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君の初めてになりたい。

坪石さをり氏の『鉱物女子のときめき生活〜キラキラ鉱物いしに魅せられて〜』(まんが)を読んで生まれた小話。鉱物沼にハマりかけの一個人が、あこがれを詰め込んだお話です!

 ねえ! ちょっと! 聴こえてるんでしょう?

 あなた、私の声が聴こえるのよね? こっちよこっち! もっと右見て、右の棚!

 あはは、そうそう、棚の右はじの紫水晶(アメシスト)よ! あなた、この店でバイトしだした新人くんでしょ? あなたは聴こえる人なのね! 驚いたわ、いかにも普通の聴こえない人みたくふるまっていたものだから!

 ……おかしい? あなたはおかしくないのよ、気のせいでも幻聴でもない。ただ動物や虫、私みたいな鉱物の言葉が分かるってだけなのよ。特別素敵な能力(ちから)を持っているってだけなのよ!

 ふうん、昔から「変な子」って言われてきたの。それで聴こえないふりが上手になったのね? 私もそういう人を知ってる、彼も聴こえないふりが上手いのよ! 確かにそういう能力(ちから)があると、聴こえない人が大多数の世界では生きにくいわよね。

 まあそもそも、私たち鉱物や動物や虫なんかは、無口なタイプが多いしねえ。たまに私みたいなおしゃべりに出くわすと、聴こえないふりがつらかったでしょう?

 店長? ああ、今は朝一のコーヒータイムに(ひた)っているから大丈夫。あなた、コーヒーはお好き? 苦すぎて苦手? 紅茶はどう?

 ああ、紅茶ならいけるのね。なら午後三時のお茶の時間に、店長に()れてもらえば良いわ。このお店は毎日お茶の時間があるの。店長は渋いおじさまだけど、顔に似合わずお菓子を作るのも得意だから、きっとお茶うけにクッキーやスコーンが出てくるわ。焼きたてのおやつは湯気が立ってとっても美味しいにおいがするのよ? お店で働いているうちに、ぷっくりさんにならないようにね!

 ねえねえ、ついでに聞いてみても良い? あなた、私をどう思う? 綺麗? 可愛い? 手に入れてそばに置いておきたい?

 ……ふふ、本当は知ってるのよ、私には大した市場価値はつかないって! 目の前に置かれた値札だって数千円、高価な宝石にはなれないからこそ雑貨屋(ここ)にいる……。

 でもね、私みたいな鉱物にはとっておきの夢があるの。それは鉱物に魅入(みい)られだした少年少女に、一番最初のコレクションとして買ってもらうことなのよ。それは彼らにとって絶対的に特別な存在、たとえ万が一失くすようなこと、壊れてしまうことがあっても、一生の間彼らの記憶できらきら輝き続けるの……!

 その幸福に比べたら、お金持ちのマダムに気まぐれに買われて、何年も日の目を見られずに、指輪やネックレスの形で死蔵されて眠り続ける宝石なんてうらやましくも何ともない! 人も鉱物も()でられてこそ輝くの!

 だからね、私は今でも夢見ているの! このお店に迷い込んできた鉱物好きの少年少女が、この私に一目ぼれして、可愛いお(さい)()の中身をはたいて私を手に入れてくれる日を……!


* * *


 僕はたいがい気を()まれて、手のひらサイズのアメシストの夢語りを聴いていた。と、ぎいいと古いドアがきしんで、店長がおもむろに姿を見せた。朝一のコーヒータイムは終わったらしい。

「やあ、お待たせ、新人くん。……どうしたんだい? 人形みたいに白いはずのほっぺたが、何だかほんのり赤いようだが……」

「……店長! この、棚のはじっこのアメシスト……僕に(ゆず)ってくださいませんか?」

『えっ!?』

 驚いた声をあげたきり、あんなにもおしゃべりだったアメシストはめっきり黙り込んでしまう。僕の行動はそうとう意外だったらしい。

 でも正直、あんなことを聴いてしまったら、僕にはこうするしか道はない。僕は高校一年生、少年少女でもないし、さしたる鉱物好きでもないけれど……僕を初めて「おかしくない」と認めてくれた、自分の夢を語ってくれた、人間以外の存在が……誰かに買われてこの店からいなくなってしまうのは、何だかたまらなくやり切れない。

 少しびっくりしたように、店長は栗色の目をしばたたく。彼に深くおじぎをしてから、僕は重ねて言いつのった。

「いえ、何もこの店から持っていく気はありません。もちろんお金は支払いますけど、今まで通り、この店の棚にこうして飾って……ただ、値札を外して、売り物ではなくしてほしいんです」

 店長は白いほおひげに手をやって、満足そうにうなずいた。それから棚のアメシストに目をやって、何ごとか声に出さずにつぶやいた。楽しげに僕のことを見つめて、ぱちりとウィンク、そして一言。

「そんなに魅力的なことを言ったかい? このアメシストは」

「……えっ!? い、いやあの……」

「よくしゃべるだろう? この子は。ぼくも正直、この子に店を去られるのは淋しくてね……でもこの子は『鉱物少年少女のもとにお嫁入りしたい!』って聞かなくてね。君みたいにストレートに攻めてみれば良かったのかな?」

 もう一度おちゃめにウィンクされ、僕は言葉を失くしてしまう。

 そうか。このアメシストが言っていた、「聴こえる人」というのは、つまり……。

 店長はアメシストに「良いね?」と柔らかく問いかけて、すっと優しく値札を外した。それからコーヒーの香りを心地よく吐き出して、口ひげをひねって微笑んだ。

「さあ、じゃあそろそろお店を開こうか?」

 その日から、僕の新しい日々が幕を開けたのだ。

 ここは雑貨屋「コーヒーゼリー」。売り物ではないけれど、可愛いアメシストもいます。三時のお茶の時間にいらしたお客さまには、お茶とお菓子もお出しします。

 お気が向いたら、いつでもどうぞ!(了)

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