【閑話】 ターナの決意
だって、天使さまだと思ったの。
きらきら光る銀の髪の毛に、見たこともない不思議な色をした大きな丸い目。
肌の色だってあたしたちと違って真っ白で……。
光に包まれた天使さまみたいだったの。
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あたしがお嬢さまを知ったのは、父さんと母さんが話しているのを聞いたから。
父さんは庭師で、母さんは洗濯担当。
父さんが、裏庭で一生懸命シーツの汚れを落とそうと格闘している母さんに一目惚れしたんだって。それで生まれたのがあたし。あたしを生んでから休んでいた母さんは、あたしが一人でなんでもこなせるようになるとまたお城で働き出したの。
お城で働けるのは限られた人だけで、とっても栄誉なことなんだ。
あたしのうちは、父さんも母さんも働いているから、近くの家の人たちから一目置かれているんだって。一目ってよくわからないけど、すごいってことかな。
父さんも母さんも領主さまたちのことが大好きで、きっとあたしのことよりも大好きなんじゃないかなって思ったことが何度もあるんだ。
だって、今日は、坊ちゃまが何をした、とか、寂しそうだったとか…公爵さまはまだ王都からお帰りにならなくてお城が静かだ、とかそればっか。
あたしがひとりで買い物いっても、掃除しても、はいはい、よくできましたと簡単にあしらうのに、その坊ちゃまが何かをすると大げさにたたえるんだから。
坊ちゃまなんて、嫌い! って本気で思ったわ。
「お嬢、さま……?」
ここ最近耳にするようになった言葉。
さすがにあたしだって、大鳥が赤子を籠に入れて夫婦の元に運んでくるって話を信じる年じゃない。だから、どこからともなく現れたお嬢さまの存在に興味津々と共に、ちょっと不安に思った。
だって、坊ちゃまを将来的に支えるっていう貴族の子供たちは、あたしたちのことをゴミ屑のようにみてくるんだから。
貴族街に住まう彼らとほとんど会うことはないけれど、母さんと領主さまのお城にお邪魔したとき、意地悪されたわ。ううん、あたしだけじゃなくて、ほかの使用人の子もみんな意地悪されたって言ってた。公爵家の人じゃないのに、さも自分に仕えるのが当たり前って態度で、あたしみたいな子供もこき使おうとしてるの。
もちろん、あたしたちには逆らうことができない。
でも、そういうのがあって、お貴族さまにいい印象なんて持てなかった。
あたしの夢は父さんや母さんのようにお城で働くんじゃなくて、パン屋で働くのが夢。それを同じ使用人の子である友だちに言うと、笑われたわ。
父さんや母さんが公爵家に仕えているならその子供も仕えなくてはいけないって。
古臭い決まりごとだけど、それは間違ってない。
父さんも母さんもそのつもりであたしをお城に度々通わせている。
もちろん、まだ小さいから見てるだけだけど、そうやって親の仕事を学んでいくの。
「母さん、お嬢さまってどんな人?」
「さあねぇ、あたしも見たことないんだよ。お体が弱いみたいで……お噂では、それはそれはキレイな目をされているそうよ」
「キレイな目……」
なぜ突然お嬢さまが現れたのかなんて母さんたちも深くは知らなかったみたい。
でも、年齢よりもずっと小さくて、やせ細っていて……。お嬢さまの世話を任された侍女たちがおいたわしいと陰で泣いてたって話を聞いて、なんだかぎゅっと胸が痛くなった。
きっと一生お会いすることはないんだろうって思っていたのに、出会ってしまった。
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今年の冬はいつもとちょっと違ってた。
みんなそれを感じ取っているようで、いつになく緊張した顔をしてたの。領主さまは無茶ぶりなんてしない人だったけど、父さんや母さんにいつもと違う仕事を遅くまでさせてた。
みんなが助かるためよ、ってちょっと偉い使用人が言ってたけど、そのときは意味がわからなかった。
