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喰い逃げ屋 左文字‐3  作者: 楠木 陽仁
8/12

3-8

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 そして土曜日。斉場少年は柊たちと待ち合わせをし、『一品香』の前にやってきた。

 店の前に列をなす4人の少年たち。固唾を飲む斉場少年とは裏腹に、柊たちはヘラヘラと笑いながら佇んでいる。

「おいおい、いつまでやってんだ」

「寒いんだけど」

「早くやっちまおうぜ」

 各々好き勝手なことばかり言う三人に、「解ってますよ」と苛立ったような返事をする斉場少年。

 ―――マッタク…呑気なもんだよ。

 こっちの気も知らない3人に辟易(へきえき)とする斉場少年は、やけに重く感じる『一品香』の扉に手をかけた。

「欢迎光临」

―――? なんて?

いきなり意味不明な言葉を掛けてくる店主にアタフタとする斉場少年。それを見た店主は、意地悪げにニヤリと笑った。

「イラッシャイマセってイッタのヨ。私ノ母国語ネ」

「…ぁあ、そうなんですか…」

 冗談なのか、それとも本気なのか、よく解らない接客をする『一品香』の店主。

 この前、喰い逃げ屋の挑戦状を叩きつけに来た時も、こんな感じだったはずだから、きっとこれが素なのだろう。

 確かその時に聞いたのは、店主が元は台湾出身で、その名前は『(ちん) (ほう)(ちょう)』さんと言ったのだったか。

「この前話しを付けたとおり、喰い逃げ屋を挑みに来ました」

 少々気圧されてしまいながらも、居住まいを正した斉場少年は、真っ直ぐ陳さんのことを見据えながら言い放つ。

「アア、ソレね。待ってたヨ」

 陳さんもそれを待ち構えていたようで、「ソコに座ってネ」と4人掛けのテーブル席を指刺した。

 その席まで歩いて行こうとする4人だが、一瞬、気を抜くと転んでしまいそうになる。

 その理由は中華料理屋特有の、床のベタベタだ。

「何だこれは」

「小汚い目だなぁ」

「ちゃんと床を掃除しろよ」

 転びかけたことに腹を立てたのか、3人は各々店に対して悪態をつくが、これはそういうものだと割り切る必要があるものだ。

 中華料理は特に油を多用する。そして、その油は料理の胆とも言うべき超高火力によって熱せられると、沸いた湯の如く蒸気となる。

 この蒸気が店内に充満し、特に床や壁などに触れると液体の油へと戻るのである。

 こうして、中華料理屋特有のベタ付き滑る床が出来上がるわけだが、『一品香』のような小ぢんまりとした店の場合、その狭さと相まってかなり顕著な物に成っている。

 ―――まさか、椅子までヌルヌルとは…。

 座った時に感じた椅子のヌメリには、さすがに斉場少年も閉口せざるを得なかった。

「さっきの様子だと、話はもう通っているようだな」

 相変わらず油ぎった店内に不満を漏らしていた柊だが、席に着くと落ち着いて、斉場少年に事の首尾を訪ねてくる。

「大丈夫です。陳さん…店主とは話を通してあるから、滞りなく喰い逃げ屋をやる事が出来るよ」

「そうか、解った」

 納得した様に頷く柊。だが「けどよ」と横から粟田の物言いが入る。

「ホントに奇襲を掛けなくて大丈夫だったのか? 今までは抜き打ちでやって来たから、店の準備も儘成らず上手く行ってたところもあるだろうに」

「それは…、そうかもしれないけれども…」

 強くそこを言われると、途端に不安になってしまう斉場少年だったが、こればかりは仕方が無かったのだ。

「だって、この前頼みに行った時に、店主から『準備スルから時間ガ欲しイ』と言われてしまったから…。それに、柊さんだって、今日の土曜日にやるって…」

