月曜日のロボット
(まぁた、かあ)
なんだか学校で、女の子が騒がしいなー、なんて思ったら、
(バレンタインデーなんだよね)
私としても、無関心ではない…んだけど。だって一応、女の子だもん。
校則違反なんじゃないの、なあんて言うつもりもさらさらないし、
その日ばかりは先生たちだって、生徒がチョコレートを持ってきても見て見ぬフリをしてるみたいだし、何よりも、
(私だって)
少しは女の子らしくしなさい、なんて普段はお母さんを嘆かせてるような、ガサツで足だって少し太くてガタイだって哀しいことにすごく良くて、男子とかはなんかにはアニメに出てくるごっついロボットみたいだってんで『ロボ』って仇名つけられてて、それでも髪の毛だけは長い私だって、今年は決めてる。
(アタシも、きっと)
ガラじゃない、って言われるのが分かってるから、友達にも誰にも言わないでいた、大好きな人へチョコレートを渡そうって。
「いよっ、黒井君!」
「やあ、南さんか」
科学部部室の扉を開けたら、大好きなアイツ…黒井祐樹は、パソコンのモニターから目を離して眼鏡を直しつつこっちを振り返ってにっこり笑う。
「どうしたんだい? 剣道部のほうは、もう終わったの?」
「うん、今しがた」
こんな会話が出来るようになったのは、ほんの偶然。
つい最近まで、お互いにお互いがこのガッコにいるってことすら知らなかった…クリスマスの時まで。
「春の県大会も近づいてきてるんだろ? 頑張って」
「うん」
クリスマス前の、冬の剣道県大会。小さい頃からずっとやってたから、これに優勝するのが一つの目標だった。
「で、あの時の傷はもういいの?」
「あはは、もう言わないでくれよ」
その県大会の帰り道、ガッコの不良どもに絡まれていたコイツを
「男としてちょっとカッコ悪いです、はい。南さんのカッコよさだけが、周りの人の印象に残ったと思います」
「あははは」
かばうみたいに(実際かばってたんだけど)不良との間に割って入って、「かかってこい!」なんて言って竹刀を構えて…そしたら、不良は逃げていった。
ちょっと殴られもしたらしいコイツに、
「アンタ、どこの学校? 保健室まで送ってってあげるから」
って言ったら、なんと同じガッコだった。
だから一緒にガッコまで行って、その間に色んな話をして…。
「アンタ、科学部? 道理でなまっちろいわけだ」
「酷いなあ」
笑い合ううちに、白い雪が降ってきた…。そこまで私、ちゃんと覚えてる。
「僕はでも、南さんのこと、ずっと前から知ってたよ」
「本当?」
保健室で、殴られて青黒くなった頬を先生に診てもらって、付けてもらってる薬がしみるのか「イテテ」なんて言いながら、
「うん。だって有名人じゃん。剣道、頑張ってるんでしょ。県大会で何度も優勝してるなんて、すごくかっこいいなあって思ってたよ」
「…わ、わははは。もう! テレるじゃない!」
ああ、そこでどうして私ったら、素直に「ありがとう」って言えなかったんだろう。
そんな風に言われたのは初めてだから、嬉しくて恥ずかしくてつい、
「イテテテ!」
「わ、ごめんごめんっ!」
いつもクラスの他のアホ男子にやってるみたいに、背中をバシバシ叩いてしまったんだよね…。
で、それから3ヶ月。私達の「友情」はこうやって続いてるわけだ。
パソコンと試験管ばっかいじってるから、てっきりオタクだと思ってたのに、全然違うんだってことも私はその間に知って、それからどんどん彼を好きになった。
「もうすぐ終わるからさ。一緒に帰ろう」
「うん、そうだね。前みたいに不良に絡まれたら私が守らないと」
「あははは。だから、それは言わないでって」
「ごめんごめん」
こんなじゃれあいが本当に楽しくて、だからそこから一歩踏み出すのが本当に…怖い。だけど、だけどやっぱり私は、
「えとー、あの、だね」
「ん?」
キーボードの上で滑らかに動くコイツの指を見ながら、ちょっとためらった。
だって、声が出てこないんだもん。
「えと、えとだな」
「うん」
にこにこ笑って、コイツは私の言葉を待っている。ああ、いつだってそうだった。
(好き、って言えってば!)
