魔性のおこた
リハビリ作なので、気軽に読んでいただければ幸いです。
どこにでもあるような、とある一軒家に兄妹が慎ましく会話していた。
「私はついに気づいてしまったのだ、妹よ。」
「あーうんうん、スゴいね。」
私は騒がしい兄に構うことなく、だらだらと寝転んでいた。
「人類はおこたと最低限の食料があれば、恒久的な平和を得られるのだよ。」
「あほくさ。」
熱狂的に話す兄に対して、私は冷めきった態度で対応する。
「妹よ。全ての真理は、このおこたにあったのだよ。」
しかし、兄はその熱意を冷ますことなく、語ることを止めない。
(またいつもの話だ.....)
事の発端は二人が入っている、少し長めの布団が敷いてある正方形のテーブルが原因だ。
元々ウチは両親が海外に出張することが多い。
だからこの冬のシーズンになる度に新しい暖房器具を買いそろえてくれてるのだが、この物好きの兄はわざわざ、近所の中古ショップでこたつとやらを買ってきたのだ。
「うるさいな。彼女にでも自慢すればいいじゃん。何で私ばかりに言ってくるのよ。」
兄はかなりのイケメンで、スタイル抜群、文武両道、通っている大学では女の人からラブレターを山ほど貰っている。
その上ご近所さんからの人望も厚く、この前だと商店街で八百屋をしている駿さんから、ミカンを10個くらい貰ってきていた。
家に居なくても、兄には居場所なんていくらでもあるのにさ。
「家族だからに決まっているだろう。このおこたには、入るものとの絆を深めると聞いた。だから一緒に入っているのさ。」
おこたに入って体が暖まっているせいか、心底不思議そうにしている兄に怒りを覚えた。
「それに、彼女なんているわけないじゃないか。私みたいな変わり者は妹しか、親しい女性はいないのさ。」
─────違う。
兄は嘘を吐いている。だって私以外に接するときは、そんな変な口調は使っていない。
途方もない憤りを感じて、私は堪えた。いつもみたいに誤魔化せばいい。
────なのに.....怒りはとっくに有頂天を通り越していた。
「なんでそういつも私に構うのよ!私なんかに構わず、彼女とどこかへ行けばいいじゃない!!」
気づけば叫んでいた。この部屋全体に響くくらい大きな声だった。
私は兄が嫌いだった。兄はもう自分の幸せをもう見つけているのに、それをいつも私に付きっきりで幸せを掴もうとしない兄が大嫌いだ。
だから決して、兄さんに顔を会わせることはしない。
だって、たぶん私泣いてると思うから。こんな情けない私、絶対に見られたくない。
「沙良.....本当なんだ。」
兄さんは普段見せない様子で、弱々しく、声が震えているような気がした。
「本当の私は臆病者さ。本心を他の誰かに見られるのが嫌だから、こんな話し方は沙良にしか言えない。」
「だから彼女なんていないし、友達だって少ない。」
今、兄さんがどんな顔をしているのか分からない。でもきっと私みたいに悲しんでるのかもしれない。
「なにそれ.....分かんないよ。兄さん完璧なんだから嫌われるわけないじゃん。」
私は兄さんみたいに勉強や運動が出来ないし、いろんな人と打ち解けられない。
そんな兄さんが、私みたいに何かに悩んでるだなんて信じたくなかった。
「私は不完全な人間だよ。完璧な人間なら妹を泣かせたりなんか絶対にしない。」
「ッ!?」
不覚にも顔が真っ赤に染められてしまった。
自分の気持ちを悟られないため、私は全力でおこたの中に潜り込んだ。
「沙良も色々悩み事だってあるのに無神経に振る舞ってすまない。」
悩んでた自分が馬鹿みたいだ。完璧な兄さんだって色々抱えてるものがあるのに気づいてあげられなかった。
私はすぐにおこたから出て、兄さんに向き合った。
「気にしてないっ!それよりも早くミカン食べよ!まだ残ってるやつあるでしょ?」
「.....そうだね。おこたにミカンがあれば、誰もが笑顔になって打ち解けられる魔法になるのだよ。」
「うん!」
おこたは、最新の暖房器具より温かくはない。
けれど、おこたのおかげで私の冷えた心が完全に溶けたような気がした。