 自分の名前を出されたことに、柊はジロリと斉場少年を見つめるが、フゥと溜息一つ吐いて首を振る。

「確かに、土曜日だと俺が言ったな。だったら抜き打ちでやれなくても仕方がないな」

「おや、珍しい。優しいな」

「こういう日もある。その代りどんな手を使ってでも勝ちに行くぞ。解っているな? 斉場よぁ」

「…ぇ? ああ、大丈夫だよ、柊さん」

 斉場少年もいつもの様に柊から何かしらの制裁を咥えられるものだとばかり思っていたものだから、ハトが豆鉄砲を食らったような顔に成る。

 ―――まあ、折角斉場が喰い逃げ屋に自分から手を染めるつもりに成ったんだ。気持ち良く泳がせておいてやろうじゃないか。

 そしてこれが柊の腹積もりである。気持ち良く泳がせて、より深みへと来させたら、後戻りできないように引きずり込む。そう言う考えが柊の中には有ったのだ。

 そうとは知らない斉場少年が、店員の到来を待っていると、店の扉がガラリピシャリと音を立て、勢いよく開け放たれた。

随分と大きな音を立てて入ってくる。その騒々しい音にビクついて、イッタイ何なのだと斉場少年を含めた全員の目が向けられた。

「どうも、始まってます?」

 嵐のような幕開けのあと、穏やかにそう言いながら顔を出したのは、男とも女ともつかない、妙な雰囲気の人物だった。

「なんだアイツ?」

「誰だあれ?」

「さあ? 知らね。客じゃね?」

 顔を見合わせる3人だが、それが普通の反応だろう。知らない人間が顔を出して、自分たちには関わり無いと思うだろう。

だが、斉場少年だけは反応が違った。その人物に見覚えがあったからだ。

「『喰い逃げ屋 左文字』…」

 その名を耳にしても全く思い当たらないのか、柊たちはキョトンとした表情のまま左文字のことを見据えている。

 そして、当の左文字はというと、斉場少年と目が合えば、ニコリと笑って、黙るようにと人差し指を唇の前に付けた。

「どうも。いらっしゃいませ。喰い逃げ屋をご希望のお客様で間違いは御座いませんでしょうか?」

 何と驚くべきことに、左文字が4人が陣取るテーブル席へとやって来ると、その様な事を聞いて来るではないか。

「んん? アンタここの店員なのか?」

 木部良が訝しんでそう聞くと、左文字は笑顔を崩さぬままに「その様な物です」と答えてくる。

「今回は当店にご来店いただきまして、誠にありがとうございました。改めまして、本日の喰い逃げ屋、その進行を務めさせて頂きます『左文字』と申します」

 よろしくお願いしますと、恭しく首を垂れる左文字。

「おう、解ったから早く始めてくれ。こっちは腹を空かせてきているんだからな」

 それを見て組し易しと思ったか、急に態度をデカくする粟田とそれに続く二人。

「畏まりました。ご注文は以前にお伺いしておりました通り、『喰い逃げ屋スペシャルメニュー』で宜しかったでしょか?」

「宜しかったですよぉ。何度も聞かないでぇ」

 ゲラゲラと笑う三人だが、それを見据えたまま笑顔を崩さない左文字。

 斉場少年にはその不動の姿勢を貫く左文字が何より恐ろしく感じていた。

「畏まりました。それではこれから喰い逃げ屋真剣勝負を行います。…覚悟は宜しいですね?」

「しつこいな。速くしろってよ」

 いい加減に痺れを切らし掛けている柊だが、左文字は笑顔のまま会釈をすると、そのまま厨房へと向かって歩き出そうとする。

「…まあ、精々頑張ってくださいね」

 背中越しにそう言い残して。

「何だったんだアイツ」

「気に食わないな」

「逃げに入ったら、絶対ボコしてやろうぜ」

 ヒソヒソと左文字を貶める算段をつけ始める柊たち。

 一方の斉場少年は、キョロキョロと辺りを窺うような素振りを見せる。

 ―――まさか、文さんが来てはいないだろうか?

