前編
気休めに書いてみました。
ご都合主義ですので話がどんどん進みます。よろしくお願いします!
殿下の従者に呼ばれて、学院の庭へ向かった私はそこでちょっと信じられないものを見た。
「殿下」
ベンチに座る殿下と一人の女子生徒。確かあの人は子爵家の令嬢だったか。
「私をお呼びだと聞きましたが、きっと間違いだったのですね」
目の前に座る殿下と女子生徒。私は何の感情も込めない声で言った。
「どうぞ、私はここから去りますので続けて下さい。あと、今後必要以上に殿下に近付きませんのでご安心を。何ならその方と一緒になれるように根回しもしますので遠慮なく言って下さいね」
きっと私の瞳は酷く凍って見えるのだろう。
「エミリア様、これは……」
女子生徒が口を開こうとした。しかし、私はそれを遮る。分かっている。
「殿下の事が好きなのでしょう。なら、これは私ではなく貴女が持っているべきものね」
首に下げていたネックレスと胸を飾っていたブローチを取って女子生徒の膝に乗せる。
「これは殿下から賜った物です。きっと、殿下の寵愛を受ける貴女が付けている方がこれらも殿下も幸せでしょう」
「エミィ」
殿下が焦った声を出すが私は作り笑顔で殿下を見た。
「殿下。私はアホではありません。殿下が誰を思っているかなんて分かります」
「エミィ、分かっていないよ」
「私の今後を心配してくださっているのですか。なら、安心して下さい。いざと言うときのための道は複数確保してありますので」
「エミィ」
殿下は立ち上がって私の手を取った。
「エミィ、違うんだ」
「……潔く認めた方が良いですよ」
イライラとした表情で見れば、殿下は悲痛な顔で私を見る。そして、女子生徒の前で私をきつく抱きしめた。
「殿下、あの令嬢を大切に思っているのならば、ここで私を抱きしめる行為は慎んだ方が良いですよ」
「エミィ、だから!」
肩を掴んで目を覗き込む殿下。とても真剣な瞳をしている。
「……エミィが何と言おうとも婚約破棄だけはしないから」
「そうですか」
◇
「エミィ」
まただ。
私はため息をついて殿下を見る。
「何ですか」
同じクラスだが席は遠く離れている。 それなのにわざわざ私の元へ休憩毎にやってきて話しかけるのだ。
「何、って、これでも婚約者同士だよ。話すことは何らおかしくない」
「ですね、しかし、今までしてこなかった対話を試みたって何も変わりませんよ。私と殿下の距離はそのままです」
「何を言っているのかな、エミィ。エミィは私ーー俺の唯一だよ」
唯一。笑わせるな。
「今まで放っておいて笑わせないで下さい。私はずっと殿下との会話を試みました。それを拒んだのは殿下自身。もう、私は殿下との距離を縮めたいなどと思えなくなったのです」
10年だ。10年間も話しかけたのにそれを無視された。
「違うんだ、それは俺が不甲斐なかったせいであって」
「殿下、私は殿下の命令には従います。もしここで殿下が私に命令を下すのならば私は」
権力で解決すれば良い。そう提案すると殿下はアイスブルーの瞳を大きくさせて口をつぐんだ。
「権力で解決することを望んでいない。だから、俺は……」
「では、失礼致しますね。昼のお休みは短いので早く行かなければ席がなくなり、食事が出来なくなってしまいますので」
「……ああ」
殿下は私をただ呆然と見送るしかなかった。
そして、私はそのまま学院を抜け出した。
◇
「エミィちゃん、こっちもお願いして良い?」
「はい、ただいま」
器用だった私は学院を抜け出したあと、カフェの店員として働くようになった。学院から遠く離れた田舎の地でウェイトレスをしている。
勿論実家や王家からは追手がやってきたがその度に部屋に隠れてやり過ごしていたので私の居場所は依然分かっていない。
カフェの経営者夫婦はとても優しくしてくれ、訳ありそうな私を黙って雇ってくれた。
家出から一ヶ月が経ち、王都からちょくちょくやって来ては私がいないか巡回する騎士の数もぐっと少なくなった。
だから、私は油断していたのだ。
いつも通り、清潔感あふれる真っ白のエプロンを付けて髪を後ろで結えてカフェの厨房に行った私はそこで会ってしまったのだ。
「エミィ、やっと見つけたよ」
カフェの経営者夫婦と和やかにひとりの青年が話していた。
「殿下、何故こちらにいらっしゃるのですか」
私の婚約者がカフェにやって来た。
「エミィちゃん、きっと話し合った方が良いわ。このまま逃げ続けていては……」
「10年間」
経営者の妻が私を宥めるかのように何か言って来た。しかし、私は殿下の姿に怒りを覚えていたので言葉を遮る。
「10年間、私は殿下に無視をされました。その間、何度も何度も殿下に話しかけ、何とか嫌われないようにと頑張って来たのです。……好きな人に嫌われていた気持ち、きっとこの気持ちを味わったものにしか分からない」
殿下は目を見開いた。
「ええ、きっとご存知なかったでしょうね、私が殿下を好いていたことなんて。所詮私はそんな存在です」
さらに言葉を続けようとした私の口に言葉が出るより先に何かが触れた。
背中に回された腕と前に感じる人の温もり。
「エミィ。エミィを愛している。初めて会ったあの日からエミィだけを愛している。だから私に弁解をさせて欲しい」