第43話 Side憲司
颯真ちゃんが、強さで大将になった訳やないことは分かっとる。
ジャンケンで順番決めてたとこ、見とったからな。
すぐ終わらせたらつまらんし、ちょっと遊んだるわ。
俺は颯真ちゃんとジャブを打ち合った。
予想通り、たいしたことあらへん。動きが未熟すぎや。これおそらく、ボクシング始めて間もないで? なんでこのレベルでここにいるん?
俺の軽めのジャブが、颯真ちゃんの顔面にヒットする。
それだけで颯真ちゃんはふらっとしよる。全然打たれ慣れてへん。ただの素人や。
こんな奴をヒーローだと思ってた自分が、恥ずかしなってきたわ。
俺は颯真ちゃんにずっと憧れとった。
貧乏で暗い俺は、小学生の時、そりゃもうぎょうさん虐められたもんや。
いつも泣くかビクビクしとった、情けないガキやった。
ある日、俺と同じようなイジメを受けている子を見つけたんやが、その子はまったく意に介してへんかった。それが颯真ちゃんや。
俺は颯真ちゃんに「なんでそんな平気でいられるの?」と聞いた。
颯真ちゃんは「俺は、程度の低い嫌がらせをしてくる連中を心底見下している。つまり俺が精神的優位に立っている訳だ。ならば気にする必要はあるまい?」と言ってきた。
正直、小学生の俺には何言うてんのか、よう分からんかった。
だが颯真ちゃんが、バチクソカッコええことだけは理解できたんや。
俺は颯真ちゃんに憧れ、彼にいつもくっついているようになった。
そんで颯真ちゃんが、憧れの人からヒーローになる事件がおきんねん。
あれは小学5年の時や。
クラスの女子数名の給食費が盗まれた。
貧乏だった俺は、真っ先に疑われる。しかも生徒だけでなく先公のババアからもや。
盗んでへんから反論しようと思ったんやが、その頃の俺は、とんでもなく口下手やった。上手く言い返すことができへんで、犯人だと断定されてまう。
だが、そこで異議を唱えたのが颯真ちゃんや。
盗まれた女子の話から、犯行があったのは水泳の授業中であると判断し、俺にアリバイがあることを証明してくれた。
そして犯行が可能だったのは、具合が悪いからと保健室で休んでいた、クラスのリーダー的女子であると推理したんや。
颯真ちゃんは嫌がるリーダー女子を押しのけ、強引にそいつの鞄の中身をあさる。
もちろんクラス中から、大バッシングや。
「――あったぞ。給食費」
颯真ちゃんが鞄の中から、いくつかの封筒を取り出す。
クラス中が、お通夜のようにシーンとなってしもうた。
「ち、違うわ! 私じゃない! 誰かに入れられたの! 私が美代と加奈子のもの、盗む訳ないじゃない!」
「なぜ鈴木と谷口の給食費だと分かった? ミステリーの定番墓穴掘りをやったな、この馬鹿女め」
リーダー女子がわんわん泣く。
こうして颯真ちゃんは、見事俺の無罪を勝ち取ってくれたんや。
でも颯真ちゃんは、これだけでは終わらへん。
俺を犯人扱いした教師のババアを攻撃し始める。
「ろくに証拠を集めず、先入観だけで犯人を決めつけるとは……実に愚かだ。お前のような人間から教わることは何一つない。今すぐ教師を辞めろ」
「というより、教師うんぬんの前に、人として駄目だな。家に引き籠り、社会に迷惑をかけないよう、ひっそりと生きて死ね」
など、小学生とは思えへん毒舌を浴びせ続け、ババアを大泣きさせた。
再びクラス中から大バッシングや。
だが颯真ちゃんは、多勢に無勢なんてお構いなしや。
論破と人格否定で、一人また一人と泣かせていく。クラスは阿鼻叫喚の地獄絵図となってもうた。
後日、颯真ちゃんの両親が学校に呼ばれてしもうたんやが、颯真ちゃんのご両親も素敵な人達やった。
颯真ちゃんのやったことを全肯定し、親として鼻が高いと言い切りはった。
逆に学校側がボコボコにされ、教師陣が謝罪させられとった。ほんまええざまや。
ババアは僻地の小学校に赴任させられたし、完全勝利や。
この一件で、俺は颯真ちゃんを神のように崇拝し始めた。憧れを完全に通り越してたわ。
颯真ちゃんに一生ついていきたかったんやけど、それは叶わんかった。
俺の両親がいなくなってしもうたんや。
尼崎の親戚に引き取られることが決まった時、俺はほんまショックやった。
ずっと泣いてたわ。颯真ちゃんと離れるのが耐えられんかってん。
俺は颯真ちゃんに泣きついた。助けてくれと。だが彼はこう言った。
「俺の力に頼るな。強くなれ憲司。俺よりも」
神様の言葉は絶対や。俺はその言葉だけを頼りに生きていく。
尼崎の親戚のおっちゃんは、元アマチュアボクサーやった。
