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ガラスノカケラ  作者: せんのあすむ
5/18

…あげるっ!

覚えていてくれてるかな。受け取ってくれるかな。

私はドキドキしながら、友達と話をしている彼の机の前に行く。

ぶきっちょかもしれないけど、一生懸命作ったチョコレート。

ラッピングだって、自分でしたんだよ。

「…小西、君」

声をかけると、彼は驚いた顔をして、それから笑って私を見上げる。

ああ、初めて渡したあの時と、その笑顔は全然変わってなくて。


小さい頃から頭も良くて、とっても優しい男の子だった。

だけど隣同士の席になるまで、私は彼のことを全然意識していなかった。

だから、そんな彼が私へ何くれとなく話しかけてきてくれたり、私が消しゴムを忘れたりすると、さりげなく自分のを貸してくれたりするのを…それがしょっちゅうだから…ただの親切だと思っていたけれど。

「越朗君」

8年前、肩よりも少し長いくらいに髪の毛を伸ばしていて、小さかった私が彼の名を呼ぶ。

いつの間にか、彼の姿を見るだけで、ドキドキするほど好きになっていた。

教室で、他の男子とふざけていた彼は、ふとその手をとめて、きょとんとした顔で私を見る。

彼の頬が少しだけ赤くなっていたと、その様子を見ていた友達は後で私に教えてくれた。

私の手には、昨日お菓子屋さんで買ったペロリンチョコとイチゴアポロ。

初めて男の子に渡すのだと言うと、お店のおばさんは「まあ」なんて言ってクスクス笑いながら、それでも綺麗にラッピングしてくれた。

冷やかされて恥ずかしい思いをするのは嫌だから、他の子にバレないように、先生に余計な告げ口をされて怒られないように、私なりに一杯一杯の注意を払って、私はそれを学校に持ってきたのだ。

朝の道、立春だから、もう春なんだって言うけれど、2月半ばはまだまだ寒くて、息を吐いたらそれが白く濁って、

「…用意してきたんだ。えへへ」

「わー、頑張ってね。うふふ」

いつも一緒に登校している友達同志でそんな会話をしながら、学校へ来たんだもん。

(頑張る。受け取ってくれなくても泣かないもん)

昼休みの後の「お掃除」の時間。私は勇気を振り絞って、他の男子とふざけている彼の側へ近寄っていった。

「越朗君。あのね」

ふざけて友達に振り上げていた箒を宙で止めて、彼は振り向く。その箒は、なんとなく下ろされる。

私は大きく息を吸い込んで、

「…あげるっ!」

それだけを言って、彼の手にチョコレートを押しつけて、後も見ないで自分の席に戻る。

背中で、他の男の子達が彼を冷やかしている声が聞こえて、

「渡してきたんだー。きゃっ」

「うん、渡してきたー。えへへ」

その様子を見守っていた友達も、自分のことみたいにはしゃぐのへ、私も顔を真っ赤にしながら照れて笑った。

本当に、ドキドキした。あれだけドキドキしたのは「じんせいはつ」かもしれない。

ありったけの勇気を振り絞ったのに、彼の名前を呼ぶ時は、他の人にも聞こえてしまうんじゃないかって思ったくらい、ドキドキしていたんだもの。

越朗君は私のチョコレートを握り締めて、他の男子に冷やかされながら、これ以上無いってほど顔が緩んでたんだと、そのことも後でその友達から聞いた。

「麻衣ちゃん。帰ろー」

それからは、毎日のように越朗君のほうから帰り道を誘ってくれるようになったっけ。彼が私を呼ぶのも、「渡辺」っていう苗字の呼び捨てじゃなくて、いつの間にか下の名前になっていて、

「うん!」

照れくさかったけれど、そのこともほんのちょっぴり嬉しい。「下校デート」のお誘いを、もちろん私が断わるわけが無かったから、私もいつだって大きく頷いていた。

お互いに小さかったから、「好き」だなんて言葉、多分二人とも言えなかった。

だけど、言わなくても分かってる。そう信じてた。

学校の帰り道、同じ道を帰る友達やクラスメイトに冷やかされながら、それでもつないだ手を放さなかった彼と、これからも同じ小学校に通って、中学校も同じで…

今一緒に歩いてる「とうげこうの道」みたいに、ずっとずっと、同じ道を歩くんだって。

だけど、

「麻衣ちゃん」

ある日、お母さんは突然言った。

「四年生になる前に、お引越しするから。今の学校にはさよならしなきゃ…ごめんね」

…お父さんの転勤で、住んでいた市から遠くへ行かなきゃならなくなったんだって。

『いやだ!』って言いたかったけど、言えなかった。お母さんやお父さんのこと困らせたくなかったから。

だからその代わり、いっぱい泣いた。部屋にこもって一人でいっぱい泣いたんだ。


「どうしたの? 麻衣ちゃん、最近おかしいよ?」

「…なんでもない」

だけど、越朗君には、終業式の日までそのことを言えなかった。

(離れ離れになっちゃうなんて)

