湿度100%クッキー
「お兄さん・クッキー・湿度」のお題で作った三題噺です。
お兄さんのことが好きな男女ものかな、と見せかけての義理姉妹失恋ものです。
「みうちゃん、あのね、おねえちゃん結婚しようと思うの」
そう、みかこちゃんから聞かされて。ふにゃりと少し崩れた笑顔の彼女にスマホを見せられる。
「あー、そう……なんだ……」
一本だけピシリとヒビの入った画面に映ったお兄さんは、とても見覚えがあった。
「すてきなひとだね」
自分の声が、平坦に聞こえる。
だけど幸せ絶頂のみかこちゃんは私の異常に気付かないで、お兄さんとの馴れ初めや惚気を語る。
「私、今、とっても幸せ」
そう締め括る彼女の脳内とは正反対に、私は今不幸の真っ只中にいた。
失恋した。
まるで半身を失くしたかのような虚無感は、これから先、何かで埋まってくれるのだろうか。
大好きだった。
愛していた。
将来設計なんて全く考えてもいないのに、いつか結婚するんだなんて夢見ていた。
大雑把な私だから、いつもバレンタインデーはあんまり美味しくないお菓子しか作れなかったけど。
あの人はいつも「おいしいよ」って食べてくれていたのに。
あの気持ちは菓子くず一片だって届いていなかったんだ。
お兄さんとうちの両親との顔合わせまで、抜け殻みたいにぼうっと過ごした。
顔合わせの日は終始幸せそうな二人を見せつけられて、「かなわない」と空っぽの心に刻みつけられた。
「みうちゃん、これ。お近付きの印に」
「……はい……」
お兄さんが少し困った顔で綺麗な包装をされたクッキーをくれる。
私の学校前のケーキ屋さんに勤める彼の作ったクッキーはまるで売り物みたいで、私のものとは比べ物にならなかった。
「あの、ケンジさん」
「うん」
余り表情が動かない人だけれど、その目元は優しく細められている。
「絶対、お義姉ちゃんを、世界で一番幸せにしてください」
その言葉に、ケンジさんはぐっと決意を込めた顔で頷いて、みかこちゃんとお義父さんは感激で泣いてしまって、顔合わせの場はぐだぐだになった。
お母さんと二人で何とか収拾させて、部屋で一人になった私は、丸くてさくさくしたクッキーを一枚齧る。
「……ふっ、ぅ……」
さくり、さくり、みかこちゃんへの気持ちを初めて会った時からの思い出と一緒に飲み込むようにクッキーを噛み砕く。
しゃくり上げながら食べるのはなかなか難しかったけど、もう意地になって二枚三枚と味わって食べた。
「……しょっぱい……」
お兄さんのクッキーのバターの風味、砂糖の甘さを、私の涙と思いが湿らせて塩辛くする。
ただ泣くだけ泣いて、恋心を涙で霧散させて部屋の湿度を上げてしまおうかとも思った。
でも、だけど。
心の奥に隠していた恋心を、さらに消してしまうだなんて、かわいそうで。
「……ごちそうさま……」
私はそれをお腹の中へ入れてしまうことにした。
みかこちゃんの幸せの味と一緒に入れて、少しでも慰めとなるように。
手を合わせて、私はそれと別れを告げるのだった。
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