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目覚め




 長い、長い夢を見ていた――。




 胸が苦しくなるような悲しい場面がいくつも切り替わり、これから起こるであろう未来を少女へと伝えてくる。

 ただ『視』ているだけの状況に心が引き裂かれそうになった。

 

(救えないのに……)

 

 助けようと伸ばした手は虚しく空を切り、『止めてッ』『死なないでッ』と叫んだ声は、彼らには届かず、閉ざされた空間に溶け消えていく。


 どれだけこの辛い未来と向き合えばよいのだろうか。

 どれだけこの場に留まり続けなければならないのだろうか。


 朝もなく、

 夜もなく、

 ただその場に在るだけ。


 目を瞑り、

 耳を塞いでも、

 脳裏にすっと入り込む映像。


(もぅ……、やっ……ぁ)

 

 未来なんて知りたくない。

 『視』たくなどない。


 何もできずに『視』ているだけの状況に、心は悲鳴を上げていた。

 無力さに打ちのめされる少女の足元に、すぅぅっと闇が忍び寄った。


「……ひぃっ」


 頭上いっぱいに広がっていた映像はいつしか小さくなっていた。

 じわじわと侵食する闇を恐れ、光を求めて小さくなる映像の方へと駆け寄るが、――――追いつけない。


(こわい……こわい、こわい……っ)


 映像が消滅すれば、待っているのは漆黒の空間だ。

 自分の手のひらさえ見えないほどの暗闇の中に置かれる恐ろしさに体が震えた。


(たす、けて……、ここから、だして……っ)

 

 と、そのとき。


 左手に何かが触れた気がした。

 どことなくひんやりとした熱が、左手から体中に広まった。


「……ぇ」


 思わず足を止めた少女の耳に、慈愛に満ちた声が届く。



 ――大丈夫。怖いことなんてない。



 この声を自分は知っていた。

 まだ変声期前の少し高めの声。

 だって、何回も『視』たのだから。



 ――僕も父上もお前のことを守ってあげる。



 守ってくれるの?

 本当に……?


「そんなうまい話、あるわけないでしょ」


 闇の中から嘲る声が聞こえた。


「お馬鹿さん、もう忘れたの? あんたは家族にも愛されず」

「見捨てられて」

「野垂れ死ぬのがお似合いさ」

「呪い子、忌み子、悪魔の子」

「お前が不幸を運ぶのさ」


 幾重にも重なる声。

 悪意に満ちた声は、少女の希望を打ち砕くかのように耳元で絡みついて離れない。

   

「で、も、……っ」


 少女は、ぐっと唇を噛み締めた。

 反論しようとした言葉は、口の中に消えていく。


 違わないのだ。

 『声』が言っていることは正しい。

 だれも少女なんて愛してくれない。

 過去も、そして未来も……。

 侯爵に売られた先に待っていたのは、声を潰され、心を失くした空っぽの器だけだ。だれも持っていない色の物珍しさから買われたが、七色の輝きを失えば、侯爵の興味も失い、地下牢で惨めに朽ち果てた。

 少女が居た事実すら忘れ去られ、魂は天へと昇ることも許されなかった。



「あんたが死ねば、みんなが喜ぶ」

「あんたの価値は売られるか死ぬかさ」

「このまま闇に沈んでしまえばいい」

「そしたらもう悩むことなんてない」

「苦しいこともない」



 憎しみに満ちていた声は、いつしか猫なで声で誘惑しはじめた。

 おいで、おいで、と少女を誘う。

 堕ちておいで、ここまでおいで、と手招く。 



 少女の心が揺れた。

 もう、いいのかもしれない。

 未来に希望がないのなら、このまま闇に堕ちても……。



 ふっと昏い意識に囚われたそのとき、左手が更に熱を持った気がした。



「キィィィィィィィ――――」

「邪魔しおって――――ッッッッッ」


 パァーンッと、何かが壊れた音がした刹那、傍まで迫っていた闇が静かに引いていった。 



 ――だから、目を覚ましていいんだよ。



 その瞬間、光の渦が少女を包み込んだ。





   ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆





「だれか、公爵様に至急連絡を――――ッ」


 慌ただしく駆けていく足音。

 目を開けた少女は、ぼんやりとそれを聞いていた。

 何が起きたのかよくわからなかったのだ。


「おはよう、僕の可愛い天使。お寝坊さんだな」


 そこにいたのは、ハルフィッドだった。

 公爵と同じ銀がかった黄金の双眸。繊細な顔を縁取る白金の髪。大輪のバラのような華やかな笑みを浮かべた彼の滑らかな頬を、すっと一筋の雫が伝った。


「……良かった、本当に……」


 くしゃりと顔を歪ませた彼は、声を震わせた。


「……ど、……して、……けほっ」


 ずっと『視』ていた彼がいることに驚いた少女は、声を発した途端、咳き込んだ。


「ど、どうした!」

「さ、お水を」


 うろたえるハルフィッドを押しのけるように現れたのは恰幅のよい女だった。頭に白い頭巾をつけた彼女は、綿に水をたっぷり含ませると、少女の小さな唇にそっと押し当てた。


「まずはこちらで我慢してくださいね。長期間寝込んでいらしたから、いろいろと衰えているんですよ」


 少女の乾きが癒えるまで数回繰り返した女は、茶色の目を優しく細めた。

 

「わたしはアーヴィラと申します。坊ちゃまの乳母をしておりましたが、これからはお嬢様のお世話をさせていただきます。ここには貴女を脅かすものなんて、なんもありませんよ。だから安心していいんですよ」

「……ッ」


 強張りを解くようにぽんぽんと頭を叩いてくれる女からは、お日様の匂いがした。




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