いつもみたいに、私の家の前で「バイバイ」をして、家の中に駆け込んで…机に突っ伏して泣くのが、その一ヶ月の間に日課になってしまった。

「渡辺さんが、転校します」

終業式の日、先生が私を、同じ高さの教壇へ上げてくれて言った時、ちらっと彼の席を見たら、彼はものすごくびっくりしたみたいに、大きな目を丸くしていた。

バレンタインから一ヶ月ちょっと。ホワイトデーのお返しは来なかったけれど、ただ彼と手をつないでる、それだけで十分満足していたのに、その日だけは「いつもみたいに」手をつないで帰ることが出来ないで、

学校が終わるチャイムが鳴るのと同時に、私は私の席を立って、逃げるみたいに家へ走って帰ったのだ。

彼に面と向かって、さよならを言うのが怖かった。さよならって言ったら怒られるんじゃないか、もしかしたら嫌われてしまうんじゃないかって、

胸が潰れてしまいそうだった。

今、考えてみたらバカみたいに思えるけれど、それでもあの頃の私は、なによりも彼に嫌われるのが一番怖かったから。


だけどそれから七年。住んでいた県へ戻ってきた私に、

「あれ? ひょっとして渡辺さんじゃない?」

高校の入学式の時、校庭に貼り出されたクラス分けの表示を見上げていたら、彼のほうから気づいて声をかけてきてくれて、

本当にびっくりした。

「…小西君?」

だけど私の「したのなまえ」は彼はもう呼ばない。当たり前かもしれないけれど、それをちょっぴり寂しく思いながら、だけどそれ以上に懐かしくて、私も彼の名前を恐る恐る呼んだ。

「ああ、やっぱり!」

すると彼は本当に嬉しそうに叫んで、それから照れたみたいに笑って…片手を上げて頭をかいた。

「そうじゃないかな、って思ったんだ。だって渡辺さん、全然変わってない」

「小西君だって」

「同じクラスになったねえ。奇遇だな」

「ホントだねえ」

私達の間で、桜の花びらがひらひらと舞う。私よりもずっとずっと背が伸びて、声だってびっくりするぐらいに低くなっちゃって…だけど、私へ向けてくれていた笑顔は、あの頃と全然変わっていなかった。

「転校するんだったら、住所くらい教えてくれたって良かったのに」

あの頃と同じように、なんとなく一緒に校舎へ向かって歩きながら、彼は早速そんなことを言う。

「私も、後からそう思ったんだぁ」

私もそう言って、苦笑いした。嫌われるのが怖い、なんて、ただその気持ちで一杯一杯になっちゃって、連絡先を教える、なんて簡単なことにすら気付かなかった。

「これから、よろしく。ケータイ番号、交換しよ」

「うん!」

そうやって交換したケータイの電話番号は、だけどそれから一年近く経ったバレンタインの日になっても、私のほうから使えなかったし、彼のほうから私へ連絡が来ることもなかったけれど、

(私のほうは、ずっとずっと、好きだったんだもん)

離れてしまったからって連絡も取らなくなってしまって、本当に後悔した。彼のほうは、今は他に好きな人が…他の学校にカノジョだっているかもしれない。

…だけど。

(もう、あんな気持ちを繰り返さないように)

あの頃とは違うんだから。私はだから勇気を振り絞って、彼の前にもう一度立つんだ。

「…小西君」

あの頃みたいに、気安く「したのなまえ」ではもう呼べない。苗字で呼ぶのも、ものすごく勇気が要った。

「何? どうしたの?」

席に座ってクラスメイトと話していた彼が、ゆっくり振り向く。

そして私は、一生懸命頑張った手作りチョコへ、これも自分でラッピングした小さな箱を渡して言う。


「…あげるっ!」


どうか、あの時と同じように受け取ってくれますように。

彼の返事を待つ時間が、とても長く感じられる。差し出した手が嫌でも震えて、顔にたちまち血が上るのが分かった。

そしたら、

「…ありがとう」

彼は笑ってそれを受けとってくれた。

私はだけど、もうそこで自分の席には帰らない。だってあの頃とは違うもの。彼にどうしても言いたかったことが

あるから、

「あの、あのね。私はずっと小西君のこと」

「ストップ。もうちょっと時間をくれたら、俺から言うつもりだったのに」

言いかけた私をさえぎって、小西君はまたそこで笑った。

「ほれ、お前らはどっか行け」

「やれやれ」

「しっかりやれよ!」

冷やかすクラスメイトをおっぱらって、彼はもう一度私を、今度は真剣な顔で見つめる。

「そこからは俺が言うから、ね?」

そして彼は、私が1番欲しかった言葉をくれた。


それから。

「『麻衣』、帰ろう」

「うん!」

あの頃と同じように私達は手をつないで、一緒に学校から帰る。あの頃と同じように、つまんない話も学校の話も…色んな話を一杯しながら。

だけど、

(ちょっとだけ違うよね)

うん、あの頃と同じように戻れたと思っていた私達、今はちょっとだけ違う。

あの頃は言えなくて、言わなくても通じるだろうと思っていたあの言葉、一番好きな人へ、一番大事な言葉を大きな声で、いつだって私から言えるから。

「ねえ、今ここで言っちゃっていいかな?」

新しい私の家の前まで送ってきてくれた彼へ、そこで立ち止まって私は笑った。

「何を?」

笑うと、クシャっとした「悪ガキ」みたいな顔になる彼へ、私は少し背伸びをして、

「越朗君、大好き」

囁いた耳元が、一瞬で真っ赤になる。それを見て、私は思わずクスクス笑う。



FIN~


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