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青をあつめる  作者: せせり
13歳
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 つぎの日も、ずっと雨は降り続いていた。降っては止み、止んでは降り。明るい陽の射さない、見ているだけでため息がもれるような、淀んだ空。

苑子は、ハルに手紙を渡した。……らしい。私はその場に居合わせたわけじゃない。それどころか、苑子本人から報告されてもいない。

 ハルに聞いたのだ。

 夕方だった。うちのドアの前で、ハルは私を待っていた。ジーンズのポケットに両手をつっこんで、背中をまるめて、そわそわと落ち着きがない。私に気づくと、ほっとしたように表情をゆるめた。

 私は近所のスーパーから帰って来たところだった。お母さんから、帰りが遅くなると連絡がきて、私が夕ご飯をつくる羽目になったからだ。お父さんも仕事だし、お姉ちゃんも部活で遅い。帰宅部で塾にも行っていない私だけがヒマ人だから、当然、こうしてちょくちょく家事を手伝わなきゃならない羽目になる。

「何してんの、ハル」

「ちょっと、相談っていうか……。でも、いいや。いまからメシつくるんだろ?」

 私が手にしているエコバッグを見て、ハルが申し訳なさそうに眉をさげた。

「べつにいいよ? すぐできるし」

バッグの中身は、ひき肉と豆腐と、麻婆豆腐のもと。残念なことに、私は料理が絶望的に下手で、冷蔵庫にあるものを適当に組み合わせて、ちゃんと食べられるものを仕上げられるスキルがない。だけど、さすがに「もと」を使えば、失敗はない。あとはインスタントのたまごスープでも添えればいいだろう。

