第17話 Sideひまり
時は、颯真と鬼頭将吾が、生徒指導室に連れて行かれた直後にさかのぼる。
「あははははー! 八神の奴、超キモかったわー!」
「あの状況で、告るとかマジありえないっしょー!」
「あ、あはは……」
親友の紗耶香と玲奈が、八神がアタシを好きって言ったこと、ちょー馬鹿にする。
そんなにキモいかしら? みんなの前で、あんなに堂々と告白できるなんて、男らしいと思うんだけど……。
「ひまりん、マジご愁傷様ー」
「あんな奴に好かれて大変だねー」
「う、うん……」
紗耶香と玲奈が顔を見合わせる。
「……そう気を落とすなよー、ひまりん。エッチする前に将吾がクソ野郎だって分かって、良かったじゃん」
「そうそう、あんな奴と早目に別れられてハッピーだって! な?」
「そ、そうよね! あは、あはは……!」
別に将吾のことでヘコんでる訳じゃない!
アタシのせいで、八神が生徒指導室に連れて行かれたことを気にしてるの!
ううん……それよりも一番気になるのは、あの告白についてよ。
あれは、その場の勢いで言っただけよね? 桜子を狙ってるってはっきり言ってたし。
でも、もしマジだったらどうしよう……。
「ちょっとトイレ行ってくるね」
「いってらー」
アタシはトイレには行かず、生徒指導室の前に行く。
扉の窓から中をのぞくと、八神の後ろ姿が見えた。
八神が頭を下げて立ち上がったのが見えたので、アタシは慌てて後ろに下がる。
ガラッ。八神が生徒指導室から出てきた。
「『何故殴った?』って言われても、ムカついたからとしか――って、どうしたひまり?」
「八神、ごめん……アタシのせいで……」
きっと、何かしらの処分がくだされちゃうだろう。
アタシが将吾なんかと夜遊びしたせいで、八神を色々と巻き込んじゃった。
「いや、気にしないでくれ。俺が悪いんだ。最近どうも口より手が出るようになってきてしまってな……」
優しい……将吾だったら、いつもみたいに絶対アタシを責め立てる。
しかも、泣いて謝るまで許してくれない。
「アタシは全然ありだと思うよ……」
これは本心だ。陰キャのくせに喧嘩が強くて暴力的って、なんだかちょっと惹かれちゃう。
「そう言ってもらえると助かる」
八神が微笑んだのを見て、アタシは我慢することができなくなってしまった。
決めた! 聞いてやる!
「あ、あのさ八神……さっき教室で言ったことって……ノリで言っただけだよね?」
なんて言うのかな? ああ、ドキドキする。
「ああ、その場の勢いで言っちまった。悪いな」
「あ……うん……そうだよね。八神が好きなのは桜子だもんね……」
やっぱりそうだった……。
桜子はアタシより顔も性格も可愛いし、背は低いのにおっぱいは大きいし、勝てるのは若さくらいしかない。分かり切っていたことだ。
「そっか……八神、助けてくれてありがとね……!」
アタシはショックを受けたことを悟られないように笑うと、急いで女子トイレに駆け込んで、声を押し殺して泣いた。
昼休みに紫乃からメールが来た。
桜子がパパに頼んで、八神の処分を取り下げてくれたらしい。
ありがとうパパ! 桜子!
アタシはついでに、紫乃に相談を持ち掛けた。
あいつは女子力が高いので、恋の相談にも乗ってくれる。
ちなみに「鬼頭先輩とは、絶対付き合わない方がいいです」と言われていたから、男を見る眼はあるんだと思う。
「『ちょっと気になるクラスメイトがいるんだけど、どうしたらいい?』っと」
ピロン。すぐ返信が来る。
紫乃は文字の入力速度がめちゃくちゃ早いのだ。
「『その人は、部活に入っていますか?』ですって? そうそう、最近入ったのよね。桜子目当てで」
ちょっと悲しい気持ちになる。
アタシは「イエス」と送った。ピロン。すぐ返信が来る。早すぎる。
「『では、私と同じようにマネージャーになったらどうですか?』か……なるほど、さすが悪女! 良い手ね!」
アタシは入部届を一枚取り、自分の机に戻る。
氏名と、クラス、希望する部活を記入していると、紗耶香と玲奈がやってきた。
「ひーまりん、なーに書いてんの? ……え!? ウソ!? 部活入んの!?」
「ちょっと、見ないでよ!」
「マジ!? え、どこどこ!? ――はあ!? 陸上部!? しかもマネージャーかよ!?」
紗耶香と玲奈は、顔を見合わせてうなずく。
「ねー、ひまりん……まさかとは思うけど……」
「八神のこと――」
「そ、そんな訳ないじゃない! これは内申点稼ぎよ!」
「内申点って……ひまりん赤点だらけなんだから、内申点稼いだって意味ないじゃん!」
「これから本気出すの! ちょー、頭良くなるんだからアタシ!」
「でひゃひゃ! マジうけるー! でもそれだったら、もっと楽な部活でよくね? 陸上部のマネージャーって合宿とかあるし、結構きついべ?」
こいつら勘も分析力も、結構鋭い!
「さ、桜子が陸上部の顧問だから、色々と融通がきくの! どう!? これで文句ある!?」
2人は顔を見合わせた。
「まー、いいけどさー」
「八神だけはやめとけよー」
「分かってるわよ! アタシがあんなキモ野郎のこと、好きになるわけないじゃない!」
「――あ、八神が女と話してる」
はいはい、その手には乗らないわよ――と思いながらも、後ろを振り向いてしまうアタシ。マジ恥ずい。
「なによ! 紫乃じゃない!」
紫乃が八神に頭を下げている。
何しに来やがったあいつ!
