第一劇 異世界転移は劇的に!
あの日、柏木煉華はパソコンでゲームをプレイしていた。
柏木煉華とは一体誰なのか、一言で言えば、普通の男子である。
特に変わった人生を送っている訳でもない。
髪型も普通、校則を破らない程度に伸ばしている。授業中にテロリストでも来ないかなー、と考えたりする普通の男子である...いやだった。
その日も煉華は、買うばかりでずっと放置していたゲームの消化作業に当たっていた。
ようやく物語に一区切りつき、背筋を伸ばしてコリを解消していた時だった。
煉華の机の引き出しが突然光り始めた。
「え?え?何々なになになに????ど、どどどどどどうした!?」
いきなりの出来事に煉華が困惑していると、突然ガタガタと揺れ始めたと思いきや、引き出しが音速で開き、腹部にズドン!と鈍い音を走らせた。
「み……鳩尾……」
引き出しの開く勢いで椅子ごと後ろに弾き飛ばされる煉華。
腹を抑えながらしばらく悶絶していたが、状況確認の為震える足で立ち上がり、全開になった引き出しの中の光を見たところで、首の皮一枚つながっていた煉華の意識は途切れた。
「───ここはどこだ…?わたしは誰だ……?」
目を覚ますと、知らない部屋にいたので決まり文句を一人呟く。
勿論煉華の記憶は残っているのだが、お決まりのセリフだったのでやってみたのだ。
自分の状況を確認すると壁や床が一面真っ白な空間の中で木製の椅子に座っていた。
床を見ると魔法陣らしき幾何学模様が掘られており、さらに目の前には白い服に身を包んだ女性が椅子に座っている。
(うわっ綺麗だ...)
煉華が見惚れているとその女性が話しかけてきた。
「初めましてレンカさん、私の名前はルキナ、女神ルキナです、よろしくお願いしますね」
「よ、よろしくお願いします...」
「まだ右も左も分からない状況でこんな事を言うのもどうかと思いますが、単刀直入に言わせて下さい、レンカさん、貴方はつい先程亡くなってしまいました」
唐突すぎる彼女──ルキナの告白に対し煉華の聴覚が拒否反応を起こした。
「───え...ちょ、ちょっと待ってください、俺って死んじゃったんですか!?」
「残念ですが……」
思わず身を乗り出す煉華に、ルキナが目を伏せ悲しげな表情で答える。
「ば...ばんなそかな...そうだ、死因...死因は何だったんですか?」
「ショック死です」
またもや煉華の聴覚が拒否反応を起こす。どうやらルキナの女神ックパワーによって煉華の五感は上手く稼働しなくなったらしい。
「……あのうもう一回言ってくれませんか?」
「ショック死です」
どうやら、煉華の聞き間違いではなく本当に死因はショック死との事。
机の光を見てから記憶がない煉華、いくら思い出そうとしてもモヤがかかったように思い出す事ができなかった。
そこで煉華は気付いた、これは夢だと。
夢だと考えれば大方の説明はつく、恐らく身体の方はキーボードに突っ伏して爆睡しているのだろう、良くあることだった。
しかし、夢だと気付いてしまえばもう怖いものは無い、明晰夢を見るのは久しぶりだしこの夢を楽しもうと考える煉華。
とりあえず流れに身を任せてみる。
「い、一体どういった経緯で?」
「本当に聞きたいですか?」
「え?あ...は、はい」
「...レンカさんはフラフラの状態で足がもつれ、そのままひっくり返ってしまい頭を打った事によるショックで亡くなってしまいました」
「...その〜後頭部を強打した事による外傷のせいではなくて、びっくりした事によるショック死ですか?」
「びっくりした事によるショック死です」
言葉を失った煉華にルキナが声を掛ける。
「それでですね、ここからが本題なのですが、今レンカさんには二つの道があります」
真剣な表情で煉華を見つめるルキナに煉華はゴクリと唾を飲み込んだ。
「二つの道...ですか?」
「はい、一つ目はレンカさん達で言うところのあの世と呼ばれる所に行き、その魂の役割を終える事です」
いまいちイメージのつかない説明だったが、とりあえずルキナの話を聞き続ける。
「そして二つ目ですが...若くして亡くなってしまった方への救済措置...とでも言いましょうか、レンカさんには別の世界に行ってもらい、そこで生活して頂くという物です」
「───あー、俗に言う、異世界転移って奴ですか?」
「俗に言われているのかは...ちょっと分かりませんが、端的に言えばそういう事です」
ルキナの話を咀嚼しながら考える。
「事情は分かりました、要は異世界に行くか行かないかって事ですよね、つってもあの世、ですか、そんな所行ったってつまらなそうだし、どうせなら異世界行く方を選びます」
どうせ夢だからとあっさり決める煉華にルキナが少し驚く。
「もっとじっくり考えてもいいんですよ?二つ返事で決めて頂かなくても...」
「大丈夫です、何事も決断は早い方がいいですからね、そうだ!異世界転移と言えば何か能力とか貰えたりするんですか?」
「は、はいよくご存知ですね...私の能力でレンカさんにランダムで能力を授ける事ができます」
不思議そうな顔をして答えるルキナ、対する煉華は少し得意気な顔をしている。
(おいおい、やれば出来るじゃねえか俺の夢も、あとは目が覚めない内にできる限り楽しむぞ!!)
