8.現元帥に母の侮辱をされるのが許せなかった
元帥は、英語でマーシャル。オーストラリア向けのモーリス車で、その名をつけられた車種があるそうです。
仲間を追放し終えた後へと、話を戻します。
ユリサと別れてからは、私はずっと単独行動をしていました。自分一人で旅をするなんて、今までほとんどなかったと思います。久し振りに実家へ帰り、両親に会いに行っていました。両親は変わらず元気で、安心しました。
地下ダンジョンで私が罠にはまってから、一週間。
呪いに侵された部分は、徐々に強い痛みを与えてくるようになっていました。
追放からこの日までの間、デオ達とは会っていません。許されるのならば、最期の時まで一緒にいたかったのが本音です。
ただ、一緒にいることで、万が一にも冒険者パーティーとみなされ、呪いが感染してしまうことを恐れました。
帰省を終えた私は、冒険者として拠点にしていた街に戻って来ました。そして、巨大な時計塔に向かいました。
時計塔はこの街で最も高い建築物で、最上部の張り出し部分からは、街が一望出来ます。
時刻は、午後三時頃。青い空のもとにある街の日常を、私は時計塔から見渡します。
煙突のある大きな集合住宅が並び、道を人々が行き交い、広場では商売をおこなう姿も見られました。
私の張り詰めた心情とは真逆なぐらい、街はのんびりとしています。あなたにもぜひお見せしたいほどの、大好きな街の、素敵な眺めでした。
「やあ、セティーブ=ロージェ嬢。下半身の調子はどうだい?」
振り向くと、私が最も会いたくない男がいました。元勇者で現元帥の、クワッド=モコシエです。
あいかわらず容姿こそ美青年ではありますが、嫌味な笑みを浮かべています。この日もモコシエは、迷彩柄のスーツ姿でした。この男のファッションセンスに品がないとは言いませんが、性格に関しては品がないと言い切れます。
モコシエの視線の先にある私の下半身は、呪いの範囲がこれまで以上に広がっていました。深海よりも暗くて不気味な呪いの色を誤魔化すため、私が黒いタイツを穿くほどです。
下半身どころか、お腹を越えて胸部辺りまでもが、黒く染まっていました。
私はモコシエに言葉を返さず、無言を貫きます。
「……ふん、この俺が話をしてやっているんだ、返答ぐらいはしたっていいだろ? まあ、所詮お前は、『悪役令嬢の娘』というわけか」
悪役令嬢の娘。
その言葉に、私は強く反応してしまいました。モコシエは私の出自を調べたようです。
「この俺の情報収集力をナメるなよ。お前の過去は、すでに多くを知っている。……お前の母親は国を追放されて、お前はバカげたミスで呪い死ぬ。親子揃って惨めな末路だ」
「――私の母は惨じゃないッ!」
モコシエへと私は怒鳴っていました。
私のことはともかく、私の尊敬する母親まで侮辱するなんて。この男に、私は強い怒りを覚えました。
「ほう、やっと口をきいてくれたか。ついでに、このまま俺に命乞いをするんだな。そして、俺のハーレムに加わって一生を捧げると誓え。そうすれば、今すぐにでも呪いは解いてやろう」
「母の誇りを穢すようなアナタなんかに、そんな誓いをするわけがありませんッ!」
「誇りじゃなくて、埃の間違いじゃあないのか? 強がるのもいいが、日没までには、呪いが体中を襲い、命を落とすことになるだろう。今この時が、お前の生死を決める最後のチャンスだ」
「二度も言わせないで下さい。――私は絶対に、アナタの言いなりになんかなりませんからね!」
強がる私に、モコシエが迫って来ました。腕を押さえつけられ、後ろの壁に背中をぶつけてしまいます。
「俺はな、実は貧乳もイケるんだ。けっこうかわいい顔をしているじゃないか」
私は身動きが取れないまま……この男に、唇を奪われました。
「お前の母親の誇りだけでなく、お前の唇も穢してやった。この俺とキス出来たんだ、人生最期の手向けとしては最高だっただろ?」
得意げな顔をされていました。
「じゃあな、セティーブ=ロージェ貧乳嬢。残り短い人生の幸運を、心から祈ってやるよ」
そう言ってモコシエが去った後も、私は好きでもない、むしろ大嫌いな男と口づけしてしまったことが、頭から離れませんでした。
キスの初めての相手は、せめてデオが良かった。そう私は思っていました。それはもう、絶対に叶わない願いです。これから死ねば、キスどころか、顔を合わすことも、永遠に無かったでしょう。
私が涙を流していたのは、理不尽な口づけが原因か、それとも死が目前に迫っていたからなのか。
どちらだったのかは、あなたに断言出来そうにありません。
ひどいことをされたセティーブでした。
今回も読んで下さり、ありがとうございます。