…でも、言いたかったんだ。 True End
あれから十年。
俺の傍には、ちょっとふっくらとした印象のある顔があったかい印象をもたせる女性と、その女性によく似たまん丸で赤いほっぺがたまらなく可愛い女の子がいた。
結婚したんだ。
妻は、どこか「彼女」に似た雰囲気を持った女性だった。決して彼女の代わりってつもりじゃなかったんだけど、店長に請われて今度は正社員として戻ったあのガソリンスタンドでなぜか気が合った常連のお客さんがそうだったんだ。
だけどもう、あの「症状」は出ない。
別に大学に行ってそれなりの学歴を得て正社員になったからってわけじゃないと思う。
大学行っても結局は大学のレベルで判断されるんだ。中卒でも、高卒でも、大卒でも、人間の価値をそういうのでしか見ない奴は結局は学歴とかを理由にして他人を見下して自分が安心したいだけなんだって、大学に行ってみて実感したからかもしれないけど、いつの間にか自分の「過去」も受けとめられるようになってた。
店長も言ってくれてたな。
「お前だったら、あのまま中卒でもいずれは正社員として迎えてたよ。こういう仕事はな、実績が大事なんだ。いかに真面目にやってくれるかが大事なんだよ。仕事を軽く見てる奴は、どんなご立派な学校出てる奴でも要らねえ。学歴で待遇を決めるところも確かにあるが、うちみたいなところもある。これも社会の実態なんだぜ。今は特にそうだ。一流大学出のニートだって珍しくねえ。その中でお前はきっちりやってくれてる。確かにうちも厳しいから給料はそんなに出せねえが、感謝してる。胸を張れ」
ってね。あの頃から店長はこんな感じで言ってくれてたのに、俺自身が卑屈になって耳を塞いでたんだなって今なら分かる。
それに加えて、妻となった女性のおかげもあるかもしれない。
昔の俺の写真を見て、
「若気の至りってやつだね」
と、彼女そっくりな笑顔で言ってくれるんだ。身も蓋もないけど、確かに妻の言う通りだなって。
その妻と娘を連れて、「彼女」とは結局行くことのなかった超有名テーマパークに来てる。
すると、数限りなくいる観客の中に、なぜか一瞬で見つけてしまった見覚えのある姿。
『綾さん…』
以前よりもっと大人びた感じになって、もっと綺麗になった彼女は、胸に赤ん坊を抱いてた。その彼女の隣には、六歳くらいの男の子の手を引いた男性。あの日、ホームで見た男性だと分かった。
『そうか…幸せなんだな』
遠目に見ただけでも分かるあったかい空気感にホッとしながら、俺は今度こそ彼女に気付かれないうちに背を向けていたのだった。
言いたかったことは、もう、あの時に伝えていたから。
今はただ、彼女と出会って、彼女を好きになれたことに感謝してるんだ。
あれも、今の俺になるためには必要なことだったと、素直に思えるんだよ。