わかったのは、見たこともない大雪が降ったとき。
何日も何日も降り続く雪に、けれど大人たちは慌てた様子を見せなかった。
与えられた使用人塔の一室は、街にある家よりもうーんと狭かったけど、石造りだから丈夫だし、ほとんどはお城で過ごしていたから問題なかった。
でも、それも新しい世話役が来てから変わっちゃった。
それまではお昼だって粗食だけど食べられてたのに、なんにもなし。たまに硬いパンが半分与えられるくらい。しかも、もったいないという理由で暖炉に火もくべてくれないから、ガタガタ震えながら過ごすしかなかった。
領主さまの指示だと思ってたし、逆らうとムチでぶたれるだけだから、あたしたちはだれも文句を言うことはできなかった。唯一の楽しみは、お祈りをしたときにもらえるお菓子だけだ。ちまちまと食べて空腹を紛らわせるが、ちっとも足りない。
さすがに限界に達したとき、お嬢さまが現れたの。
怖い世話役をまるで赤子のように接するお嬢さまの姿に、みんな息を呑んでた。優しい、優しい、天使さまのような人。あのときのお嬢さまがきらきら光ってたのは見間違えなんかじゃない。あたしたちはひと目でお嬢さまの虜になったの。
大切な大切なお嬢さま。
父さんや母さんが領主さまや坊ちゃまのことを我が事のように語る気持ちがわかった気がした。
「まぁ、ターナは本当にお嬢さまがお好きねぇ」
「それこそ俺の子だ!」
「あら、俺たち、でしょ」
お嬢さまのことを熱弁するあたしに、父さんと母さんはおかしそうに楽しそうに笑い合っていた。
あたしも嬉しくて、なんだか笑顔になった。
もう、坊ちゃまに嫉妬なんてしない。
お嬢さまがいなかったら、きっとあたしはずっと坊ちゃまを恨んでいたかもしれない。領主さまのご子息にそんなことを思うのはいけないことってわかってるけど、父さんや母さんが取られた気がして悔しかったんだ。
「あたし、決めたの。専属侍女になる」
「え?」
「なんてバカなことを!」
お嬢さまの専属侍女になるには、それなりの身分が必要だ。
けれどあたしは諦めなかった。
「あたし、お嬢さまを守りたいの。アシロットさまが入れないところも、同性のあたしなら平気でしょ」
そう、あたしが目指しているのはただの専属侍女ではない。
護衛兼専属侍女だ。
二人共、二の句が継げないようだったけど、あたしの意志が変わらないってことに気づいて深くため息を零した。
「簡単じゃないぞ。それに、女性の護衛が必要なら、グロッシウム家が年の近い女性を親族から選ぶだろう。幼い頃から鍛錬を積んできた者と、今から鍛える者とでは力量に差が出る」
「やるわ。だって、父さん、お小さかったのよ、お嬢さまは。でも、だれよりも強くて、お優しいの。こんなあたしたちと仲良くしたいっておっしゃって、泣いていらしたの……。あたし、それを見て、お嬢さまのおそばにいたいって強く思ったの! 無理だってわかってても、やってみたいの」
必死の訴えに、けれど父さんはなかなか頷いてくれなかった。
現実は甘くないと渋る父さんとは反対に、背中を押してくれたのは、母さんだった。
「いいじゃないの。やらせてみたら。まずは、侍女頭のナーシャ様にお伺いしてみましょう」
「な……おまえ……っ」
「あたしは自分の仕事に誇りを持っているわ。それはあんたもでしょ? けどね、子供にそれを背負わせなくてもいいんじゃないかしら。お嬢さまにお仕えしたいという気持ちをあたしたちは育ててあげないと」
「……ぐっ、だが、」
「大丈夫、やれるわよ。だって、あたしたちの子、でしょ?」
そう言って片目を瞑る母さんに、父さんも反論する気力がなくなったようだった。
こうしてあたしは第一歩を踏み出したの。
――――でも、あたしは知ってる。
こんな気持を抱いてるのはあたしだけじゃないってこと。
お嬢さまが平穏に過ごすことができるようあたしたちは陰日向からお支えするのよ!




