第1話 カツアゲ
「そこの君ー! 助けてー!」
まだ高校2年の新学期が始まったばかりだというのに、本当最悪である……。
家庭教師のバイトを初日から失敗し、トボトボと夜道を歩いていたところ、路地裏で4人の不良にカツアゲされている、50代くらいのオッサンに助けを求められたのだ。
「お願い! 見捨てないでー!」
オッサンを助けること自体は、それほど難しくはない。
警察に通報し、そのことを不良たちに伝えれば、慌てて逃げ去るだろう。
だが、ここで下手に助けると、不良たちから恨みを買い、後日報復されるかもしれない。
オッサンが殺されることはないだろうから、ここはシカトして去る方が賢明と言える。
では、さらばオッサン! グッドラック!
……という訳にはいかないようだ。
なぜなら、俺の脳内に、恐怖の選択肢が浮かび上がってきたからだ。
[1、「今、助けるぜ!」不良たちに殴りかかる]
[2、警察に通報する]
信じられないだろうが、俺は【強制青春選択肢】という呪いをかけられた。
恋と青春につながる行動を、むりやりとらされるのだ。
この選択肢が出た時は、必ず従わなくてはいけない。無視すれば災厄が降りかかるという恐ろしい呪いだ。
しかし、このオッサンを助けることが、どうやったら恋と青春に結び付くんだよ?
……まさか、このオッサンと? 想像しただけで、気色悪くなってきた。
――さて、この選択肢、選ぶなら当然2である。
1は絶対あり得ない。俺はケンカなどしたことがないのだ。
「……わかりました。警察に通報します」
俺は4人の不良に睨まれながら、仕方なくスマホを取り出した。
おそらく完全に顔を覚えられただろう。ちくしょう。
「おい、てめえコラッ! 男らしく、かかってこいや!」
俺の脳内に、またもや選択肢が浮かんできた。
[1、「我、真の漢なり!」不良に飛び蹴りを食らわす]
[2、「上等だこの野郎! やってやろうじゃねえか!」不良に殴りかかる]
ほぼ一緒じゃねえか! クソが!
選択肢を無視し、警察に通報すること自体は可能だ。
だがその場合、災厄が降りかかって来る。
先日も、うちのクラスのクソビッチこと「瑠璃川ひまり」の家庭教師をやるという選択肢を無視したせいで、父上がリストラされてしまった。
ここで逃げれば、最悪一家心中もありえる。
……となれば、やるしかない。
「うぐぐぐぐぅ……! 我、真の漢なり!」
俺は武闘家のように勇ましく、不良に跳び蹴りを食らわした。
「う……ぐ……」
俺はあっさりとボコボコにされ、路上に転がされていた。
平穏を愛する万年帰宅部の俺が、不良に勝てる訳がないのだ。
財布を物色する不良どもを、俺はじっと見上げる。
「……ちっ、オッサンは2千円だけかよ。しけてんなぁ」
「おっ! こっちは一葉さん1枚ゲットだぜ!」
先程もらったばかりのバイト代を奪われる。
俺と眼鏡を割られたオッサンは、それを黙って見ていることしかできない。
「警察には絶対言うなよ? チクったらどうなるか分かってんな……?」
[1、「わかりました」と素直に従う(この件について、通報不可能)]
[2、「速攻でチクったらあ! おらっ! ケツ舐めやがれ!」ケツを出して見せつける]
2を選んだらどうなるんだ? ここで人生が終わるとしか思えないのだが?
興味はあるが、命を賭けることはできない。リアルはリセットできないのだから。
「わかりました……」
これでもう、被害届を出すことはできない。
バイト代の5千円は、あきらめるしかないだろう。
「物分かりが良くて助かるぜー。じゃあ、またなー!」
不良どもは「ギャハハハハ!」と笑いながら、どこかへと去って行った。
「ううう……」
血涙を流して稼いだ5千円を、最悪な形で失ってしまった。もう涙が止まらない。
「私のせいですまないねぇ……」
オッサンが俺の肩に手を置く。
悪いのはカツアゲした不良と、この呪いだ。オッサンは悪くない。
「いえ……でも、ああいう時は、さっさと通報した方がいいですよ?」
「ごめんねぇ。テンパっちゃって、そんなこと思い付かなかったよ。――さあ、立って」
俺はオッサンの手を借り、立ち上がった。
そして2人で肩を組みながら、表通りへと出る。
「――えっと、私は座間好夫。……君は?」
「八神……八神颯真……」
爽やかな男になって欲しいという想いから、そう名付けられた。
だが実際の俺は、父上と母上の想いを見事に裏切っている。
俺が目指す人生は、安定とコスパに優れた人生である。
波風が立たない平穏な生活を、必要最小限の労力で得るのだ。
つまり、恋愛、結婚とは無縁であり、出世を一切しない公務員。それが俺の追い求める理想の姿である。
現在学生の身分である俺がやるべきことは、そこそこの大学に入るための学力を養うことだけだ。
部活、生徒会、ボランティア、すべて不要である。これらは内申点が貰えるが、なくてもまったく問題無い。当然不参加だ。
クラスの連中とも、用件以外では口を利かない。人付き合いなど、面倒なだけだ。
幸い、向こうから話し掛けてくることはない。完全に嫌われているからだ。
とまあ、こんなことを何時間でもグチグチと言えるの俺という訳である。
颯真という名前が、皮肉にしかなっていないのは、よくご理解いただけただろう。
「……八神君、あそこを見てごらん」
「はい?」
俺は、座間のオッサンが指差した方を見た。
ビルの2階の窓ガラスには「荒暮ボクシングジム」と書いてある。
俺はスポーツというものが大嫌いだ。
青春、熱血、汗、俺が嫌悪する属性の宝庫だからである。
その中でも特に嫌いなのが格闘技だ。
「ペンは剣よりも強し」を如実に表す現代社会において、未だ暴力に頼ろうとする愚かな姿勢。まったく心底あきれるものだ。
こんなものをやろうとする人間は、全員IQ100以下に違いない。
「――なあ八神君、私と一緒にあのジムに入会しよう。そしてあの不良どもをボコボコにして、ざまぁしてやるんだ」
「――は?」
この俺がボクシングなど――
[1、「いいっすね!」ジムに入会する]
[2、「令和のマイク・タイソン爆誕ですわ」ジムに入会する]
[3、「そんなことより道場破りしましょうや」ジムの奴全員をボコす]
ちくしょう! 毎度毎度最悪のタイミングで出てきやがる!
しかも、まったく選択肢になってねえんだよ!
3なんて、どう見ても死亡エンドだし! 恋と青春につながる訳がない!
「ごめんごめん、いきなりボクシングなんて――」
「令和のマイク・タイソン爆誕ですわ!」
「お!? 頼もしいね! わははは!」
こうして俺は、座間のオッサンと共に「荒暮ボクシングジム」に入会することとなってしまった。
颯真の、格闘技をやっている人への偏見は、私の考えではありません。誤解しないようお願いします。