自分で自分を怒って、でもためらって…ってやってたら、
「ここは部員以外立ち入り禁止ですよ?」
中々言葉が出てこない私へ、そんな容赦の無い声が浴びせられた。
「…前田さん…貴女ねえ」
扉のところに、腕組みをしてしかめっツラをした「女の子女の子した」子が立っている。
「そりゃないでしょ、仮にも先輩に向かってぇ」
ムッとしたけれど、そこは抑えて冗談っぽく言うと、
「とにかく立ち入り禁止なんです! 実験の邪魔になりますから、ご遠慮ください」
「こ、こら、引っ張らないでってば! 出て行くからさぁ」
「南さん、またおいでよね?」
私と後輩が小競り合いをしてる側で、なんとものんきにコイツは言う。思わず力が抜けた私の耳元で、
「…先輩には負けませんから」
(…何!?)
ニヤリと笑って前田さんは囁いた。
「先輩が黒井さんを好きなの、バレバレですよ? 気付いてないのは当の黒井さんだけじゃないかなって思っちゃうくらい」
(う…)
「負けない、なんて言ったけど私、先輩になら勝てる自信、あったりして。せいぜい剣道にいそしんでくださいね、それじゃ」
何おううう!? そりゃアンタは確かに華奢で色白で可愛くて…そう言われたって仕方ないかもしれにないと思うけどっ!
ぴしゃりと閉じられた扉の前で、私は拳を握り締める。
(ほえ面かくなよ? 私だって本気になったらなあ、アンタなんぞ)
…女としての自信はちょっと無いけどさ…。
(いかんいかん!)
ちょっとネガティブになりかけて、私は慌てて首を振った。
(とにかく、頑張らなきゃ! 負けてたまるか!)
ともかくこうして私は、月曜日のバレンタインに備えて、戦う決意を新たにしたわけだ。
し、しかしっ!
当日、とりあえず高級っぽいデパートの、バレンタインチョコ売り場へやってきた私は、バーゲンセールにむらがる、まるでゾンビのようなヤツらにもまれて、息をパクパクさせている。
(く、苦しい…。で、でもなんとかアイツへプレゼントするチョコレートを!)
だけど、自慢じゃ全然無かった女の子らしからぬ肩幅も、ここじゃ全然役に立ってないってどうよ? 体力には自信あったのに、明らかに私より細っこいのばっかりなのに、押しのけられない。信じられないけど、人だかりに揉まれて、両手を一杯伸ばしてみたって売り台には届かない! くっそぅぅ!
くきー、とか思いながらチョコレートへ手を伸ばすアタシの目の前で、女どもがとっとと良さそうなチョコレートをさらっていく。
そして…、
(あ、あんなとこに残ってる!)
あらかた売り払われちまって、台のすみにぽつんと一つ、ラッピングのくちゃくちゃになった小さなチョコレートが残っていた。
それに手を伸ばそうとして…。
「うふふ、私の勝ちですね。これだってラッピングしなおせば十分…ふふふふ」
「ま、前田さん!?」
「黒井さんは私がもらいましたよ、あははははっ!」
まさに『突然』現れて、そのチョコレートをかっさらっていった前田さんは、それを片手に高らかに笑いながら、去っていった。
呆然と売り場を見回すけど、バーゲン品じゃないチョコは、高校生の私にはまるで手が届かない。
…力が抜けた…。
家に帰る気にもなれずに、私はそのまま、とぼとぼと売り場を歩く。
で、目に入ってきたのは、
『あの人へ作って見ませんか? 貴女からの愛をこめて』
なーんていう幕の下に置いてある、手作り用チョコの材料だった。
ああ、ほんっとガラじゃない。なんて私らしくないんだろう。
そんでもって月曜日、私はまがりなりにも作ったチョコレートを握り締め、彼の教室へ向かってる。
ロボットみたいに手足をぎくしゃくさせながら…いつも気安く行ってたのに、なんでこういう時に限って動かないんだろ。
彼…優しいから人気があるらしいし。
教室の窓から覗いたら、黒井君の机には、
(…やっぱり)
周りに2,3人の女が群がって、彼にチョコレートを押しつけてる。まったく、私が強く押したら吹っ飛びそうななまっちろいインテリ眼鏡のどこがいいんだろって思う。今時はこんなのモテんの? 物好きな!
