染みのある言葉だろう?
もともと、魔力とは、魔王にとっての魂であり、生命の源となるエネルギーだ。受肉では、それを流し込んで、マーキングする。その過程で、魔王の生命エネルギーが、君のそれに押し負けたんだ。あまつさえ、デスポザ本体を乗っ取るという離れ業まで、やってのけた。
まぁ、この世界での主体が君であることを考えれば、当然の結果とも言える」
「世界が変になったのは…… 」
「君は押しかった。だが、総量では圧倒的にデスポザが上だ。大量の魔力が界人くんの体に流れ込んで、それでも受け止められない分が世界に放出されたんだ。その影響をうけて、世界が改編され始めた。デスポザが知る、異世界に近い状態に」
「……それで、教会やら馬車やら騎士団が現れたのか。それじゃ、あの司祭も」
「あれは、そこのピエロが化けた姿だ」
ちらりと視線をおくると、王姫に抱かれたまま、ものすごい形相でにらんでくる。
「デスポザの意識が沈んだことを知覚したそいつが、デスポザを取り戻し勇者にすべく動いたんだ。もしかしたら、こうなる事も予測していたのかもしれない。私と同じで、君がこの世界での主体であることから推察して。
それに、君が謁見した皇王陛下も、そいつだ」
「えっ!! 」
どこからどう見ても、天王にしか見えなかった陛下が、こいつだとは、とても信じられなかった。
心無しか、王姫の腕の中でちっちゃいピエロが胸を張っている。癪だ。
しかし、そう考えれば、陛下が俺を教会の勇者教育機関に送った理由が腑に落ちた。
「本物の陛下は? 」
「既に、亡くなられていた」
ご病気だったのだろうか。そんな話は聞いた事なかったが。
王姫が俯く。
命を絶つ寸前だっただなんて、相当お辛かったに違いない。……こっちの、育ての親だもんな。
ふと、脳裏に両親の顔が思い浮かんだ。
「俺が勇者教育機関に送られたのは、デスポザを取り戻すためですか」
「ご名答。
世界を改編させた余剰の魔力は、また、界人くんの体に集いつつあった。
その期に乗じて、あそこで、全ての魔力をデスポザに収束させ、君の魂を封じ込めたというわけさ」
「そんなことが、できたんですか? 」
「もちろん、君に主導権を握られた体ではできない。だから、呪文と綴りが用いられた」
「呪文と……綴り」
「呪文で魔力を受け入れるように促し、綴りで魔力が流れる道筋を調えたんだ。
具体的には、君に『デスポザである』という暗示をかけ、界人くんの血で作ったインクを介して、器からデスポザに魔力を流し込ませた」
「……そして、魔王イチノセカイトを滅ぼされ、勇者デスポザが誕生した」
「ああ、その通りだ。
あと数分遅ければ、君の魂は完全に消滅していたことだろう」
「俺の体は? 」
「魔王の亡骸として、次代の勇者の器となる予定だった。さすがに、この世界の神が怒って私を遣わしたから、そうはならなかったが。
いくら何でも、改編し過ぎだ。それに、君も可哀想だからね」
「それでも勇者と魔王の確執はなくなったし、俺1人の命で子孫や王妃は守れた」
「それは、そうだ」
俺がポツリと呟くと、探偵が同意した。
「あのまま、魔力が放出され続けていれば、そのうち勇者が誕生していてもおかしくはなかった」
「それなら尚更、この結果で……よかった」
「……そなたは、余を、許してくれるのか……」
デスポザが、目を見開いた。
「ふんっ。許さねぇ。絶対、許してやんねぇ!
」
俺の返答を聞いて、寂しそうな哀しそうな顔になった。期待してたんだろう。ざまぁみやがれ。
「このやろぉっ、ふがっ!! 」
飛びかかってこようとしたピエロの轡を、王姫が掴んだ。構わず、俺は続けた。
「けど、多くの命を救えたなら、それは良かったと……思っただけだ。
俺は生きてるし」
少しだけデスポザの表情が緩んだ。
「でも、俺は決して、許してね……」
「ああ、そうだ。伝えてなかったけど、界人くんは、デスポザに殺られてなくても、結局、隣人に殺される運命だよ。騒音問題で、かなり怨みかってたみたいだから。むしろ、この負の感情が魔王召喚を成功さ……。仮に器じゃ無かったら、本当にこの世からおさらば……」
衝撃の事実にその後の話は、一切耳に入らなかった。
これで一応完結です。
また、王姫の裏話や後日談を書くかもしれません。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。