「とりあえず、中、入れば?」

 ハルはこくりとうなずいた。

 ハルをリビングに通す。冷蔵庫に食材を仕舞い、お湯を沸かす。雨のせいで冷えるから、冷たい麦茶より、きっと、あたたかい飲み物のほうがいい。

 ひさしぶりだな、と思う。隣同士だし、鍵っ子同士だし、互いの家を行き来するのはしょっちゅうだったけど、中学にあがってからは、そんなことはめっきりなくなっていた。

 苑子は女子だからいいけど。ハルは、さすがに。

 ソファに座ったハルの顔は固い。テーブルに、コーヒーのマグと砂糖のポットを置いた。

「どうぞ」

「ありがと」

「インスタントで悪いけど」

 私がつくるものは、大抵インスタントだ。便利な世の中で良かった。

 私もソファに座る。はしっこに。できるだけ、ハルとの間に距離がほしい。昔は、なにも考えず、隣に座ったのに。

 沈黙の中、コーヒーの湯気が漂って部屋を満たす。自分のマグに手をのばしたところで、ハルが、「あのさ」と、切り出した。

「苑子に、その」

 苑子。

「もう? もう、もらったの?」

「……。なんで、知ってんの」

 そりゃ、話は聞いてたわけだし。だけどまさか、こんなにすみやかに行動を起こすなんて思わなかった。

「どうしよ、俺。こういうの、はじめてだし」

心臓がどくどく音をたてていた。ゆっくりと息を吸って、マグを両手でつつみこむ。

「つきあえばいいじゃん」

 冷静に。冷静に。

「ハルだって、好きなんでしょ? 苑子のこと」

 ハルは。ゆっくりと、うなずいた。ばかみたいに赤くなっている。首すじも、耳たぶにいたるまで。ばかみたいに、赤く。

「でも俺、彼氏とか彼女とか、そういうの、わかんねーし。何すればいいわけ、つきあうって」

 ほんとにばかだ。

「私だってわかんないけど。……一緒に帰るとか。一緒にどこか出かけるとか。とにかく一緒にいればいいんじゃない?」

 お互い、好きなんだし。両想いなんだし。

 手の中のマグカップの、茶色い液体が、揺らめいている。

「自信ないんだ。なんで俺、って。亮司みたいにイケメンでもないし、取り柄があるでもないし」

「バカじゃないの、あんた」

 ぴしゃりと。殴りつけるように、言いすてた。

「堂々としてなよ。苑子はハルがいいの。ハルじゃなきゃダメなの」

 ハルが顔をあげて私を見た。いつもの眠そうな目じゃない。まるで、大事ななにかを見つけたような、光のともった目。

「わかったならさっさと帰って。私、今から麻婆豆腐つくるんだから」

「あ。ご、ごめん」

 ハルは律儀に、コーヒーを一気に飲み干して、流しに運ぼうとしたから、「いいから」とマグを奪った。

「ごめん。果歩」

「ん」

「ありがとな。なんか、ふっきれた」

「いいから帰れって」

 しっしっ、と、野良猫を追い払うようなしぐさでもって、ハルを追い出す。ほんとに、はやく帰ってほしかった。

 麻婆豆腐をつくらなきゃ。はやく。

 ひとり残されたキッチンに、しずかに降り注ぐ雨の音。夜の気配が迫ってきて、私はその場にうずくまった。

 

 ハルと苑子のことは、三日もしないうちにクラスメイトたちのうわさにのぼった。

「いつも寝ているひと」という認識しかされていないハルと、おとなしくて目立たないけど「実は」かわいい苑子。バスケ部エースの杉崎くんを振って、ハルとつきあうだなんて。どういう経緯でそうなったのか、みんな、本人たちじゃなくて、ふたりの幼なじみの私に聞いてくる。

 普段から、みんなにいい顔をして、嫌われないように愛想笑いを振りまいてきたから。だから、そういう役目がまわってくるのは仕方ない。

「小さい頃から一緒にいるから、そういう気持ちになるのも自然なんじゃない? 知らないけど」とか、「ハルはああ見えて優しいとこあるから。苑子には、特に」とか。「どっちが告ったかなんて知らないよ。ただ、時間の問題だとは思ってたけど」とか。適当なことをその場しのぎで答えるたびに、鋭い棘が自分に刺さって。自分で自分にナイフを突き立てているみたいで。痛かったけど私は笑っていた。

 苑子は、もう、私とは一緒に帰らない。登校するときだって。苑子と待ち合わせるのは、私じゃなくてハル。ハルは、苑子のために、苦手な朝を克服している。親や近所の大人たちに知られたくないからって、わざわざ団地の外で待ち合わせをしているらしい。

今朝。ふたりが、並んで、お互い目も合わせずに、ぎこちなく坂道を下って行く姿を見た。もっと早起きしなかったことを、私は悔やんだ。

 ハルに苑子をとられた。恋愛なんて興味ない、わからないって、ふたりして言い合ってたのに、いつの間にか、遠くに行ってしまった。苑子も。ハルも。

私ひとり、取り残されてしまった。だからこんなに胸が軋むんだ。私は、そう、自分に言い聞かせていた。

 ガラス窓を雨のしずくが伝っている。帰りのホームルーム。期末考査一週間前、部活も休みになるが、ちゃんと真面目に勉強するように、と。先生が言っている。

 さよならの挨拶をして、一日のカリキュラムが終わる。とたんにざわめく教室、苑子がまっすぐに私の席へ来た。

「果歩ちゃん。帰りに、図書館に行って、一緒に勉強しない?」

「ハルは?」

「ハルくんも。三人で」

 はにかむような笑顔。恋をして、ますます苑子は、綺麗になった。

「じゃ、いい。おじゃま虫だもん」

「果歩ちゃ……」

 ごめん、と、あわててフォローする。無意識に、きつい言い方になってしまった。

「果歩っ!」

 明るい大きな声が私を呼ぶ。教室後方のドアに寄りかかるようにして真紀が立っていて、目が合うと、笑顔で、私に手招きした。

「真紀ちゃんたちと約束してたんだ。ごめんね。苑子はハルとふたりで勉強でもなんでもして。私に気をつかわなくて全然いいから」

 とっさに。早口で。そう言った。嫌味っぽく響かなかっただろうか。

 私は自分のスクバをつかむと、真紀のもとへと駆けた。



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