表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
青をあつめる  作者: せせり
17歳
16/35

4

        *


 細い、針のような雨が降っている。

 苑子の傘が。鮮やかな青が。跳ね飛ばされて、転がっていく。

 目が覚める。頭が鈍く痛んでいた。涙が頬を伝っていく。

繰り返し、繰り返し、見る夢。いつも、泣きながら目を覚ます。声も上げない。嗚咽もない。ガラス窓を伝う雨のしずくのように、ただ、流れ落ちていくだけ。


       *


「かーほっ」

 唐突に、後ろから抱きつかれた。亜美だ。亜美は、ぎゅうっと、私の腰に回した手に力を込めた。登校して、下駄箱で靴を履き替えているところだった。

「おはよう亜美、痛いって」

「あたしの愛は痛いのだ」

 苦笑して、そっと、亜美の手をひきはがす。頭痛はだいぶやわらいでいた。朝飲んだ薬が効いてきたのだろう。起きたときから雨の気配があった。窓の外を見ると、案の定、曇っていた。頭痛は雨が近いせいか、それとも、あの夢のせいか。

「果歩、今日もすっぴんだね」

 亜美が私の前に回り込む。

「高校生なんだし、すっぴんなのは当たり前でしょう?」

「果歩の、そういう真面目なとこ、嫌いじゃないけど。でも、もうちょっと遊んでみてもいいのに」

「遊ぶ?」

 校舎の階段を登って行く。亜美は弾むように駆けあがって、私を追い越した。

「チャラチャラするって意味じゃないよ? うーん……。うまく言えない」

 あたしって語彙力ないからさあ、と、亜美は自分の短い髪をわさわさと掻いた。その瞬間、きらりと、何かが光った。

「亜美。ピアス」

 あ、と、亜美は左耳に手をやった。

「外すの忘れてた」

「なんでピアスなんてつけてるの。珍しい」

 アクセサリーの着用は、もちろん校則違反だ。とはいえ、教師が厳しいわけではなく、そもそも枠からはみ出したがる生徒がいないから、皆、空気を読んで、あえて派手に着飾らないのだ。

 亜美の隣に並ぶ。男子生徒ふたり組が、猛ダッシュで私たちを追い抜いて行く。

「これさ。彼の真似なんだよね」

 亜美はピアスを撫でた。小粒の、コットンパール。

「彼?」

「ん。片思いなんだけど。ていうか名前も知らないんだけどね、朝、電車で一緒になるんだ。野之崎工業の制服でね、何年生なのかわかんないんだけど……。ピアスしてて」

 亜美はうっすらと頬を赤らめた。

「だからあたしもピアス開けてさ。気づいてほしくて、彼のそばに立って。電車降りてから、駅のトイレではずすの」

 だから何って感じだよね、と、亜美は、彼女にしては珍しく、自虐めいた笑みを浮かべた。

「そろそろ。思いきって話しかけてみようかなって、思ってる」

 そっか、と、私は、亜美の背中をぽんと叩いた。

「頑張って」

「うん」

 好きなひとのために、まっすぐに頑張れる亜美が。少し、まぶしい。

「果歩はさあ、いないわけ?」

 亜美は、話の矛先を私に向けた。ふたり揃って教室へ入る。何も答えず、まっすぐに自分の席へ向かう私に、亜美はなおもまとわりついてくる。

「理一先輩? それともやっぱ、あの幼馴染くん?」

 どさりと、荷物を机に置いて。真顔で、目の前にいる亜美の丸っこい目を、じっと見つめる。亜美の瞳は澄んでいる。澄んで、きらきらと輝いている。

「どっちも、ないから」

 ハルとの関係を勘繰られたことは、亜美以外の人からも、何度かある。だけど、理一先輩のことを言われたのは初めてだ。

「先輩は天敵。ハルは、手のかかる弟。それ以上でも以下でもありません」

 淡々と告げると、亜美はリスのように頬を膨らませた。

「つまんないのぉー」

「ごめんね、面白い話題を提供できなくて」

「ん。でも、さ。理一先輩のほうは、果歩に気があると思うけど」

「え?」

「ん?」

 あたし何かおかしなこと言った? と、亜美の顔に書いてある。いや、おかしいから、と、私は言った。

「どこをどう解釈すれば、そういうことになるわけ?」

「見たまま、感じたまんまだよ? 果歩にだけ細かくダメ出しするし、何かと気にしてる」

「それは私があまりにダメだからでしょ?」

「ていうか幼馴染くん、来たよ。髪。ちょこっと跳ねてるね」

 いきなり、ころりと話が変わった。亜美の視線の先、気だるげに教室に入ってきたハルが、大きなあくびをかましている。

 久々の寝癖。中学の頃は毎日のように跳ねていた髪も、この頃は落ち着いていたのに。

 ハルのほうを見ないように、スクバからテキストを取り出して机に仕舞う。亜美は、にやりと笑った。

「島本って、たまーに、髪、ぴょこんと跳ねてんの、カワイイよね」

「は?」

「なんてこと思ってる女子もいるかもよ? 果歩のほかにも」

「ちょっ……。私は別に、そんなこと思ってないから」

「はいはい」

 亜美はいつもそうだ。私をからかっておもしろがって笑う。

「怒った? 怒った果歩? ごめんねー」

 笑いながら私の頬を指でつついてくる。もう無視することに決めた。

「お似合いだと思うのになー。幼馴染は鉄板でしょ、やっぱ」

「あのね。ほんとに、ありえないから。もう、そういうこと言うの、やめてね」

「自分こそ。いつまでもそんなこと言ってると、誰かにとられちゃうよ?」

 そう告げた亜美の声は低く落ち着いていて。何も答えない私の頭を、慰めるようにぽんぽんと撫でた。

――亜美。ハルにはもうひとり、幼馴染がいるの。

 心の中で、そっと。明るくて気のいい友人に、そうつぶやく。

 ハルはもう、誰のものにもならない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