紫乃にガンを飛ばしていると、ぽんと肩を叩かれた。
振り向くと、紗耶香と玲奈がニヤニヤとアタシを見ていた。――マジ恥ずい。
「ひまりんって、男の趣味悪いよねー」
アタシは一流のマネージャーになるために、桜子とネットから知識をモリモリ吸収する。
「なるほど……スポドリは薄目に作るのね。――どれ、ちょっと飲んでみようかしら」
ひまり製スポドリを一口飲んでみる。
「――うっす! え、こんな不味いの渡したら嫌われちゃうんじゃないの!?」
心配だけど、桜子とネットの健康オタクを信じるしかない!
アタシはバッグにボトルを入れて、グラウンドに向かう。
1人分しか作ってないけど、まあいいか。ボトルないし。
グラウンドに到着したアタシは、桜子にうながされ、自己紹介することになった。めっちゃ恥ずい!
「る、瑠璃川……ひまりです……よろしくお願いします」
八神がアタシを見て笑ってくれた。ちょっと嬉しい。
その後、インターハイとかいうよく分からない大会について聞いていると、桜子がむくれてしまった。この子は昔からずっとこんな感じだ。
しっかり者のアタシが、よしよしとなだめてあげた。
予選に出場するメンバーを決めるため、テストが始まる。
アタシは記録をとったり、タオルを渡したりして頑張った。自分で言うのもなんだけど、かなりデキる女感が出ていたと思う。
いよいよ最後の種目1,500メートル走が始まる。
八神はこれに出場するのだ。すっごくドキドキする。
「よーい、スタート!」
桜子の合図があったのに、八神はボーっとしていた。
完全に出遅れてビリッケツになる。
ようやく走り出した八神にエールを送る。
「八神ー! 頑張りなさいよー!」
八神はアタシに手を挙げてくれた。
これって脈ありだよね? 頑張ればアタシの方を選んでくれるよね?
アタシは色んな意味でドキドキしながら、レースの行方を見守る。
「すごい……どんどん追い抜いてる……!」
頭が良くて、ケンカも強くて、マラソンも早いって、どういうことなの!?
それに優しくて、それでいて男らしくて……。
なんか顔がぽっぽしてきてしまった。
八神が1位になった。しかもグングン2位と差をつけている。
「八神ー、いけー!」
八神がゴール前までやって来る。ぶっちぎりの1位だ。
さぞかし喜んでいるだろうと思いきや、悲しそうな顔をしている。なんで?
「――1位、八神君」
「きゃーっ! 八神、すっごーい!」
アタシは自分を抑えることができず、喜びを全身で表現してしまう。
紗耶香と玲奈がいなくて本当良かった。
八神と男子部長の話が終わったので、アタシ特製スポドリを持って八神のところへ向かう。
「八神ー! はい、スポドリ!」
「おー、さんきゅー」
間違いない。八神は泣いていた。どうして? 勝ったのに。
彼のその悲し気な表情に、アタシの心はきゅんとしてしまう。
思わず抱きしめてあげたくなったけど、八神に尻軽女だと思われるのは嫌だ。ここはグッと我慢する。
「――ん、薄味だな」
アタシは思わずビクリとする。
やっぱり薄すぎたかしら? 嫌われたらどうしよう?
「その方がいいんでしょ?」
「ああ。――ん? ひまりが作ったのか?」
良かった……桜子、ネットの健康オタク、ありがとう。
「うん! ちゃんと調べたのよ!」
「偉いな。ちゃんとマネージャーできてるじゃないか」
ちょー、嬉しい!
アタシは平静を装いたかったけど、笑みがこぼれるのを我慢できなかった。恥ずい。
「なあ、ひまり。お前、男の趣味変わってるって言われないか?」
え!? なになに!? どういう意味!?
もしかして紗耶香たちとの会話、聞かれてた!?
「な、何よ急に!? でもよく分かったわね! ついさっき、言われたばかりよ!」
八神は満足気にうなずくと、スポドリをゴクゴク飲み始めた。
「……あ」
「ん? どうした?」
試し飲みする時、ボトルに口つけちゃった……これ、間接キスだ……。
アタシは自分でも分かるくらい、顔が真っ赤になる。
「な、なんでもないわよ!」
「そうか……? お前、めちゃくちゃ顔赤いぞ?」
「なんか暑いのよ! あー、暑い暑い!」
アタシは顔の火照りを冷まそうと、両手で顔をあおぐ。
「なんで走った訳でもないのに暑がってんだよ? 若年性更年期障害か?」
「んな訳ないでしょ! それは桜子よ!」
「マジでか? 早すぎだろ先生。まあいいや、じゃあこれ飲むか?」
八神がアタシにボトルを手渡してきた。
ウソ? マジ? やっばーい、どうしよう!? ちょー、恥ずかしーよ!
これに口つけたら、アタシ妊娠しちゃうかも……でも、そしたら責任とってもらえばいいか! ……じゃあ、ひまりいきまーす!
ボトルを咥えようとしたその時、ニヤニヤと笑いながらアタシを見る紗耶香と玲奈と目が合った。
「間接キスになるからダメ!」
アタシは八神にボトルを押し返す。
「お、おお……そういやそうだな……」
恥ずかしさに耐えられなくなったアタシは、「きいいいいいいいいいい!」と叫びながらグラウンドを全力疾走した。
ひまりはキスで妊娠すると思っています。
なので彼女は、今までキスを許しませんでした。




