皇族の執着について
追加してみました。
【男爵家令嬢誘拐事件】
私には何故か婚約者が出来ない。
自惚れではないが、何度か良いところまでいったこともあるのだ。
昨日だって、クラスメイトの裕福な商家の一人息子に放課後にお出かけに誘われて一緒に街を散策した。
なのに、今日学院へ行ってみればその一人息子は徹底的に私を視線から外して見ないようにしている。
心が痛んだ。何度も味わえば慣れるかと思ったけれども、慣れなかった。
そんな風に落ち込んでいる私の元に殿下がやって来た。
「おはよう、フローラ」
男爵家令嬢という身分が低い私に対しても分け隔てなく話しかけて下さる殿下にも、これまた不思議なことに婚約者がいない。
「おはよう御座います」
腰を折って丁寧に挨拶を返せば、殿下は冗談なのか、「名前で呼んでくれて良いって言っているのに」と美しい笑みを浮かべた。
そして放課後。
クラスの男爵家令息が私に声をかけてきた。後ろでは、昨日私を誘って下さった商家の息子が必死の形相で何やら言っている。
「馬鹿なこと言うなよ。優しそうな方じゃんか」
男爵家令息がそう答え、やめとけと首を振る商家の息子の肩を叩き、人気のカフェで一緒にパフェを食べた。
きっと、明日には態度を急変させているのだろうと思いながら、今だけでもと楽しんだ。
男爵家令息と別れる間際、ふと私は何かに駆られてその令息の頬に優しくキスを落とした。
「今日は、ありがとうございました」
令息は驚いた顔で硬直し、状況を読み取ると顔を赤くさせた。
「こちらこそ、ありがとう」
お互いに気まずくなってしまい、そのままそそくさと去った。
夜の冷たい空気で頬の熱を覚ましたくて、迎えにきてくれていた馬車を謝って送り返し、家路を一人ゆっくりと歩く。
ほとんどは夜になっても人通りの多い場所だったが、家に着くまでには一ヶ所だけとても見通しの悪い場所があった。
そこに差し掛かり、ふと星が見え始めた空を仰ぎ見た瞬間、口元に何やら押し付けられそのまま意識を失った。
は、と目を覚まし、起きあがろうとして手足に冷たく重いものが付けられていることに気づいた。
「鎖……」
しかし、部屋の調度品はどれも一級品で、寝かせられているベッドもふかふかだ。
その時、ドアから人が入ってきた。
「フローラ、目が覚めたんだね」
「殿下」
入ってきた人物に愕然とし、本能的に殿下から遠く離れようと動く。
「フローラ、何で逃げようとするのかな」
美しい殿下は悲しそうに言う。
「殿下、これは一体」
ガチガチと歯が鳴る。震える私を愛おしそうに殿下は見つめ、無駄な抵抗をする私を両手で抱きしめて朗らかに言い放った。
「フローラがいつまで経ってもデートしてくれないし、他の男とばかりデートいくし、今日なんて口付けもしていたからね。実力行使だよ」
フローラがこの婚約書にサインをくれるまでここにいてもらうからね。
恐怖しかなかった。
確かに、婚約者が欲しいと願ったけれども。
「ちなみに、フローラは今行方不明扱いになっていて、直前まで一緒にいた男爵家の令息が疑われている」
既に朝になっていると何でもなさそうに言った。
「じゃあ、今から学院に行ってくるからその間に答えを出して」
もう、選択肢は一つしか残っていないように思った。