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会議



「コニー、それは本当ですか?」

「は、はい、確かにお嬢様はそうおっしゃいました」


 休憩室として使われている使用人部屋の一つに、侍女頭のナーシャと世話係のアーヴィラがいた。

 その二人の前で畏まるのは、イルティアナ付きの侍女コニーだ。

 イルティアナの世迷い言を、けれどどんな些細な言動でも二人に伝えるようにと命じられていたコニーは、今日の報告書を渡したついでに話したのだ。

 

 話を聞き終え、最初に動いたのはアーヴィラだった。サッと顔色を変え、すぐさま部屋を出ていった。


「なぜ、もっと早く伝えないのです! 些細なことでも伝えるように言っておいたでしょうに……っ。それは、報告書にもまとめるべき内容です。ただの夢の中の出来事であろうと、イルティアナ様の言動はすべて記録に残さなければならないのですよ」


 イルティアナの一日の様子が細かにまとめられた報告書をにこやかに読んでいたナーシャの顔には、今は怒りと失望が滲んでいた。

 

「け、けれど……」


 コニーは、わけがわからず身を縮こませた。

 報告書はこれまで通り完璧だったはずだ。

 イルティアナの世迷い言まで記せるわけがない。

 そう、思っていた。


「あなたは、優秀だと思っていましたが、そうではないようですね。よいですか。主人のために考え、動くことは大切です。けれど、今回のことはそれとは別です。命じられたことに、あなたの意思は必要ありません。あなたがどう思おうと、それを取捨するのは私です。あなたは素直に見聞きしたことを伝えるべきでした」

「……ッ」

「これほど簡単な任務ですらこなすことができないなんて」


 ナーシャの大きなため息が、まだ若いコニーの心に深く突き刺さった。

 ぶるぶると手が震える。

 叱責よりも、見放されるのが辛く感じた。


「……けれど、理由を深く説明しなかった私にも責はありますね」


 自然と垂れていた頭をパッと上げると、そこには苦く笑うナーシャの姿があった。


「安心なさいな。イルティアナ様はあなたを慕っておられます。解任はしません。けれど、今後はこのようなミスは許されません。重々注意なさい。たとえどのような状況においても、イルティアナ様の夢語りは優先されます。……いいですね?」


 コニーは必死に首を縦に振った。


「ただし、周囲には十分注意なさい。夢語りは、公に広まってよいものではありません。いらぬ中傷や興味から守らなければなりません。それはこの城の中でも適用されます。私が許可を与えた者以外に決してもらさないように。夢語りをされたイルティアナ様の傍に許可のない者がいたならば、去るように告げなさい」

「わ、わたしにそこまでの権限は……」

「では、私の名を出しなさい。それよりも立場が上ならば、公爵様の名を使用しても構いません。ただし、公爵様の名を使う際には、夢語りのみに許されるので、扱いには注意なさい」

「は……、い……」


 次から次へと告げられる内容に、コニーは目を回しそうだった。


「いい? コニー。あなたはまだわからないでしょう。けれど、そのうちわかります。イルティアナ様の夢語りが、ただの戯言ではないことを」


 だって、私もあなたと同じだったもの、とどこか遠くを見つめるナーシャ。

 コニーは理解ができず、ただ困惑するしかなかった。







   ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆







 アーヴィラによってもたらされた情報は、衝撃的なものだった。


「明日なのか、一ヶ月先なのか……」


 夜も更けている時間帯ではあったが、緊急招集によって公爵家を支える忠臣たちが広々とした会議室に集まっていた。


「いつ襲いかかろうとも、万全の準備で迎え討つしかあるまい」


 嘆くように呟いた男を一瞥したのは、白いヒゲが見事な老人だった。肉が薄くなった体つきではあるが、その声音はだれよりも力強かった。


「そうですとも。女神の愛娘(イ・ルルーシャ)様の御言葉は、ただの夢ごと。それを(うつつ)にしないためにわたくしどもがおるのです。せっかく大きな試練に立ち向かう前に、こうして未来を暗示して下さった古の女神様の御心を無下にしてはなりません」


