第39話 裏番
鬼頭との一件は、すぐに学校中の噂となった。
しかも困ったことに、だいぶ話が盛られてしまっている。
ひまりは鬼頭と不良たちに、めちゃくちゃ凌辱されたことになっており、いつもどおり明るく振る舞う彼女を見て「なんて健気な子なんだ。あんな子を酷い目に遭わせるとは、クズどもめ許せぬ!」と、涙を流しながら怒る教師や生徒を続出させた。
極悪院先輩は34発の弾丸を浴びたと噂され、事件の翌日すぐに病院を退院したことで、「まさに正真正銘の怪物だ!」と、さらに恐れられてしまう。
そして俺はというと……。
「八神の奴、鬼頭の指の先から肉を少しずつ斬り落として、豚に食わせたらしいわよ……」
「聞いた聞いた……ひまりのことで、相当ブチギレたみたいだからね……骨は粉末状になるまで砕いて、ライン引きの石灰に混ぜたらしいじゃない?」
こえーよ! どこをどうしたら、そんな話になんだよ!
「あいつって、銃弾を避けながら鬼頭に近付いていったらしいぜ?」
「マジ? 八神ってそんなつえーの?」
「ああ……ウチの高校の番長は極悪院さんだけど、裏番は八神らしいぞ」
ちげーよ! 銃は撃たれてねーし、ただの陰キャ陸上部だよ!
こんな感じで、多くの生徒が俺を恐れ始めてしまった。
すぐに誤解を解くべきだったのだろうが、俺はあいにく大勢に情報を発信する手段も力も持っていない。
噂がエスカレートしていくのを止めることはできなかった。
そして、さらに厄介なのがこの人である。
「おう颯真! 放課後、ちょっとツラ貸せや!」
「あ、はい。分かりました」
あの一件以来、極悪院先輩が、たびたび俺の元を訪れるようになってしまった。
主な話題は、免許を取得したら、なんのバイクを購入するかだ。
先輩はカタログを持参し、一つ一つのバイクについて熱く語っていく。
それ自体は別にいいのだが、とにかく周りの生徒が怖がるのだ。
「八神って、マジで極悪院先輩と仲いいのかよ……」
「バイクって……超不良じゃん……」
「あいつが裏番ってマジっぽいな……」
「やっべえ! 俺、あいつの上履きに『うんこ』って書いちゃったよ!」
先輩が遊びに来るたびに、こんな感じの話が聞こえてくる。
最近じゃ1年がやたら頭を下げてくるし、他の生徒とは、もうまともに付き合えないかもしれない。まあ元々ぼっちだからいいのだが。
そして放課後。
「おい八神、お前超やべーって!」
「バイクに乗った不良たちがお前を待ってんぞ! 早く逃げるべ!」
北原と小松が、俺の元へ駈け込んで来た。
まさか俺が裏番という噂が流れ、他校の不良が俺をシメにきたのか? ちくしょう! 最悪だ!
「おう颯真! 迎えが来たから行くぞ!」
「え? あ、はい」
迎え? どういうことだ? とりあえず、極悪院先輩と一緒にいた方が安全だ。
俺をシメに来た不良と、上手く話をつけてくれるかもしれないし。
俺は極悪院先輩の後に続いて、校門前までやってくる。
「うお……!」
そこには10台を超えるバイクが並んでおり、その前には見るからにガラの悪い連中が規則正しく整列していた。
「極悪院さん! 八神さん! お迎えに参上いたしやした!」
不良たちは一斉に深々と頭を下げる。
え? 俺も? どういうこと?
「おう! ご苦労じゃったのう! ――じゃあ颯真、後ろに乗ってくれや!」
「わ、分かりました」
俺は不良の一人からヘルメットを受け取り、アメリカンバイクのシート後方にまたがった。
極悪院先輩も別のバイクに座り、バイクの一団が発進する。これって暴走族?
先輩にどこへ行くのか聞きたかったが、風とヘルメットのせいで、先輩と会話することは不可能だ。
仕方ないので、流れに身を任せることにする。極悪院先輩と一緒なら、まあ大丈夫なはずだ。
「へー、案外悪くないもんだな……」
不良たちは暴走行為をせずに、ゆったりと走っているので、風が気持ちいい。
これを自分で操縦していたら、なお爽快だっただろう。
ちょっと、バイク免許取得のモチベーションが上がる。
バイクの集団は海の方へ向かう。
先日、鬼頭達との一件があった三隅埠頭とは逆方向の、マリーナがあるエリアだ。
バイクは桟橋付近にとまり、全員バイクから下りた。
俺はヘルメットを脱ぎ、極悪院先輩に尋ねる。
「これから一体何を?」
「関東番長会議じゃ。関東を代表する5人の番長が、色々と話し合うけんのう。まあ今は4人しかおらんが……」
「……え? なぜ、俺がそれに参加するんですか?」
極悪院先輩は大笑いしながら、俺の背中をバンバンと叩く。
「がはははははは! 颯真! ヌシは裏番じゃろうて!」
「いや、違いますよ!」
これは、とんでもない話になってきたぞ……!
俺が関東を代表する番長の会議に参加だと!? すべての校則を遵守する、超優良生徒のこの俺が!?
「とりあえず顔合わせじゃあ! いくぞ颯真!」
「は、はい!」
俺は極悪院先輩の後ろについて、桟橋を進む。
他の生徒はついてこない。
「ここから先は、番長しか進むことができんのじゃ! 誇りに思え颯真! がははははは!」
だから俺は番長じゃねえっての!
俺は桟橋に係留されている船を見た。
かなり立派な大型クルーザーだ。この桟橋に繋がれているのはあの船のみ。
まさかあれに乗り込むのか? ではあの船は、誰のものなんだ?
「どうじゃ立派な船じゃろう? あの船は甲信丸。ワシんちの船じゃけえのお!」
マジかよ!? 極悪院先輩ってボンボンだったのか!
俺達はクルーザーに乗り込み、船内に入った。
また新たなトラブルに巻き込まれそうな気配。




