スモトリ・オブ・スモトリズ ~オスモウ・ファイト・レディ・ゴー!~
……かくてヤマト紀元一九××年、遠く地球から離れた惑星ヤマトでは、四年に一度のオスモウ・ファイトの幕が開けた。即ち四十七都道府県コロニーが行政権を巡って、スモトリ型機動マシン〈オスモウ・フレーム〉を駆るスモトリ・ドライバーを選出し、これらを相争わせるのである。
スモトリはそれぞれの都道府県の威信のため、そして己の矜持のために土俵へと足を踏み入れる――最強のスモトリ、〈スモトリ・オブ・スモトリズ〉の称号のために!
×××××
『総員ドヒョー・イン!』
増幅された行事の声が荒野に谺すると、東西の陣営にそれぞれ並んだオミコシ・トレーラー(単にミコシとも呼ばれる)から次々とオスモウ・フレームが出撃していった。全長十七メートルから二十メートル、いずれも美事な大銀杏に化粧マワシ、国家予算の多くを傾けて造り上げた騎体である。
スモトリ・ドライバーの声に応じてオスモウ・フレームもまた威勢よく掛け声を上げた。
『ドスコイ!』
『ドスコイ!』
小山のような騎体がまず行なったのは、マニピュレータによって塩を撒くことであった。伝統に従ってというだけではない。かつて神聖なるオスモウ・ファイトがある一派の大口径ビーム砲の狙撃によって妨害されるという事件があった。この一件から国際オスモウ・ファイト委員会は純粋な塩ではなく、大気中に拡散すると妨害電波を放つナトリウム系分子チップを散布するようになったのである。これにより各TV局が有線中継能力を磨く必要に駆られたのは言うまでもない
今回の土俵に選ばれたのはアカラガシマ荒野。かつての銀河戦国時代、大大名ボノジ・カズタユが少数手勢のトクガ・ヘスース・〈ザ・トクガス〉に破れた由緒正しき古戦場だ。周辺では観客がごった返し、座布団に座り、あるいは立ち見で大型3Dビューイングモニタに見入っている。
形式は東西戦。東と西から四騎ずつ、合計八騎のオスモウ・フレームが時間制限いっぱいに入り乱れて組み打つことになる。壮絶なイクサバがこの世に出現するのは日を見るより明らかだった。
足裏以外の箇所が地に着いた者は敗北。その単純極まりないルールのために、スモトリは己の肉体を極限まで鍛え抜いた。地球時代からそうであったし、これからもそうであろう。
オスモウでは一度黒星がついても完全なる敗北ではない。それは四年に一度のオスモウ・ファイトでも同様だ。しかし今回は初日も初日、可能ならば白星を上げて勢いを後日に繋げたい。どのスモトリ・ドライバーも同じ思いであるだろう。それに、活躍もしたい。全てのファイトは全星テレヴィジョンでライブ放映される。ブザマな活躍は見せられない。弱いスモトリに一般人の支援はつかない。スポンサーの存在は一年に渡るファイトに欠くべからざる存在だった。
『総員位置に着くように!』
――寒、寒! 行事が拍子木を鳴らすと、オスモウ・フレームが所定の位置へ着いた。
総勢十名のスモトリが一斉に四股を踏む。――ズムン! 重く鈍く響く音。
皆蹲踞姿勢を取った。
関脇の大激怒が駆る〈ヴァイオレントバトル〉。同じく関脇垂眉の〈ヘヴィスネイル〉。技巧派小結隻玉山の〈オッドボール〉。東陣を列挙するだけでも、いずれ劣らぬスモトリ揃いであることがわかる。しかし彼らはいつになく緊張を強いられていた。
西陣の一角に不知火型で蹲踞する、一際強力なオスモウ・アトモスフィアがそうさせていた。
大関寿満持。四つしかない横綱位が空きさえすれば間違いなくその座に着くであろうと噂される猛者である。愛騎は〈メガテリオン〉。多くの敵を土俵の土に沈めてきた、恐るべきスモトリだった。実力・実績ともにこの場に於ける最強のスモトリであろう――
『浮つき過ぎだろ、センパイ方』
