10 鏡の中の魔人
(俺の存在が消された……?
夏菜はさっき、俺の事を勇者様と呼んでいた……助けに行った時は、マジンと、叫んでいたよな。
……どういうことだ?
そして、父さんに……母さんまで…………)
何が何だかわからない。
脳裏に蘇る、生々しい死体。
惚けた夏菜と、両親の顔がそれに重なった。
俺は死んだ。いや、この体が死なせた。でも、それで、大切な夏菜や両親まで居なくなるのは……嫌だ。
言い様もない不安が、身体中を駆け巡る。
(夏菜と、父さん達は元に戻せるのか ?
その為には、俺も元の体に……)
「うわぁっ! 」
突然響いたノックの音に、飛び上がってしまった。
「勇者様、ご入浴の準備が整いました」
「……」
俺は、ベッドに突っ伏したまま、無視を決めこむ。
……。
ガチャ
「おっ、おいっ! 何処に行く!? 」
出ていこうとするメイドさんを、慌てて呼び止めた。
アキバ以外で初めて見る、ナマの姿は、予想以上に美しかった。金髪碧眼で、抜群のプロポーション。時の王が手をつけた理由も頷ける。
「お返事を頂けない場合は、夏菜様とご両親をお連れするようにと申しつかっております」
冷たい。
『おかえりなはいませっ、ご主人様♡』なんて、死んでも言わなそうだ。
「……俺は今日風呂に入る気分じゃないっ! 」
「左様ですか」
「ちょっとまて! 何処に行く!」
静かに辞そうとするメイドさんを、再び止める。
「夏菜様と、ご両……」
「分かった! 入ればいいんだろ。入れば。
案内しろっ! 」
「畏まりました。着いてきてください」
相変わらず、無表情のメイドさんに、仕方なく俺は、着いて行った。
「こちらに御座います」
迷子になりそうな程長く複雑な廊下を抜け、メイドさんはくるりと振り返った。
ドアのないを入口がポッカリと口を開けいる。
L字になっているようで、中は見えなかった。
「この先が風呂なのか? 」
「はい。脱衣所があり、その先に湯殿がございます」
「分かった。行ってくる」
俺が踏み込んだ先は、そこかしこが、真っ白だった。
「大理石製にございます」
「ひゃんっ!? 」
目を奪われている俺に、メイドさんが説明する。
「ななっ、なんで、着いてきてんだよっ! 」
「皇姫殿下のご命令です」
「1人で入れるから、外で待っといてくれ」
「皇姫殿下のご命令です」
……。
暫し睨み合ってみたが、メイドさんは折れない。
「はぁ。……まさか、風呂の中までついてくる訳じゃないよな? 」
「ご命令は、脱衣所までにございます」
……。
意を決して脱衣する。
まず、大きな漆黒マントを脱ぐ。
…………。
中から出てきたのは、シロTとカーキのチノパン。
妙に動きやすいとは思っていたが……。
てっきり、中世ナーロッパスタイルを想定していた俺は、逆に衝撃を受けてしまった。
「どうかなさいましたか? 」
「……いや」
脱ぎやすくて助かった。複雑な洋服だったら、きっと、戸惑ったもんな。
Tシャツを脱ぎ、チノパンも下ろして行く。
「なっ!? 」
「どうかなさいましたか? 」
……。
ええええ、それはもう、どうか、なさいましたよ。
すーすーする、とは思っていたが、いきなり、息子と遭遇するとは……。
それも愚息は、いつのまにやら、ご立派に成長しておられる。
ばっ。
ここまで来れば、やけくそだ。
俺は華麗に脱ぎ捨てた。
さり気なく手で前を隠し、メイドさんに見えないよう、反対側にくるりと向きを変える。
「ええーーーーっ! 」
今度こそ、本当に、飛び上がってしまった。
姿見に、ハーフ顔の巨こ……巨漢が映っていた。
額に生えたご立派な角。
キラキラと輝くオールバック風の長い銀髪。
切れ長の目は日本刀のように鋭く、鼻はエベレスト級に高い。
薄い唇に、細面の輪郭。
少し特殊な肌の色を除けば、海外のイケメン俳優だって霞んでしまうほどの、美丈夫が立っていた。
「どうかなさいましたか」
角を握りしめ固まる俺を、鏡越しにのぞき込むメイドさん。
「なななななっ、なんでもないっ!! 」
俺は慌てて前を隠す。
「こちらにございます 。ごゆっくりお楽しみください」
背後の引き戸が開放された。
お湯が滴る心地よい響きととも、檜の香りが脱衣所全体に、ぶわりと広がった。
◇◆◇◆
「丁度いい頃合いね。私も入るわ。服を脱がせてちょうだい」
金髪碧眼のメイドに、どこからともなく現れたメイド達が群がる。
カラカラカラカラカラッ。
引き戸が開かれた。
「ごゆっくりお愉しみください」
「堪能してくるわ」
立ち篭める湯気の中、メイドが、お尻ふりふり、消えていった。