 左文字が来ているのなら、その妹と思しき文もまた来ていても可笑しくはない。

 そもそも、この店『一品香』を紹介してくれたのも文さんだ。益々ここにいて可笑しくはないだろう。

 しかし、店を見渡そうとも、扉の外を覗こうとも、彼女の姿は影も形もない。

 ―――そうか、居ないのか。…良かった。

その事に斉場少年はどこか安堵するような心持ちになった。

「おい、斉場。集中しろよ」

 あまりに心ここに在らずな様子の斉場少年を、険しい表情の柊が嗜める。

「何か気になることでもあるのか?」

「いや、得には」

 集中していない理由を聞かれるが、まさか女の姿を探していただけだなんて言えるはずもない。

 だから、斉場少年は押し黙っていると、柊は呆れたような溜息を吐く。

「ところで、今日やる喰い逃げ屋のメニューってイッタイ何なんだ?」

「そうだぞ。店との打ち合わせはお前一人で行ったんだ。何か情報を仕入れて来ているんだろうな?」

「まさか手ぶらだなんて、許されないぞ」

「もちろん聞いています。メニューは『ターローメン』だそうです」

 料理の名前を告げてみても、柊たち3人は誰一人としてピンときた様子はない。

 3人で顔を見合わせながら、「ターローメンってなんだ?」「さあ? 聞いたことない名前だ」「俺も知らない」などと、ヒソヒソ相談し合っている。

 そして、その3人の疑問に満ちた眼差しは斉場少年に集中する。

 しかし、斉場少年自身もその料理がどういったものかはハッキリとは知らないのだ。

「この画像にあるのが『ターローメン』らしいですよ」

 このように実際に見たことがなく、スマホの画面の写真でのみ知る未知なる料理『ターローメン』。

 それは、タンメンのように、野菜を中心とした具材が乗ったラーメンの上に、黄色くフワフワとした、タップリの『かきたま』が覆い被さっている麺だった。

 それを見て、思わず柊たちの喉が鳴る。

「へぇ、なかなか美味そうじゃないか」

「しかし、これなら余裕かもしれないな。スープにとろみが有るから少し冷めにくそうだけれども」

「具材も野菜と卵だけ。チョット食い出がないのでは?」

 余裕を見せる3人に斉場少年も内心同意するところがある。

 確かに、写真に写っている『ターローメン』は、所謂ガッツリ系のモヤシや豚がドンドン乗っているラーメンとは見劣りしてしまう。

 しかも、かきたまでは言うように腹にも溜まらないだろう。

 このような余裕を感じる反面、斉場少年の心中には焼け焦げのように拭いきれない不安感が影を落としている。

「ですが、これは喰い逃げ屋、その真剣勝負なんだから。きっと想像もしない形のターローメンが出てくるはずだよ」

「…言われてみればそうかもしれない」

 斉場少年の言葉に柊も頷く。

 やり口は酷いものであったとしても、彼らはこれまで何度となく喰い逃げ屋を演じてきたのだから、その料理のどれもが一筋縄ではいかないことは知っている。

「つまり、この『ターローメン』すら写真とはまた別ものだと考えておいた方がイイってことになるな」

「イッタイどんな形で出てくるのやら」

「けれども、そんな事はどうだってイイ」

「そうとも。イザとなったら踏み倒してしまえばイイのだから」

 相変わらず、懲りることもなく、柊たちは『喰い』に対しての態度を改めるようなことはない。

 どんなに食べにくい料理が、どれほど大量に出てきたとしても、残してそれを踏み倒してしまえばイイと思っている。

 だから彼らは怖いもの知らずなのだ。

 そして、今回もそのやり方が(まか)り通ると思っている。彼らのその過剰なまでの余裕の根拠がここにある。

 だが、斉場少年だけが何か薄ら寒い不安を感じていた。

 ―――そう上手くいくのだろうか?

 その不安を感じさせる大本がいる厨房の方へと目をやると、丁度そこで陳さんのことを手伝っていた左文字と視線があってしまう。

 左文字は斉場少年にニコリと微笑み返してくるが、斉場少年はその笑顔が何より怖くて仕方がなかった。

 ―――きっとタダでは済まされない。何せあの『喰い逃げ屋 左文字』が出張ってきているのだから。

 戦々恐々としながら待ち続ける斉場少年は、まるで処刑を待つ死刑囚のような心持ちで、脂汗が止めど無く流れていく為に、お冷を飲むのが止められなかった。

「お待たせいたしました。こちら、当店の喰い逃げ屋スペシャルメニュー『大餐(ダーサン)ターローメン』になります」

「…あれ?」

 出された料理を見て斉場少年も柊たちも目を丸くした。

 確かに量は多い。写真で見た一人前の量と比べると、大人サイズと子供サイズ位の違いは確かにある。

 しかし、それでも、その量は今までの喰い逃げ屋で提供されてきたチャレンジメニューと比較すれば、明らかに常識の範囲内である。

 現に芳野が経営していた牛丼屋のチャレンジメニューでは、凡そ10人前は有ろうかと言うどんぶりに、『わんこそば』の様に牛皿をこれでもか、これでもかと追加で丼の上に乗せて行く、量に関しては常軌を逸したメニューで挑んでくる。