俺はボクシングを教えてもらい、強さと自信を身に付けていく。
中学入って早々、上級生に絡まれたんで、ボコボコにしたった。
そっからは喧嘩喧嘩の毎日や。気が付いたら番長になっとった。
そんで、中3の修学旅行で東京に行った時や。
十分強くなったと思った俺は、颯真ちゃんに会いにいった。
と言っても遠くから見ただけや。そうすることしかできんかったんや。
めちゃんこショックやったわ。
神様だと思っていた颯真ちゃんが、あんな惨めな姿になっていたなんて。
颯真ちゃんはドブ川のような目で、一人うつむいて歩いておった。
「うんこ」「ちんちん」と書かれた鞄を肩から引っ提げて。
嫌がらせを受けてるのはええんや。それは小学生の時も一緒やから。
でも、あんな目はしとらんかった。あれは、完全に死んどる人間の目や。
ショックを受けた俺は、颯真ちゃんに何も言わないまま、その場を去り、尼崎へ帰る。
俺を支え続けてくれていた信仰が失われたことで、俺はおかしなってもうた。
手あたりしだいにケンカを吹っ掛け、何度もポリのお世話になった。
これは未だに自分でもよう分からへんのやが、女装するようにもなってもうた。
せやけど、女の恰好すると、心が落ち着くんや。
こうしてへんと、俺はまともに生活できひん。
そんなこんなで、俺は関西異色の総番長となった。
そして今、目の前に元神様の颯真ちゃんがおる。
こいつを完全に叩きのめし、過去と決別したる。
そしたらきっと、俺の心は救われるはずや。
女装せんでも、普通に生きられるに違いあらへん。
「颯真ちゃん! 俺、颯真ちゃんより強うなったで!」
俺の左フックが颯真ちゃんのボディーに入る。
「ぐっ……」
めっちゃ苦しそうや! もうガードする余裕もないやろ。次で決めるで。
俺は一歩踏み込み、右ストレートを放つ。
その瞬間、颯真ちゃんの眼が光った。
「がっ……!」
俺の顔面に、颯真ちゃんのカウンターが入ってもうた。
だが、さっきのボディーが効いてたんやろ。そこまでの威力ではあらへん。全然立ってられる。
俺は踏ん張り、反撃の左ジャブを放つ。
颯真ちゃんは右手でガードし、左ジャブで反撃してきた。
また一発もろてもうた。やるやん。だがそんなジャブ、効かへんで?
再度左ジャブを打つ。颯真ちゃんに隙ができた。もう限界が来てるんやろう。
俺はとどめの右フックを放つ。頬に入った。終わりや。
――いや、違う! 颯真ちゃん、右に捻っとる! 受け流してるやん!
颯真ちゃんが、俺の右腕にかぶせるように左フックを打ってきた。
あかん! 右腕伸び切っとるから、ガードできへん!
こいつのカウンター、ごっつい、えぐいやんけ!
颯真ちゃんの左フックを食らう。うぐ……こいつは結構きっついで。
だが絶対に負けられへん!
俺はジャブからのフックを放つ。
カウンターでジャブを入れられる。
あかん、このままや負ける! ……いや、そう思ったらあかん!
負けると思うから負けるのや! 過去の俺がそうやったやないか!
ワンツー左ストレート。またもやカウンターで返された。
なんやねんこいつ……マジ化け物やん……。
いや……勝つ! 俺が勝つねん!
今度は打つ前に、ボディーに決められたわ。
めっちゃ痛いし、めっちゃ苦しいやんけ。
颯真ちゃんの目つき、めっちゃヤバいやん……あのドブ川のような目はどこいったんや……? あれってもしかして、たまたまあの日下痢だったとかなん?
アカン、ワンツー決められてもうた……もう立ってられるのが不思議なくらいや……。
つうか颯真ちゃん、やっぱめっちゃカッコいいやん。
颯真ちゃんの、アゴを狙った左フックが迫って来る。
あかん。もうガードできへん。体が動かんわ。
――入った。
強え。俺、全然超えてへんかった。めっちゃ嬉しい。
後ろに倒れる。
このままだと後頭部打って死ぬかもしれへんな。だが、別にええ。
喜びの中で死ねるなら本望やわ。
……おかしい。衝撃があらへん。どうしたんや?
「俺の勝ちだな。憲司」
分かった。颯真ちゃんが俺の体、支えてくれたんや。
どこまでカッコええねん。惚れてまうやろ。
「颯真ちゃんは、やっぱヒーローで神様やわ……」
それが俺の最後の記憶やった。
颯真の目が死んでいたのは、いつもどおりです。別に小学生の頃と変わっていません。
憲司の思い出の中に存在する颯真が、キラキラ補正を受けてしまっているだけです。
これにて第四章完結になります。
残すところもあと二章。5章からは完結に向け、物語が大きく動き出します。
どうぞ、最後までお付き合いください。
 