…私も人のこと言えないけどさ。
女の子達が手にしてるのは、昨日、デパートで見たような高級そうなチョコばっかりで…。
私は思わず持ってた自分のチョコを後ろに隠してた。
「あ、南さん!」
そのままこっそり自分の教室に帰ろうとしたら、彼の方が私に気づいて近づいて来るんだもん。
「よっ、その…もててんだね」
「いやあ」
私がなんだか泣きそうになるのを堪えて言ったら、黒井君は照れたように笑う。
「だけどさ、ホントに欲しいチョコレートは、まだもらってないんだ」
「そ、か」
私のアタマに、前田さんのチョコレートが浮かぶ。昨日、綺麗にラッピングしなおすって言ってたし、だから、多分そっちのが彼には嬉しいんだろうな。
そこへ、
「せーんぱい! 後ろ手にもってるチョコは何ですか~?」
「う…」
背後からかかった前田さんの声に、思わず私は後ろを振り返る。その瞬間、私の手からひょい、と彼はチョコレートを取った。
「これ…チョコレート?」
「か、返しなさいよ!」
ああ、もうダメだ。きっと今、私の顔は真っ赤になってる。涙ぐんでしまって、高く差し上げられた黒井君の手から
それを取り返そうとしたんだけど、彼ってばこういう時にだけ、
「何でそんな素早いんだよ、このっ!」
「だ、だって」
取り返そうとして、つい格闘していたら、彼は苦笑して、
「試験管みたい。もらっていい? 南さんが作ってくれたんだろ?」
「…うん」
そこで、私の動きも止まってしまった。
「だけどさ…それ、取れなくなっちゃったんだ」
そうだ。昨日私は黒井君のイメージにぴったりな抜き型を探して、なんでだか試験管みたいなのを選んでたんだ。
私にしては上手く出来たんじゃないかって思えて、チョコレートを流し入れて固まるまで待って、さて取ろう、って時に、固まりすぎたのかなんだか知らないけど、叩いても叩いても取れなくなった…。
まさか型をぶっつぶすわけにも、あっためたら取れるだろうけど溶けてしまうから、そんなわけにもいかないだろうし、
「だから、さ…」
「いいよ。ちょっとだけあっためて食べる。そしたら取れるって。ありがとうな」
「……」
私は何も言えずにうつむいたまま、頷く。すると、
「そんなのより、こっちのチョコのがいいですよ! ほら、見てください。綺麗にラッピングして」
「前田さん…!」
前田さんの言葉に、私もびっくりするぐらいに、黒井君は厳しい声で言った。
「僕の欲しいのは、市販のより、南さんが作ってくれたこのチョコなんだよ。人が一生懸命作ったものを『そんなの』呼ばわりする人のは要らない」
みるみる青ざめていく前田さんに彼はフッと表情を柔らかくしながら語りかけた。
「この際だからはっきり言わせてもらうよ。僕は君のそういうところが苦手だったんだ。確かに、僕のためにチョコを用意してくれたその気持ちは嬉しい。そういう高そうなチョコを用意するくらいだから本気なんだと思う。でも、だからって他人を貶めていいとは僕は思わない。ごめんね」
毅然とした態度で宣言した彼の姿は、私がこれまで見たことのあるどんな男性よりカッコよかった。
ああ、もうダメだ。
嬉しさの種類が違っても涙って出るんだなあ。私は俯いたまま、目からポロポロ涙を出しまくった。
「わ、なんで? ごめんごめんっ! 泣かないで!」
黒井君が慌てて差し出してくれた白いハンカチで、拭っても拭っても涙と鼻水は出てきて…。
「やっほ!」
「やあ」
それからも、私の科学室への訪問は続いた。日差しもどんどん暖かくなって、
「春だねえ」
「そうだねえ」
黒井君と私が挨拶を交わすと、前田さんはむくれたような顔をして目を逸らしてしまう。
それへ苦笑して、
「はい、差し入れ」
私は黒井君の席の隣へ座って、購買で買ってきたクリームパンを差し出すのだ。
そしたら、
「今度さ、一緒にどこかへ行く?」
「え?」
にっこり笑ってさらっと言うもんだから、その意味が一瞬、理解できなかった。
黒井君はクスクス笑って、
「空いてたら、でいいんだ。一緒にデートなんてしてみる?」
…彼の瞳に、目を丸くしたまま顔を赤くした私が映ってる。
FIN~