 それに比べて、この『一品香』の『大餐ターローメン』はどうだろうか。パッと見て凡そ三人前くらいの量しか無いように見える。

 それならば、追加で何か足されるのかと思っては、左文字の方を見てみるが、左文字はニコリと微笑むだけでセッセと丼をまた一つ持ってくる。

「おいおい、これは…」

「ああ、これは…」

「楽勝なんじゃないか?」 

 柊たちもその事に感づいたか、既に勝ったような、余裕の笑みを浮かべて左文字を眺めている。

「それに見てみろよ、店員の数をよ」

 木部良に言われて厨房を見ると、左文字の他には料理長の陳さんと、その手伝いをしている中国人と思しき男が一人いるだけ。

「つまり追手の数はたったの3人だ」

「ああ、その通りだ」

「という事は、これはあれが行けるなぁ」

 ますます機嫌が良くなる三人はまるで獲物を前にする獣の様な目に成っている。

 ―――こいつ等イッタイ何をやるつもりなのか。

 それを見た斉場少年は、左文字に対して申し訳ない気持ちに成る物の、それを止めることが自分には無いのだと諦めたような感情が込み上げて来た。

「さて、準備は整いましたので、早速始めようではありませんか」

 全員分の『大餐ターローメン』4つを配膳し終え、スマホのタイマーをセットし始める左文字。

「チョットいいか?」

 その左文字に柊が得意満面の顔で手を上げる。

「何ですか? ルールの確認でしょうか?」

 準備の手を唐突に止められても、動じることなく受け応える左文字だが、柊は手を振ってそれを否定する。

「いや、そうじゃない。ルール何てどうだってイイ」

「そうですか。ではイッタイ何でしょうか?」

「アンタ、ここは一つ賭けをしようじゃないか」

 耳を傾ける左文字に、柊が出した答えは『賭け』と言う言葉だった。

「…? 『賭け』、ですか」

これには左文字も柔和な微笑みを崩して怪訝な表情と成る。

「そう、賭けだ。喰い逃げ屋を只やるだけじゃ詰まらないだろう?」

「いえ、私は喰い逃げ屋だけで十分ですが」

「…左文字さん? と言ったっけ? アンタは空気が読めないな。俺たちはね、もっとスリルが必要だと言っているんだよ」

 左文字の事を睨みつけながらそう言う柊に、粟田も木部良も「そうだそうだ」と囃し立てては同調する。

「せっかく喰い逃げ屋で勝負をするんだから、手に汗握る様な熱い戦いにするべきだろう。そのために俺たちと、追手組の左文字さんとで賭けをしようという事だ」

「…はぁ、そこまで言うのなら」

 あまりにらしくなく、熱く語って来る柊に、若干折れるような感じでその話に乗ってくる左文字。

「よし、話は纏まったな」

 これを聞いて柊が、我が意を得たりとしたり顔に成る。

「賭けの内容は簡単だ。喰い逃げ屋の勝敗、その結果が直接賭けの勝敗と成る」

「確かに解り易いですね。それで、何を賭けるんですか?」

「そうだな、其処もシンプルに、勝った方が負けた方に何でも一つ言う事を聞かせるという事にしようぜ」

「そうですか、まあイイでしょう」

 そんな風に安請け合いをする左文字。きっとこの人は柊たちを子供と見て、さほどこの賭けの事を重く考えていないのだろう。

「それじゃあ、これにサインしてくれ」

 ―――何だ、アレ?

