第16話 新マネージャー
放課後、俺はユニフォームに着替えてグラウンドに向かう。
何をしにいくのか? もちろん、陸上部の練習だ。
入部してから今日で10日ほど経つが、特に問題なく過ごしている。
2年から部活に入る奴はまれなので、もっと変な扱いを受けるかと思ったが、桜子先生が上手く言い聞かせてくれているのかもしれない。
とは言え、俺は部活を頑張るつもりなど、これっぽっちもない。
退部しようとしたり、サボろうとしたりすると、選択肢が出てきて邪魔されるので、仕方なく部活には参加しているが、手を抜いてトレーニングに励んでいる。
「集合!」
男子女子、それぞれの部長がトラックの前に立っている。
軽くジョギング中だった俺は、だるそうに部長たちの元へと向かう。
そこに先生と、ジャージ姿のひまりがやって来た。――おや? なぜひまりが?
「先生、全員集合済みです」
先生がこくりとうなずく。
「今日からマネージャー1人入ったから」
先生は、ぽんとひまりの背中を叩く。
「る、瑠璃川……ひまりです……よろしくお願いします」
人前で話すことに、まったく慣れていないようだ。
真っ赤な顔をしたひまりは、普段とは比べものにならないほどの小さな声で、自己紹介を済ませる。
俺は軽く噴き出しながら、拍手をした。
ひまりは俺を見ると、ニコッと八重歯をのぞかせる。――お、いい笑顔だな。
「今日は、5月にあるインターハイ地区予選の出場者を決めるよ」
インターハイ……!
青春とスポーツには無縁の俺でも、名前は聞いたことがある。確か大きな大会のことだ。
「桜子、インターハイって何?」
ひまりがアホヅラで質問する。ナイス!
「全国高等学校総合体育大会。全国規模の体育祭みたいなもの。優勝するとすごい」
「へー、そうなんだ」
なるほど、すごいのか。どれくらいすごいのだろうか?
「アタシが小学生の時取った、書道の金賞と、どっちがすごいの?」
お、いい比較対象だ。ナイスひまり!
「うーんと……多分、しょ」
「インターハイです!!!!」
桜子先生の返答を待たず、女子部長がかなりの剣幕で答える。
「インターハイに出場するには、地区予選、県大会、ブロック大会を勝ち抜かなくてはいけません! つまり出場者は、各地方の代表ということになります! インターハイに出場するだけで、すんごいのです!」
女子部長は、桜子先生を威圧するかのように、すさまじい気迫を放つ。
先生は涙目で、ぷくーっと頬を膨らませた。
「知ってるから! そう言おうと思ってたもん!」
お、先生が怒った。相変わらず可愛いな。
他の部員もそう思っているようで、みんな微笑んでいる。
要するにインターハイってのは、その年のナンバーワンを決める大会ってことだな。甲子園と一緒か。
「これは失礼しましたー! じゃあ迷わないでくださいねー!」
ぷいっとした女子部長を、フグのように膨らんだ先生が睨み、それをひまりが「まあまあ」となだめる。
もしかして、ひまりの言ったとおり、先生って子供っぽいのだろうか?
「じゃあ、さっそく始めるから!」
いつもおとなしい先生が荒ぶっている。
まだ怒りがおさまらないようだ。本当大人げない。
こうして、インターハイの代表選手を選抜する試験が始まった。
出場できるのは、学年関係なく上位3名のみらしい。
俺は1,500メートル走と、5,000メートル走、2種目に参加させられることとなった。
合わせて6,500メートル。マジだるい。とは言え、さすがに同日に2種目はできないそうで、5,000メートル走は2日後だ。
短距離走や、跳躍が終わり、いよいよ俺の出番となる。
スポーツテストの持久走以来、俺は一度も本気で走っていない。
もちろん今回のテストも手を抜くつもりだ。
理由は二つある。
一つは大会になんぞ出たくないから。はっきり言って時間の無駄だ。
出場するだけで数日潰れる。ただでさえ中間テストが控えているのだ。できる限り、ひまりの試験対策に時間を費やしたい。
二つ目は、罪悪感があるからだ。
木野村には勝った俺だが、3年のエース達にはさすがに勝てるとは思えない。
だが、もし万が一勝利してしまったらどうする?
