14 器
「元に戻れてよかったわね」
ブラックスーツに身を包んだ、金髪女が微笑んだ。
そのくせ、サングラスの奥で輝く大きな瞳は、少しも笑っていない。
今ここに、夏菜はいない。
女の『郷探偵事務所公設第一秘書』という肩書きを聞いて、何かを思い出したらしく、部屋の中に走っていった。
「……何のことだか分かりません。身に覚えも有りません。
ですから、帰ってください 」
兎に角、嫌な感じがした。
女は、扉の前で腕を組んだまま、微動打にしない。
小馬鹿にしたように、微笑んでさえいる。
俺は、押し出そうと近づいた。
「こっちに、いらっしゃぁ~い」
女が囁いた。
その甘ったるい声音に、背筋がぞくりとする。
耳の奥で、女の喘ぎ声が木霊し始めた。
「……くんっ」
「……イくんっ!」
「……カイくんっ! 大丈夫ぶっ?
顔が真っ青だよっ!? 」
夏菜が、俺を抱きしめるように、覗き込んでいた。
「……ああ」
全然、大丈夫ではなかった。
夏菜がいなければ、倒れていたかもしれない。
……まず、この女が誰だか分からない。
しかし、今のフラッシュバックで王室の関係者であることは、間違いないと確信した。
そう言えば、王宮のメイドも金髪碧眼じゃなかったか?
色々と知っている俺を消しに来た?
俺の記憶の中に、何か不都合な事実でも隠されているのか?
「……何が狙いだ? 」
女を睨みつける。
「狙いなんて、ないわ。ただ、貴方のお迎えにあがっただけよ。ホームズ先生のご命令に従って、ね」
女が手を広げながら言った。
「あっ、そうだ。これ」
夏菜が、名刺を差し出してきた。
「異世界探偵、シャーロット・郷・ホームズ……って、これは、なんだ? 」
「ほら、さっき話したでしょう。今朝、変な男の人がやって来たって。
その人から渡された名刺」
「彼が、貴方を呼んでるの。準備をして頂戴。私が案内するわ 」
「えっ!? でも、カイくんは、まだ、体調が……」
「大丈夫よ。
カイくんが倒れたら、アタシが優しく介抱してあげる」
「な゛っ!?」
色っぽく微笑む女を、夏菜が睨みつけた。
「俺なら大丈夫だ。ナツは、家で待っといてくれ」
これ以上、巻き込みたくない。
「カイくんまでっ!! まさか、その人と……」
「ぅんなわけ、ないだろっ!! 」
「ふふっ、そうよ。私にとってカイくんは、愛しい愛しい、ム・ス・コ♡ 」
「ふざけるなっ!! 」
「あら? お気に召さなかったかしら?
目的は貴方ではなかったけれど、美味しくいただいたのも事実だし……」
「だーーーーーっ!! 」
俺は、女の腕をとる。
「ナツは、俺の部屋でまってろっ!! 」
女を引きずりながら、廊下を駆け抜けた。
「ちょっと、まっ──」
扉の向こうから、夏菜の叫び声がきこえた。
……すまん。
でも、これ以上は……キケンだ。
「ふふっ、可愛い彼女。
……立派に育ったわね 」
背後で女が、呟いた。
不思議と嫌な感じはしなかった。