「じゃあよろしくお願いします!!」
煉華は両手を膝について頭を下げた。
トントン拍子に話が進んでいく事に戸惑いを感じながらもルキナは立ち上がり、煉華のそばに近寄る。
「で、では行きますよ...」
ルキナは恐る恐る煉華の頭に手をかざし、目を閉じると、ルキナの身体が淡く光り始めた。
「能力付与」
やがてその光がどんどんと明るくなってくると、余りの明るさに煉華は片手で目を覆った。
突然ルキナが驚きの声を上げる。
「なッ──!体が動かない…!?」
ルキナの体を取り巻いていた光が、ルキナの腕を通して煉華の胸に吸い込まれていく。
煉華も身体を動かそうにもピクリとも動かなかった。
ルキナの表情が険しくなっていくのを眺める事しかできない。
ふとその光の流れが止まった、と同時にルキナの体が崩れ落ちる。
慌てて立ち上がり煉華はルキナの身体を体を支えた。
「やっと動けた...ルキナさん!!大丈夫ですか!?」
煉華が気絶したルキナの身体を揺らすと直ぐにルキナの意識が覚醒した。
「…あれ、レンカさん?私何して…そうだ、レンカさんに能力を付与しようとして…」
焦点の定まってない眼で煉華を見上げる。数秒煉華の顔を見つめたかと思うと、ハッと我に返ったのか立ち上がろうとする。
「だ、大丈夫なんですか?」
「あ、すいません。さっきの付与で魔力を持ってかれちゃったみたいで…実は能力付与を使うのは初めてなんです。私の一つ前の先輩女神の方は普通に使っていたんですけど...私はまだ未熟者でして...」
一瞬だけルキナの顔が暗くなったように感じた煉華だが、あまりプライベートに首を突っ込むのも良くないと思ったので開きかけた口を閉じる。
「いやあ...魔力を使うとは聞いてたんですけど、まさか気絶する程とは思いませんでした」
笑いながら頭をかく仕草を見せるルキナ。煉華も釣られて笑い出す。その時思い出したかのように煉華が自分の能力についてルキナに質問する。
「俺ってもう能力が使えるんですか?」
「ええ、恐らく使えると思います、最後に少し失敗しちゃいましたけど」
たはは、と笑うルキナ。
思わず煉華はガッツポーズをしそうになる。
(よし!後は異世界に行くだけだ!!まだ覚めないでくれよ俺の夢〜!)
「ちなみに俺の能力って何なんですか?」
ウキウキしながら聞く煉華にルキナは困ったような表情をする。
「それが...私にも分からないんです、付与される能力は完全にランダムで...『能力』は魂に刻み込まれる物なので、いずれ分かると思います」
「う〜ん、本能で分かるみたいな感じですかね、まあ分からない物をここでどうこう考えても仕方ないか...じゃあ最後はついに異世界転移ですね!!ちょっと尺が心配なんで巻きでいきましょう!」
夢とは言え、憧れの異世界転移にワクワクしてくる煉華。残り時間は少ないだろうが、何をしようかと異世界生活に思いを馳せる。
「巻き...?と、とりあえずもう転移の準備は整っているのでレンカさんさえ良ければあちらの魔法陣の上に立ってもらってもいいでしょうか?」
ルキナが左手を向けた方向を見ると、確かに今足元にある物と似たような模様の魔法陣が床に存在していた。
魔法陣の上に立つよう指示され、素直に従う。
これで全ての準備が完了した。
「ではレンカさん、お気を付けて」
ルキナが足元の魔法陣に触れると、模様に沿って光が溢れ出てくる。
「ルキナさんも、またいつか夢で会いましょう」
そうして煉華は光に包まれた。
暫くしてから煉華が目を開けるとそこは薄暗い場所だった。目の前には豪華な装飾の施された椅子が置いてある、がそんなものは煉華の目に映ってはいなかった。
「おおおおお!夢にまで見た異世界転移!バンザイ異世界ビバ転移!」
シャドーボクシングをしながら叫び出す煉華。しばらくして疲れたのか動きを止める。取り敢えず自分の状況を確かめることにしたのか、辺りを見回し始め、後ろを振り返った時、煉華の背後からガチャッとドアを開ける音と、威圧感のある声が聞こえた。
「騒がしいな……誰だ、我の椅子の前にいるのは?」
煉華の額から冷や汗が垂れ始めた。さっきまでのテンションが全て吹き飛ぶような声、直感がヤバいと感じ、振り向いたらダメだと煉華の第六感がビンビン反応しているがなぜか煉華は振り返るのをやめなかった。恐らく怖いもの見たさという奴なのだろう。
そこにいたのは『男』だった。
薄暗いので煉華には顔があまりよく見えなかったが、振り返る時よりも冷や汗の量は確実に増えていた。
プレッシャーからなのか、その『男』から目が離せなくなる。そんな煉華に侮蔑の目を向けながらツカツカと椅子の前まで歩み寄り、『男』が話しかける。
「貴様どうやって我の魔王城へと侵入した?名はなんと言う」
「か、柏木...煉華...」
カラカラの喉から絞り出す様に名乗った。
「カシワギレンカか、我が名はセト、ここまで来たからには我も全力を持って貴様を潰そう」
セトが片手を上へ上げ、何やら呪文らしき物を唱える。
するとみるみる内にセトの頭上に炎が集まり、小型の太陽の様なものが作り出された。
「───消えろ」
柏木煉華の異世界生活はこうして始まった。