第五廻: 説明求ム
会話が一区切りしたところで、私の疑問点をいくつかぶつけることにする。
「ところで──あなた、何処に居たの?」
超人的な技能を持っているのは先程の戦闘で理解出来た。だが、いくらなんでも私の目の前に颯爽と現れて危機を救う、なんて芸当は、狙ってでも難しいだろう。ならどうやって……?
「何処に……? ずっと、居た……e-6式持ってる、から」
「……さっきも、似たようなこと言ってたよね? その、いー……なんちゃら、っていうのは?」
そう問うと、意外なものを見るような目でこちらをしげしげと確認してくる。……そんなにおかしなことを口走ったつもりはないのだが。
「……知らない? だから、魔法って言った……?」
「全く知らないし、そんなの聞いたこともない。少なくともランガ王国じゃ存在しなかったと思うよ」
ははあ、と何か納得したかのように何度か頷き、
「n, e-6より」
と、さっきの戦闘と同じような文句を呟く。
するり、と冷気が肌を撫でた。瞬間広がる黒一色の帳が私を包み、現実世界から「私の存在そのもの」を剥離する。
「な、な──」
慌てる私。何も見えない、何も存在しない空虚な空間に、ただ狼狽するしかできなかった。
何も無いのみが存在する場所に、水に墨汁を垂らすようにラティの声が染み込んで、響く。
『e-6式……簡単に言えば、空間座標の位相をずらして……存在を認知できない、弱い空間を創るだけの装置』
「これ、が」
次第にこの虚無に慣れてきた身体をなんとかして保ちつつ、言葉を紡ぐ。
「……これ、どうやってる、の?」
『? さっき、言った……位相を一つずらして、弱めあう点を作ってる、だけ』
「いや、それが理解できな──簡単に、ってことは、ホントはもっと複雑ってこと?」
十全に口が回るようになってきた。私の適応力が高いのか、ラティが気を利かせたのか。……前者だろう。
『当然……。今言ったのは、理想気体みたいな、理論。本当は、すごいぐちゃぐちゃしたやり方でしてる……ラティはあまり好きじゃない』
「知らないよ──そろそろ、戻してくれると助かる」
『ん』と一言呟いたのを皮切りに、私の世界に色が収束していく。世界が膨張するのを中心で眺めているかのような不思議な感覚に目を回しつつ、何とか現実に帰ってきた。
「はあ──もう二度と御免」
「緊急時は、警告なしに使う……かも」
「勘弁して……あんなの使う非常事態ってなに?」
ともかく、彼女はこれを用いて隠れていたのだろう。なんともまぁデタラメな代物を持ってきたものだ。
お次は、とウサギを討伐したナイフの説明を求める。
「こっちは、もっと簡単……n, e-1より」
例の台詞と共に、広げたラティの掌の上に糸で紡ぐように幾本もの繊維が絡まりあい、一振のナイフを創り出す。
「さっき使ったのは、45, 『エンハンス』……ただ、タグ付けされたものを増幅しただけ」
「……うん?」
ここまで全く話の内容が入ってこないのは、ともすれば初めてかもしれない。
「あのガイアスの個体に、タグ付けられた血液──正確には、鉄と蛋白質を増幅した……だから、あんな感じに、体内から死んでいった……」
「いや、いや……ちょっと待って? 血の中の鉄って、凄く少なくなかった?」
さすがに突っ込まずにはいられない。物理法則にシカトを決めつけすぎてはいないか? と、ナイフの華と化した変死体を眺めつつ問う。
「それも正しい……。だから、『エンハンス』……45%なら、組成を弄って、『使い捨てのナイフ』と、『脆弱な組織』を作れる。後は反応に任せるだけで、あれ」
あれ、と屍体を指さす。確かにナイフは相当脆い造りをしているのか、自重で崩れ、壊れかけていた。
「……とりあえず、私には理解できないことが理解できたよ。結局魔法じゃない、そんなの」
「……それは、少し不本意。ちゃんとした科学……ラティは、できることしかできない」
それでもなお、だ。進みすぎた技術は魔法と変わらないと言ったのは誰だったか、今は惜しみない拍手と同意を送りたい思いでいっぱいである。
「じゃあ……そんなことができるのなら、火をつけたりとかはできない? 燻製用の火を起こしたいんだけど、意外と体力使うからさ」
「……できない」
意外な返答に、眉を持ち上げてラティの方を見る。少しだけ気まずそうに身動ぎし、
「ここが、魔法と科学の、分水嶺……望んだものが、全部、作れるわけじゃない。ラティの手持ちじゃ……火をつけるの……かなり非効率」
「……なんとなくだけど、ラティの言いたかったことが分かった気がするよ」
御伽噺に出てくる魔法使いのように、好き勝手に世界を弄ることはできないということだろう。「道具」という起点があってこそ現象を引き起こせる……なるほど、魔法より科学といったほうが確かに正しいように思える。
「うーん……それなら、悪いんだけど代わりに火をつけてくれない? 私は燻製器のセットをしてくるからさ」
それでも、ウサギとの戦闘で見せたあの怪力と、軽やかな動き。さらにそれを許す体力があれば、私よりも効率的に火を起こせるはずだ。
そう思い提案したのだが、ラティはきょとんとした表情を浮かべ、ぼそっと問う。
「……どうやるの?」
「……知らない?」
こくり、と素直に、しかしバツの悪そうな表情で頷くラティ。予想外の返答だったが、こういった所が抜けている方が彼女らしいとも思える。
「簡単だよ。まずは──」
……その後、ラティは一分足らずという恐るべき速さで火をつけることができたということを追記しておく。
続くかもしれない。