東陣、小柄なオスモウ・フレームが皮肉げな声を発した。他の東陣スモトリははっきりとした白眼を彼に向けた。
オスモウ・フレームとスモトリ・ドライバーは神経融合操縦によって一体化している。よって、そのフレームのサイズや出力はスモトリ・ドライバーに比例する。
彼はこの場のスモトリ・ドライバーの中で最も小さく、最も若かった。そして番付は前頭、オスモウ・ファイト参加にギリギリだ。しかし、その発するオスモウ・アトモスフィアは並み居るスモトリに決して負けるものではない。ともすれば、寿満持とメガテリオンにすら匹敵するような――
しかし――このスモトリが代表するヤヴァタ・ディストリクト・コロニーには寿満持に並ぶ実績を持つ大関絶頂丸がいた。長らく巡業を欠場しているが、それは故障の増えた身体を労り、スモトリ・ファイト参戦のための英気を養っているからだと誰もが噂していた。
この少年の身体のどこにそんな素質が? ――誰もがそう思った。
オスモウ界にはかつて、ある男がいた。
二十年間横綱位に君臨し、九十九連勝という大記録を達成。しかしながら最強の証〈スモトリ・オブ・スモトリズ〉の名を奪取せんとして果たせず、遂には暴力事件により角界を去り、非業の死を遂げたという伝説のスモトリ。その名を超越海。
そう――彼、超絶丸ワタルこそ超越海の忘れ形見、最強の遺伝子を引き継ぐ唯一の男であったのだ!
× × ×
ワダヤ・シティにある檸檬岩部屋の広間では、関係者合計五十人余りの人間がヤマト放送協会のライブ放送を3DTVで観戦していた。
超絶丸ワタルのオスモウ・フレーム〈ヘルドラゴン〉の一挙手一投足に視線を注ぎながら、元大関檸檬岩が呟いた。ワタルは彼の弟子であった。
(ワタル……俺はお前を信じるぞ……)
檸檬岩の娘、ミチコが祈った。祈らざるを得なかった。彼女は身寄りのないワタルの姉代わりとして愛情を注ぎ、その成長を陰ながら見守ってきた。
(ブッダ、お願いします……ワタル=チャンを守護ってください……)
五十人、皆が固唾を飲んで超絶丸の白星と無事を願っていた。
『ハッキヨイ!』
その一言で全てのオスモウ・フレームが前屈姿勢になり、拳を地につけた。顔は前にして、正面を睨み据える。
同時に、騎体の肩部の付近からむらと湯気めいたものが空間を歪めるようにして立ち上った。これだけの数のオスモウ・フレームである。常人ならば半径数キロ圏内に立ち入っただけで失神もしくは失禁を余儀なくされるほどの濃密なオスモウ・アトモスフィアが充満していた。
スモトリ・ドライバーたちの脳内でアドレナリンが過剰分泌される。主観時間が泥めいて遅くなる。皆その言葉を今か今かと待ち望んでいた。――そして!
『――ノコッタ!!』
ドルルルルオンギュウウウオオオン!! 天すら引き裂くような轟音を奏でながら八騎のオスモウ・フレームが一斉に前に出た! 東か西か、いずれかが全滅すれば敗北! 一騎でも残れば勝利! 単純明解なルール! 一騎残らず勝利へ目指して一目散に驀進!
東陣からいち早く抜け出たのは超絶丸の〈ヘルドラゴン〉。対して西陣は荒居隈、騎体は〈ラスカルズスカル〉。番付は小結、心技体共に兼ね備えた若きホープだ。
ヘルドラゴンの全長は十七メートル、対してラスカルズスカルは十九メートル近い。その質量差は1.5倍だ。
『ドスコイ!』
ラスカルズスカルのツッパリがヘルドラゴンへ襲いかかった。超絶丸は恐れぬ。ツッパリを間一髪回避すると、
『――ドスコイ!』
ヘルドラゴンは頭部からぶつかっていった。ブチカマシ・チャージである。荒居隈は騎体の分厚い胸部装甲で受けようとした。――が!
『グワーッ!?』
インパクトの直後、ラスカルズスカルは弾けるように吹き飛んだ。背部から転倒し荒居隈脱落!