彼等は3年間、情熱を注ぎ込んでトレーニングに励んできた。
入部してたった10日の俺が出場枠を奪ってしまうのは、あまりにも残酷すぎる。
やる気のない俺でなく、ずっと努力してきた彼等に参加してもらうべきだろう。
そう考えていた俺の肩を、男子部長がぽんと叩く。
「八神、お前一度も本気を出してないだろ? 遠慮せずに全力で来い。それが俺達に対する礼儀というものだ」
[1、「分かりました」全力で1,500m走に挑む]
[2、「全力でいったらあ!」部長に全力でラリアット]
「部長……分かりました!」
スポ根や熱血を嫌う俺だが、こういう漢気は好きだ。
ならば、全力でいかせてもらおう! ――ってか、呪いがあるから、そうせざるを得ないのだが。
「八神、今回は負けねえからな!」
「そうか、頑張ってくれ」
木野村の絡みをさらっと流す。
出場者は12名で、そのうち3年生は3名。
俺と木野村が3位内に入った場合、2名が脱落となる。
最後のインターハイ出場が絶たれた場合、彼等はどうするのだろうか?
俺ならば、すぐに退部するだろうが。
そんな雑念に憑りつかれている内に、スタートとなってしまった。短距離走なら敗北決定だ。
3年の市ヶ谷先輩を先頭に、部長や木野村が続く。
俺はビリッケツだ。
「八神ー! 頑張りなさいよー!」
ひまりが大きく手を振る。
俺に声援を送ってくれる女の子がいるとは! それが例えひまりでも嬉しいものだ。と言うか最近、それほど嫌いじゃなくなってきた。
俺はひまりに軽く手を挙げ、ペースを上げる。
スポーツテストで、ペース配分は分かった。あとはどこで仕掛けるかだ。
「今日はケツについてしまったし、ラストで一気に追い上げてみるか」
ドラマティックで好きなレース展開だ。
鮮やかに勝てば、俺をキモいと言う奴もいなくなるかもしれん。
俺はそのまま、おとなしく最後尾を維持する。
そして残り1周半。依然として市ヶ谷先輩がトップの木野村が2位。
ここで一気に仕掛ける。
「――うおっ!?」
「おいおい! それでラストまでもつのか!?」
「八神さんやべえ!」
抜かされた部員が、目を丸くする。
「クソッ! 八神!」
「負けるかっ!」
一気にトップに躍り出たが、市ヶ谷先輩と木野村がついてくる。
残り半周。スプリント開始。
後続とグングン差をつける。
――いいのか先輩方? あんた達が努力してきた3年間を、ぶち壊そうとしてるんだぜ? 意地でも俺を追い抜いてくれよ。
先輩方の勝利を願いながら、俺は本気で走る。
だが、俺を抜かす者は現れない。
おいおい、あんた達の3年間はそんなもんだったのか? 頼むぜ、勝ってくれよ!
俺なんかに負けないでくれ……!
俺は悲痛な気持ちで、ゴールインした。
「――1位、八神君」
「きゃーっ! 八神、すっごーい!」
ぴょんぴょん跳ねるひまりを見て、俺の心は少しだけ救われた気がした。
「2位、市ヶ谷君。――3位、木野村君」
結局順位はあのままだ。
と言うことは、部長は出場できないのか……。
「4位、三宮部長」
部長はゴールした後、苦しそうに呼吸を続ける。
しばらくして落ち着くと、俺の元へとやって来た。
「部長……」
「見事だ八神! それでいい!」
「あ、ありがとうございます……」
部長の漢気に打たれ、俺は涙ぐんでしまう。
それが恥ずかしくて、俺はすぐに離れた場所に向かった。
「八神ー! はい、スポドリ!」
「おー、さんきゅー」
ひまりは市販品のペットボトルではなく、スポーツボトルを手渡してきた。
俺は顔をタオルでぬぐう振りをして、涙をふきとり、それを受け取る。
「――ん、薄味だな」
ちょうど良い濃度だ。
市販のスポーツドリンクは、美味しくするために濃くなっている。本当はこれくらいの薄さが理想的なのだ。
おそらくこれは、粉を水に溶かして作るタイプのスポドリだろう。
「その方がいいんでしょ?」
「ああ。――ん? ひまりが作ったのか?」
「うん! ちゃんと調べたのよ!」
「偉いな。ちゃんとマネージャーできてるじゃないか」
ひまりは「えへへ」と笑った。可愛い。
勉強嫌いのひまりが、自ら調べるとは。
それほど、陸上部のマネージャーに懸けるものがあるのだろうか?
――いや、そうか。
鬼頭将吾と別れたから、次の男を探してるんだ。
だがそれだったら、テニスやバスケ部の方がイケメンが多い気がするが。
「なあ、ひまり。お前、男の趣味変わってるって言われないか?」
「な、何よ急に!? でもよく分かったわね! ついさっき、言われたばかりよ!」
やっぱりな。
俺は満足気にうなずき、ゴクゴクとひまり特製スポーツドリンクを飲んだ。
今作は、ほぼ颯真視点で物語が進みますが、次話はひまり視点になります。
なぜ彼女が陸上部のマネージャーになったのか、どんな想いを持っているのかが明らかになります。
 




