チェックメイトは言えなかったけど
「はい、チェックメイト」
幼馴染みの彼女は苦笑いを浮かべた。「惜しかったね」
学校の理科室近くにある階段は、放課後ほとんど利用されない。だから階段下は僕みたいなクラスの除け者にぴったり。
だがこの遊びを始めて一年。一度も勝ったことがない。もう悔しさもない。
「今さらだけど、なんでチェスばっかなの?」
「チェスやってる私がかっこよくみえるから。言ってなかったっけ?」
「中二病?」
「かも?」
意味がわからん。サンドバッグにしてると言われる方がマシまである。
「でも、今日で終わりだな。…………そろそろ面談の時間だ。いかないと」
返事はなかった。
教室に入ると、先ほどいた場所がいかに日当たりの悪く湿った場所かがわかる。眩しくて目を細めた。
先生の前に着席すると面談が始まり、受験の話になる。
「その高校なら合格できると思うけど、勉強はしてる?」
「す、少しだけ」
「部活引退した子達が頑張ってるから、橋本さんも気を抜かないようにね」
「はい」
「他に不安なことはある?」
「ないです」
「本当? いつも一人だから、先生心配なんだよ」
この生活を続けすぎて忘れそうになっていた。幼馴染みも、チェスを一緒にする彼女も、いない。今日まで全部、僕があの階段下で作った妄想。
「一人が好きなだけです。……失礼します」
全部、今日でおしまいだ。
チェスを忍ばせた手提げ鞄を引っ提げて教室からでた。
「あ、チェスの人!」
大きい声で呼び止められて肩が震えた。なんで女子が僕に?
「今日に限っていないからびっくりしたよー」
「何か用?」
「私も混ぜてほしくて」
「……は?」
「部活引退してから暇なんだよねー。受験勉強の息抜きにいいなって。ダメかな?」
「ダメじゃないけど、ルールは?」
「知ってるよ」
「そう……。なら、いいけど」
「やった! 同じクラスの佐野有未」
「橋本克明。よろしくお願いします」
「固いなー! でも、いつもの橋本くんだ」
「いつもの?」
「チェスしてるの見てたんだけど、階段下にいる橋本くん、ちょっと怖くて」
「そうだったんだ……。ごめん」
「ううん、勇気だしてよかった」
佐野さんは「よろしくね」と笑顔を浮かべた。ドキドキした。
チェックメイトは言えなかったけど、あの日々は無駄じゃなかった。