『若造め、やるな!』
『オイドンらも負けてはおられんでゴワス!』
超絶丸が一撃で荒居隈を屠ったのを見た大激怒と垂眉は俄に奮起した。
『ドスコイ!』
『グワーッ!』
大激怒のヴァイオレントバトルは巧みに間合を詰め、色埴峰の駆る〈ピンクフラミンゴ〉のマワシを取って上手投げを決める!
『ドスコイ!』
『グワーッ!』
垂眉のヘヴィスネイルはあくまでゆっくり前進した。しかし題胤慶の駆る〈ビッグマグナム〉がツッパリを構えながら肉迫すると、それよりなお迅速な喉輪による突き倒しで土を付けた。
これで西陣は残り二騎! しかし!
『ドォースコォーイ!』
『グワーッ!!』
――轟音!! 瀑布めいて立ち込める土煙! 木端めいて吹き飛ぶオッドボール! 一体何が起きたのか!?
土煙の中からゆっくり出現したのは今回参加スモトリ・ドライバー中最大、身長二百五十センチ三百キログラムの魁佛が駆る、二十五メートルのXXL級オスモウ・フレーム〈ザ・グラットン〉である。
『ドォースコォーイ……』
ザ・グラットンがオッドボールから奪ったマワシを放り捨てた。隻玉はモロダシという大変失礼行為ペナルティのため一ヶ月の公式戦停止処分となる。哀れ!
『おいデカブツ』
超絶丸が前屈姿勢になりながら、挑発の言葉を魁佛に投げた。
『俺を見ろ!』
ザ・グラットンが首を巡らし、ヘルドラゴンに向き直った。そして、
『――ドォースコォーイ!!』
両掌を胸の前に上げたツッパリ姿勢で、荒野に足音を響かせながら疾走肉迫! 相互の距離はすぐに埋まる!
『――ドスコイ!』
ヘルドラゴンはしゃがみ込んでツッパリを回避、ザ・グラットンの脚へ下段蹴りを見舞う。ケタグリ迎撃!
『グワーッ!』
『ドスコイ! ドスコイ! ドスコイ!』
厳! 厳! 厳! 三連続で右脚部に見舞われるケタグリ!
無論魁佛も黙って打たれるだけではない。
『ドスコーイ!』
ザ・グラットンの両手が、ヘルドラゴンの肩部を掴んだのだ。そのまま……上空に放り投げる!
『ドスコーイ!』
その膂力によって二〇〇メートルにまで上り詰めた騎体は、放物線を描くように落下した。このままでは土俵にブザマに落下して敗北するのか!? ……否!
『ドス……コイ!』
騎体内部で超絶丸は驚くべき身体能力を発揮した。空中に放り出された猫よろしく、柔軟な体幹を以て足裏から着地したのである。オミゴト!
『ドスコォーイ!』
ザ・グラットンが再び肉迫してきた。
その手をヘルドラゴンが掴んだ。
『――ドスコイ!』
その腕を両手で抱えつつ、投げる! 一本背負いである! 背中から落ちて魁佛脱落!
『見事なり小僧』
それを見ていた者あり。寿満持である。
大激怒のヴァイオレントバトルも垂眉のヘヴィスネイルも、メガテリオンの足元に横たわっていた。一見して、騎体の損傷は無傷に等しい。
超絶丸の口元が吊り上がる。それはさながら獣の笑みか。
『行くぜェ! 大関ッ!』
『来い! 小僧!』
二つのオスモウ・エフェクトがぶつかり合い、凄まじい衝撃波を撒き散らした!
× × × ×
前オスモウ・ファイト優勝者にして現〈スモトリ・オブ・スモトリズ〉、最強の横綱不倶戴天はネオリョウゴク・コロニーの次元国技館の貴賓室にて、その様子を見ていた。その端正なる面には、ブッダを思わせるアルカイックスマイルが浮いていた。
「随分楽しそうだな……お前もそう思わないか、〈アーチエネミー〉……」
彼は次元回廊で佇立する愛騎にして己の半身たるオスモウ・フレームに呼びかけた……。
故・佐藤タカヒロ先生に捧げます