わがまま
満開の桜を見れば、君は花見に連れていけとわがままを言って、勝手にお弁当を作り初めていた。
テレビで甲子園の試合を見れば、君は海に連れていけとわがままを言って、飼っていたインコを炎天下のアスファルトに放して焼き鳥にするぞ、と人質に取った。
山が真っ赤に萌えているのを見れば、君は一番高い巨峰を買うとわがままを言って僕のバイトを寝る暇も無くなる位にまで増やしていた。
こたつが恋しくなれば、君はできる程降っていないのに、かまくらを作るぞとわがままを言って僕をしばらく風邪で動けないようにした。
いつも
「それくらいできるでしょ。」の一言でやるはめになった。
次の年もまたわがままを君はたくさん言った。
その次の年もだった。
さらにその次の年もわがままをたくさん言うつもりだったに違いない。
君の笑顔が絶えない日は無かった。
いつも何か企んでいるような顔をして笑っていた。
だから僕も笑っていられた。
でも、強がりでそのくせ実は泣き虫でわがままが叶った後ばつの悪そうな顔をする君は、もういない。
どうしてわがままを言ってくれなくなったのだろう。
どうして
「ごめんね。」なんて悲しそうな顔をして言ったのだろう。
君の可愛いがっていたベランダのプランターのミニトマトはすぐに枯れてしまった。何故だろう、水はきちんとあげていたのだけれど。
部屋がとても広く感じられた。君が来てすぐはとても狭く感じられたのに。
幾年も過ぎて分かったことがある。
僕達が最初に出会った時に君がしていた表情の理由だ。
周りは
「まだ寂しいから」
「まだ悲しいから」なんて言っていたけど、それは違っていたんだ。
君は悲しくなくなってきた自分が悲しかったんだ。
噛みついてくるような態度で周りを遠ざけたのも、新しいことが入って来て、どんどん寂しくなくなりたくなかったからだ。
忘れたくなかったからだ。
今なら確信をもって言える。
だって僕も同じ表情をしているだろうから。
でも、もう終わりにしよう。
君が変わったように僕も変わらなくちゃいけない。
新しいドアを開いた先にまっているものが何だったとしても。
もう少し待ってくれ、なんて言っても無駄なはずだ。
死後の世界を信じるわけではないけれど、きっと君は怒っているだろうから。
そして、きっとこう言っている。
「それくらいできるでしょ。」
それが君の最後のわがままだから。
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