第18話 初めての友達(芽衣side)
また明日。
「……? 何でXが4になるんだよ? それにそもそも、どうしてその式が出るのかマジ意味不明なんだが……」
「ん、えーたは公式から覚える」
「うす。でもさ、公式分かってもその公式使うまでに辿り着かないんだよ」
佐々木君は今、数学をしているらしい。
ただ、あまり芳しくない様で、完全に口から魂が抜けている。
その表情が少し面白くて、私は内心クスッと笑う。
やはり1人でやるより皆でやる方が楽しいし、心も軽くなる。
柚ちゃんも面白かったのか、『ふっ』と笑うと、何やら鞄からノートを取り出した。
そこには『数学テスト公式集』と書いてあり、完全手書きであることが容易に想像できた。
そう言えば……5時間目から7時間目まで熱心に何かを書き込んでいたのを、私が思い出すと同時に、柚が口を開く。
「これ、今回の範囲の公式と、今回途中式で使う公式。これが分かれば絶対解ける」
正しく数学嫌いの人達にとってはどんな参考書よりも価値のあるものだろう。
その証拠に、私の隣にいる佐々木君はキラキラと瞳を輝かせていた。
「おおお……流石柚……お前、頼りになるなぁ……」
「ん、もち。もっと褒めろ」
「よっ、流石ボッチなこと以外可愛くて頼りになる完璧美少女!」
「ん、喧嘩なら買う。表、出ろ」
「ごめんなさい俺が悪かったです。なのでどうかそのノートを取らないでください」
そう言って即座に謝る佐々木君に、やれやれと言った雰囲気を出した柚ちゃんがノートを渡す。
そのノートを受け取った佐々木君は『さんきゅ』と言うと、口を閉じて『数学テスト公式集』を食い入る様に見つめては問題に挑んでいた。
そんな2人を見ながら私は思う。
……やっぱり2人って物凄く相性いいんだろうなぁ……。
先程の会話もそうだが、柚ちゃんは佐々木君の前だと感情も語彙も豊かになる。
クラスでは、今の柚ちゃんが偽物だと思ってしまうほどに静かで感情の起伏がない。
それは私に対してもほぼ同じ。
柚ちゃんにとっては、佐々木君だけが特別みたい。
それと同時に、1つの疑問がずっと頭から離れないでいた。
「……何で私に告白したんだろう……」
「姫野さん? 何か言ったか?」
「い、いえ! 何でもないですっ」
「ん、えーたは集中」
「———うす……」
柚ちゃんに注意されてしょんぼりする様子を見せた佐々木君。
その姿で私は確信した。
やはり———彼は何か他の人とは違う。
柚ちゃんは学校ではどちらかと言えば、その無表情と態度から恐れられている。
きっと彼女をイジったり、睨まれて、真正面から睨み返せるのは佐々木君だけだろう。
それに、告白を断った分際である私の悩み事を聞いて、一緒に解決しようとしてくれる優しさを持つ男の子。
普通ならば告白を断られただけでも気不味いだろうに、気にせず身を挺して解決してくれた男の子。
そんな人に……私は今まで出会ったことなどなかった。
私の家は決して裕福ではない。
それどころか、はっきり言って貧乏で、それのせいで中学時代は虐められていた。
酷い言葉を投げられるのも日常茶飯事。
更に、私が男の子の告白を断っていたのが拍車をかけ、制服で隠れる部分には、至る所に打撲痕。
だから、私は必死に勉強して、推薦で受かれば家族の生活費も補填してくれるこの学校に入学した。
そのお陰で引っ越しもでき、元同級生達とも会うことも無くなったし、こうして楽しく学校に通えている。
しかし———貧乏なのに変わりはない。
だから、吐きそうになるのを我慢して、2人に危険な目に合わせないためにもゲームセンターで貧乏だと公言したのだ。
そうすればいつも通り貧乏人に割く時間はないと諦めてもらえると思ったから。
でも———返ってきた言葉は、私の想像していたものとは全くの別物だった。
佐々木君も柚ちゃんも、私が貧乏なことなど全く気にしていなかったのだ。
それどころか、2人で私にクレーンゲームやマリ◯カートなど、お金が必要なことをやらせてくれて、景品も全部私にくれた。
そして極め付けは———佐々木君が自分の身が危険に晒されるにも関わらず、ストーカーを捕まえてくれたこと。
近くに行って分かったが、あの時佐々木君は刃物を背中に押し付けられていたらしい。
しかし彼は全く動じずその場でストーカーを取り押さえた。
私は純粋に『凄い』と思った。
同時に私には理解出来なかった。
———何故こんな私を助けてくれるのだろうか、と。
あの日からどれだけ考えてみても、答えは出てこず、それは今も分からない。
しかし、流石に本人に直接聞くのは少し憚れる……と言うか、私自身にそんな勇気がない。
ただ、それでも1つ言える事がある。
「……初めてのお友達がお2人で良かったです」
「姫野さん……? どうしたんだ急に?」
「ふふっ……何でもありません。ただ、楽しいなっと思いまして」
「それなら別にいいんだが……」
———この2人とは仲良くなりたい。
それは、紛れもなく私の本心であり、初めての感情であった。
この初めての気持ちは大事にしたい。
私はそう思いながら、真剣な表情で勉強に励む2人を少しの間眺めた後、自分も勉強に集中することにした。
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