第二劇 転移先は劇的に!
熱波に肌が悲鳴を上げ、息をすれば肺が焼ける痛む、その痛みに煉華は困惑していた。
「まさか...夢じゃない...のか?」
「消えろ」
炎が動き始め煉華に接近する、その熱に思わず両腕で顔を覆った。
「くそ、どうしてこうなった...!!」
既に取れる選択肢は限られている。
煉華は逃げる事を選んだ。
後ろに振り返り全速力で走り出す。
左右に避けることも考えたが、もしこの火の塊が煉華の動きを追跡する物だった時に逃げ切れなくなりそうなので後ろに向きを変えた。
やはりその予想は的中し炎の進路が煉華の方向に変わる。
「やっぱり自動追尾系か! てか速い!!俺の足よりめちゃくちゃ速い!!」
炎の塊の速度は煉華の走るスピードよりも速く、徐々にその距離が縮んでいく。走りながら煉華はその背中にどんどんと死の気配が迫っているのを感じとった。
走りながら後ろを振り返れば、目と鼻の先に迫る死。
(あっ、俺死んだ───)
その瞬間時が止まった。勿論煉華の動きも止まっている、が思考だけはクリアになっていた。
(...何が...どうなっているんだ...?)
今の状況を整理しようとしたその時、煉華の目に人の形をして全身が白い光で覆われたような奇妙な物が目に映った。
それだけは時間の干渉を受けていないのか、ゆったりと歩いている。それが煉華の方に近付くのと同時に段々と身体に色が宿ってきた。
(あれは...俺...か?)
気が付けばそれはジャージを着た煉華と同じ姿をしていた。
そして煉華の1メートル程先にあぐらで座り込む。
「よっ」
それは片手を挙げながらそう言った。
(いや誰だよお前...)
煉華の考えを読んだかのようにそれは答える。
「そういや自己紹介してなかったな、俺はお前の魂に宿った能力だ、よろしく」
(いや結局誰なんだよ)
「だから能力だって言っただろ、お前の命が危なくなったからな、1つ能力を教えに来た」
(お、おお!! 助かる!! そうだよ、俺にはまだルキナさんから貰った能力があったんだった!!)
「おいおい俺の事を忘れて貰っちゃ困るぜ、とは言え時間が無い、早速だがお前の能力を明かそう、能力名は『攻撃反転』、能力の効果は能力の発動中対象から喰らった攻撃を対象に返す、だ」
ふむふむと聞いていた煉華がそこで止まる。
(───強くね?)
「勿論弱点もある、例えばダメージが無いと使えない事とかだな、催眠系の攻撃は反転できない」
(今のこの状況がどうにかできるなら何でもいい、とにかくその能力を使えば助かるんだよな?)
「ああそうだ、っともう時間切れだ、今から時間の流れが元に戻る、上手くやれよ」
「え? おいちょっ───」
突然煉華の身体が動けるようになった。
走っていた体勢から突然解放されたので盛大にコケる。
「どわああぁぁ───ッ!!」
華麗なヘッドスライディングを決める煉華。
顔を押さえながらバッと振り返ると炎が眼前に迫っていた。
「あの馬鹿野郎!! どうやって能力発動させるのか言わずに消えやがった!!」
今まで感じたことのない熱風が、煉華の頭を狂わせる。
「くっそォォォォ!! こんなところで死ねるか!!! やってやる...やってやるぞ!!」
迫り来る死から生を掴みとるため、覚悟を決めて半ばやけくそ気味に両手を突き出す。
「攻撃反転!!!!」
名前を叫ぶだけという暴挙にでた煉華の記憶はそこで途切れた。
煉華の賭けは成功した。
が、想定外の事もいくつか起こっていた。
煉華が攻撃反転を使い攻撃を跳ね返したのと同時に、頭上の天井が崩れ落ちた。その一つの瓦礫が煉華の頭に直撃する。
本来ならば怪我では済まない所だが、落ちてきた瓦礫が比較的小さかったため、気絶するだけで済んだようだった。
落ちてきた瓦礫の山の上にまた一人の『男』が現れる。
赤髪で身長はセトより少し低い。顔は整っており、セトと比較しても差がつかない程の美形であった。顔から判断するに、歳は10代後半と言ったところだろうか。
煉華が気絶するのと同時にセトも胸を押さえながら床に倒れ込む。
「ぐ───ッッアアアああああああああぁぁぁ!!!! な、何が...ゴボッ...」
突然身体が燃えるように熱くなり、全身に火傷を負うセト、咳き込むと同時に鮮血が飛び散った。
「あれ〜?もしかしてセト君瀕死?」
瓦礫の山から降りながら、男が軽薄な口調でセトに話しかける。
「誰だ...貴様は...?」
倒れながらも、鋭い目付きで男を睨みつける。睨まれた男はまるで心外だ、と言わんばかりに顔をしかめるも直ぐに元の表情に戻す。
「嫌だなーセト君、俺の事忘れちゃったの? ほら俺だよ俺、アストだよ」
自分の顔に指を指しながら自分の名前を告げるアスト、しかし、それでもセトの記憶の中にはいない人物だった。
そんなセトを見てアストと名乗る男は溜息をつく。
「え?何マジで俺のこと忘れちゃったの? 酷い奴だなぁ...まあいいや、今日は君に貸してたものを返して貰うために来たんだ」
「貴様から借りた物だと...? そもそも今まで貴様に会った覚えなどない」
「君に覚えは無くても俺にはあるんだよね」
セトに向かって歩き始めるアスト、セトも体を動かそうとするが、血反吐を吐きながら仰向けになるのが精一杯だった。
そしてセトの目の前にアストはしゃがみこむと、手をセトの顔の前に向ける。
「...何をするつもりだ」
身体もまともに動かせないのにも関わらず、セトは依然として鋭い視線を向け続ける。
「だーから言ってんじゃん、返してもらうんだって、俺の魂をさ──」
そう言うやいなや、徐ろにセトの顔を右手で触れる。瞬間、セトの顔が光出したかと思うと、その光はアストの手を伝い胸の辺りまで来た所で眩い光は収まった。
「ふぅ...これで終わりっと、用事も済んだしとっとと帰るか〜」
独り言を呟きながら立ち上がり辺りを見回す。
「てゆーかなんでセト君は倒れてたんだ...? 誰かにやられたのかな?」
そのまま瓦礫の山を回り込む、と気絶していた煉華を発見する。
「おッ誰かいる...ん? この服装...異世界人か」
ジャージ姿で仰向けに倒れている煉華を眺めながら呟く。
「お手柄だね、うん、はっきり言って通常時のセト君を倒すのはちょっと無理があったんだよね、倒せないとは言わないけど」
そう言いながら煉華の身体に触れる。
「ん〜? 生身じゃないな...魔力体か、ま別にいいや、俺はいい人だからね、元いたところに帰してあげよう、瞬間移動」
アストがそう唱えると、煉華の身体の下に魔法陣が浮かび上がる。やがて煉華の身体が光に包まれて、塵一つ残さず消えた。
「こっちの世界には危険が沢山あるからね、もう来るんじゃないぞ〜」
アストは気絶したセトを肩に担ぐと再び瞬間移動、と唱える。
「それじゃ退散しますか」
アストの足元に魔法陣が浮かび上がり、光に包まれ、アストとセトは消えていった。
後に残った物は瓦礫の山のみである。
柏木煉華の異世界生活は始まることなくこうして終わった。