 女神愛に溢れる意見を述べたのは、公爵領をまとめるカルタニック教会の大司教だった。

 三十を過ぎた公爵よりも若い彼は、聖職者らしい繊細で優しげな顔を恍惚とさせた。


「まったく、聖職者は都合よく書き換えるものだ」


 ふんっと鼻を鳴らす忠臣の一人に、聞き拾った他の者も同意とばかりに頷いた。

 彼らは知っていた。

 イルティアナに対する大司教の態度が、とても悪かったことを。



 最初は、加護を与えられていなかったイルティアナを女神に見捨てられた子として、眉をひそめていたのだ。

 が、それもイルティアナに会ってからは、ころりと態度を変えた。

 イルティアナの双眸が、女神の愛娘(イ・ルルーシャ)の証だと思いこんでいる彼は、熱心な信奉者となった。司祭が行う予定だったイルティアナの生誕の祈りと儀式を施したのも彼だ。元々公爵は彼に頼んでいたのだが、イルティアナの存在を快く思っていなかった彼は、司祭に丸投げしていたのだ。

 それなのに調子よく態度を変えた大司教に、呆れ果てたのは公爵だけじゃなかった。



 なぜ公爵が彼を好きにさせているのか、長く仕えている忠臣たちはよく理解していた。

 イルティアナを守るために必要なのだろう、と。


 大司教が態度を変えたことでもわかるように、イルティアナの存在はカルタニック教会の旗頭になり得るものだ。教会と王家は今は友好的な関係ではあるが、何をきっかけに亀裂が入るかはわからない。


 ターリアン国を動かすのは国王であって、教会ではないのだ。


 公爵領を管理する大司教はカルタニック教会の中でも変わり者である。

 味方にすれば心強いが、敵となればどこか得体の知れぬ恐ろしさがある男だ。枢機卿の一人であり、次期法王候補として名が上がっている。故に、彼が法王となった暁には、イルティアナが傀儡として祭り上げられることはないだろう。


 イルティアナを崇拝しすぎて、閉じ込めてしまう危険性はあるが……。



「……では、孤児たちの保護は、サリザット枢機卿に一任。方方(ほうぼう)への知らせは、伝達官が、調整及び調達は執務官と財務官でよろしいでしょうか?」

「ああ、問題ない。道が閉ざされることを念頭に置いて仕事にかかれ。警備団は、引き続き領民の安全を優先に。なんなら、騎士も使え。力仕事にはうってつけであろう。久しぶりに雪の精が荒ぶるとなれば、被害は甚大。必要なら、城の一角を使っても構わない。領民の命を最優先に考えて行動せよ」

「「「御意っ」」」


 一斉に頭を下げた彼らは、すぐさま仕事に取り掛かるべく慌ただしく部屋を出ていった。


「なにやら、変わられましたなぁ」

「何が言いたい?」 

「いえいえ」


 くすくすと穏やかに笑うのは、公爵の片腕的存在である補佐官だった。

 父の代から仕える彼は、深く皺が刻まれた目元を柔らかく細めた。


「領民を第一に考えるのは良いことです。さて、わたくしも、仕事にかかりましょう。城外ばかりに気を取られ、城内が疎かになっては本末転倒ですからなぁ」


 年齢を感じさせない飄々とした足取りで会議室を後にした補佐官は、そこで心配そうな顔をしたアーヴィラを見つけて、声をかけた。


「イルティアナ様に何か?」

「いえ……。ぐっすりとお休みになられておりますわ」


 どこか落ち着かない様子の彼女に、ああ、と合点がいったように口の端を緩く持ち上げた。


「案じることはありませんぞ。使用人の家族は城で保護する予定です」


 城から少し離れた場所に、使用人の家族の居住区が用意されている。

 けれど、アーヴィラのように街から通っている者もいるのだ。大雪ともなれば、街とも簡単に行き来ができないだろう。


 パッと顔を輝かせたアーヴィラは、ご配慮、ありがとうございます、と深々と頭を下げた。


「まだ、半信半疑のところもありますが……、家族の身が安全とわかれば、心置きなくイルティアナ様にお仕えできますわ」


 本来なら、ハルフィッドが乳母の手を離れた時点でアーヴィラは解雇される予定だった。

 けれど、こうして置いてもらえているのは、ハルフィッドにはアーヴィラのように叱れる女性が必要とした公爵の判断だった。そのおかげで、今度はイルティアナを世話することができたのだ。

 アーヴィラの夫は病で体を壊し、働ける状態ではない。

 三人の子供と夫を養うには、公爵家で働いた方が一番稼ぎが良いのだ。


「それは重畳。ハルフィッド様と同様、イルティアナ様に母として仕えてくれることを期待してますよ」

「それは、もちろんですわ!」


 任せておけとばかりにどんっと胸を叩いた彼女は、今日は家に戻るのではなく、与えられていた部屋に泊まることにしたらしい。

 イルティアナの部屋の方へと去っていった。


「いろいろと慌ただしいですねぇ」

  

 やるべき優先度を頭の中で組み立てながら、補佐官も与えられた自室へと戻っていった。



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