 そうして柊が取り出した紙片に驚いたのは、誰あろう斉場少年だった。

 契約書と書かれたその紙片。どうやら柊たち、さっきの話は本気らしい。

柊達が何かコソコソと企んでいる事は薄々感じ取ってはいたが、こんな物まで用意していたなんて。

マッタク、変な事に心血を注ぐんじゃない。

だが、さっきの賭けを口約束では無く、形に残る物として残してしまえば、最早言い逃れは出来なくなる。

そう成ってしまえばもう御仕舞。蟻地獄に嵌ったが如く抜け出せない。

そうして、柊たちは左文字から搾り取ろうとしているのだろう。

勿論、相手は名うての喰い逃げ屋。一筋縄ではいかないだろう。

だが、柊たちにとって喰い逃げ屋における勝利とは、あくまで逃げ切る事であり、その過程はマッタク省みない。

つまりは、最早喰い逃げ屋では無く、それは喧嘩の領分だ。

そうと成れば、左文字よりも柊たちに分が有るだろう。だから、こいつらは嬉々としてこの提案を持ち出したのだ。

きっと柊たちの頭には、勝った後の事しか無いのだろう。

左文字に対して吹っ掛ける無理難題を考えて、普段使わない脳みそをフル稼働させているに違いない。

金か? 名誉か? 将又もっと最悪な物なのか?

 どれにしても柊たちの理不尽が左文字に牙を剥きかけているのだが、そんな事など露知らず、左文字はニコニコと、柊が用意した賭けの誓約書にサインをしてしまった。

「ほら、斉場もサインしろよ」

「え? 僕もなの?」

「何でお前は書かないと思ったのかよ?」

 余りに予想外の出来事に、唖然としてしまう斉場少年。

 しかし、ここで反論しても、事態が好転することは有り得ない事を、彼は経験から知っていた。

「解りました。書きますよ」

 ペンを渡されて斉場少年がサインした誓約書を柊が丁寧にしまうと、いよいよ以て全員が臨戦態勢と成る。

「さて、少々の手間が有りましたが、これで準備がすべて整いましたね」

 手を打って仕切り直した左文字が、席に座る斉場少年たち四人を見渡しながらルールの確認を行う。

「今回、皆様にはこちらの『大餐ターローメン』を食べ切っていただきます。制限時間は30分といたします」

「まあ、それが妥当だよな」

 さも玄人ぶって粟田がそう頷く。いや、お前、目の前に居る人が本家本元なのだがなと、斉場少年は突っ込みを入れてしまいたくなる。

「そして、食べ切った後は逃げに入ってもらいます。逃げられる範囲は池袋西口イッタイのエリアといたしましょう」

「具体的には?」

「東西は線路から劇場通りまで、南北は清掃工場から西口公園までとします。そしてゴールは池袋駅から電車に乗るまでとします」

「路線については指定は無いのか?」

「とくには有りません。JRでも東武鉄道でも西武線でもお好きなのを選んでくださって構いませんよ」

 随分と甘いのだなと思う斉場少年だが、これも左文字の余裕の表れなのだろうか。

「言ったな? 後悔しても知らないぞ」

 これは上々、渡りに船と、左文字が吐いたつばを飲み込めないようにするために、木部良がこれに釘を刺す。

「それでは敗北条件の確認をしますよ」

「そんな事は解っている」

「一々確認しなくてイイぞ」

「いいからトットと始めろよ。麺が伸びちまうだろうが」

 こうやって、自分たちの敗北条件を確認させないのも柊たちの作戦の内である。

 そうすることで喰いによる勝敗を有耶無耶にし、強引に逃げへと繋げる腹積もりなのである。

 ―――この手によって幾つの店が犠牲になってきたことか。

 思い返すだけで自分たちの不誠実さに申し訳なくなる斉場少年だが、今更後戻りはできないので黙っているしかないのだった。

「そうですか。そこまで言うのなら」

 やけにホイホイその提案に乗った左文字、スマホを構えてタイマーをセットする。

「それでは、覚悟はよろしいですね?」

 念を押すように見せつけるその画面には30分の文字がデジタル表示されている。

 ボタンを押すその指先一つで、左文字と自分たちとの真剣勝負が始まるのだ。そう思うと途端に斉場少年も緊張してくる。

「もちろん覚悟は出来ている」

 だが、周りの三人は斉場少年と違って緊張した様子もなく、今か今かと戦いの火蓋が切って落とされるのを待っていた。

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