10.私が終わりを覚悟した時
セティーブは最期の場所に来ました。
舞台は、お手洗いに移ります。ええ、特に変哲のない、お手洗いです。
私は独りになれる場所を求めて、最終的にはお手洗いの個室を選びました。
お世辞にも綺麗とは言えない、公園内の狭いお手洗い。しょうもない失敗で呪いにかかった私にふさわしい惨めな場所だと、この時の私は思いました。
天井には魔力で作動している照明があり、個室のドアを閉めてもドアの上下、特に上部には広めの隙間があるため、少しは明るさが入って来ます。
便座を背にした私は、下を向きました。
黒のタイツはすでに脱いでいたので、素足が見えます。前のドアで陰になっているから、足が黒くなっているのではありません。影以上に、濃く染まっているのです。
私はタイツだけでなく、他の衣類も脱ぎました。身に着けているのは白い下着だけになります。そんな状態で、便座の蓋も開けずに座りました。
死の直前になると、普段は絶対にしないようなことをしても、不思議に思わないのかもしれません。事実、この時の私は、下着姿で着座していても、まるで恥ずかしさは感じていませんでした。
私の手首より先だけが、かろうじて元の肌の色で、体の大半が真っ暗になっています。下着だけが白く際立っていて、私は異常に感じました。体の痛みも、どうにか我慢して耐えている状態です。
「……もう時間でしょうね」
そう私はつぶやいていたと思います。
やがて、残りのわずかな部分も闇に染まり、呪いで命を落とす。
それまでの時間がもう長くはないことを、私は悟っていました。
「……死にたくない」
こんな情けない私の姿を見たら、デオ達はどう思うでしょう?
私は、パーティーのリーダーを務められるような器ではありませんでした。それに比べて、デオは……。
デオは、私の通っていた冒険者育成のための学園の、同級生です。
初めて彼を見かけた時の印象は、容姿のすごく整った男子、というものでした。
規律を乱す生徒達と対立する私を見かねたのか、デオは何度も助けてくれました。剣技は超一流でしたが勉強は出来ず、私がよく見てあげたものです。
デオは私と違って大変人気があり、卒業式の日も、彼は何人もの卒業生から冒険者パーティーの勧誘を受けていました。
ですが、
「君らはティブが頑張っている時に、誰も手伝おうとしなかったじゃないか。そんなやつらと組むつもりはないよ。ボクが組むのはティブだけだ」
そう言い放ったのです。
「いや、上位成績者が二人で組んだらバランスが崩れる。お互い別々の冒険者パーティーに入れ」
その場にいた教師が命令口調で言いました。
実は私も、それなりに成績は良く、剣術でも女子の中では常に上位でした。それでも、デオと比較すれば、実力は全然敵わない格下です。
「バランスが崩れる? そんなくだらない理由でボクの道を阻むのでしたら、この学園、全てを破壊してから旅立ちますよ?」
すごく殺気立っていましたね、当時のデオは。
私がどうにかデオをなだめて、後でその教師から感謝までされました。デオなら本当に学園を破壊しそうで、当時の私はひどく慌てていたのをよく覚えています。
卒業後は、私とデオ、それにユリサとヴェリアと一緒に、冒険者として過ごしました。みんなで困難な依頼を成功させたり、美味しい食事を味わったりもしました。もちろん、辛いこともありましたが、全体的に思えば、とても楽しい生活が送れていたと言えるでしょう。
特にデオには、すごく感謝をしています。それに、私はデオに対し、恋心も抱いていました。デオが女性だったと判明した今でも、この気持ちは変わっていません。
どうせ死ぬのなら、デオ達の幸せを願って死のうと思い、私は両手を組み、祈りを捧げました。
涙が流れます。
とうとう、手首の先まで、全てが闇に染まります。顔はどうなっていたのかは、最後まで確認出来ませんでした。
体中の痛みが極限を超えそうな時、ドアを強く何度も叩く音が聞こえました。その音が頭痛を助長し、向こう側で誰かが叫んでいても、聞き取れませんでした。
ドア下部の隙間から、透明の液体が流れて来たのが見えました。液体内の細かいグリッターが、きらきらと輝いています。
その液体は意思を持つように動いていて、私の体全てを覆いました。不思議なことに、液体に包まれているのに、呼吸は可能でした。それに……、なんだか、とても心地よい感じがしたのです。
やがて、私の意識は途絶えてしまいました。
最期の時に思うことって、何なのでしょうか? それは恐らく、最期が来た時にしか分かりません。
今回もお読み下さり、ありがとうございました。




