第七話 貞操と命のピンチが同時に来る
「おまわりさん! じゃなかった騎士様助けて!」
恥も外聞も捨てて俺は眼鏡と騎士団長に助けを求める。ヤベェよヤベェよ。ここ牢屋だよ逃げ場ねえよ。俺の命と尊厳を守れるのはこの二人の男達にかかっている!
牢の奥の壁に張り付きながら俺は翼の生えた女を指差し叫ぶ。
「この人性犯罪者です!」
「…………は?」
眼鏡騎士が間抜けな声を出して女を見、騎士団長のおっさんは眉間を揉んだ。
「ちょっとテリオン、せっかく助けに来たのにそんな言い様は無いでしょう。誤解されちゃうわ」
「事実だろがこのアマゾネス! というか何であんたがここにいるんだよ、デネディア!」
「私、アーロン王国担当の大使になったの」
「ぎゃあああっ! ホンット最悪だコレ!」
「ほ~ら、そういう訳だから我が儘言ってないで帰りましょうねぇ、テリオンちゃ~ん。大使用の屋敷は広くて豪華よ」
「嫌だ! 俺はこの牢屋で暮らすわ! お前と同じ屋根の下に行くぐらいなら豚箱の中で臭い飯食ってる方が脱走できる分まだマシだね!」
耳朶を撫でるような甘ったるい声を発しながら鉄格子越しに手招きするデネディアから逃げるように、俺は牢の隅に移動する。
「さっきから何を言って……」
「オメェ、バッカ、知らねえのか眼鏡!」
「め、眼鏡……」
「そいつ魔翼族だぞ!」
「魔翼族? ただの有翼族ではないようですが……それにしても美しい方だ」
「ありがとう」
この眼鏡、叱責されてたのを忘れてデネディアに色目使ってやがる。いい加減な事言ってあやふやにしようとするつもりなら対したタマであるが、それ以前の問題として相手がヤバイ。隣の団長さんは頭痛そうにしてるぞ。
「あんた、魔翼族知らねえの? そいつら、男を一滴も残らず絞り尽くしてから殺すんだぞ」
魔翼族――昔は魔天族と呼ばれていた人族の中でも上位に位置する種族だ。老いを知らない美貌と背中に翼、膨大な魔力を持つ。そして、女しかいない種族だ。
魔翼族は他所から年若い男を攫っては子種を絞り尽くし、用が済めば殺すか奴隷にしていた恐ろしい種族なのだ。
「止めてよテリオン。それはフージレングに入る以前の大昔の話であって、今はそんな事してないわよ」
「お前当時から生きてんじゃん! 長命種族のジー様バー様なんてバリバリ覚えてんぞ!」
魔翼族は他の最上位に位置する種族同様に寿命がなく外的要因が無ければ死なない。なんともデタラメな種で、彼女らが公国に加入する以前から生きている年寄り連中には未だに恐怖と恨みの対象だ。
それなのに未だ図々しくしているのも、魔翼族がぶっちゃけ強すぎる故だ。かーっ、お目溢ししてもらえる程強いとか羨ましいわーっ! 牢屋にぶち込まれた俺と違って人生さぞ自分勝手に生きられるんでしょうよ!
「何だかいきなり恨みの篭った目で見られてるけど、私としては大事な公国の民を何時までもこんな所に置いておきたくないのです。早く鍵を開けてくださらない?」
「し、しかし……」
ごねようとする眼鏡だが団長が話が本筋に戻ったのを見計らって口を開き有無を言わせない感じで低い声を出す。
「彼、テリオンが持つ種族的特徴と持ち込んだ薬品については学園ひいてはアーロン王国に認められている。その中身についてもな。そもそも貴様独自の判断で逮捕する権利など無く、騎士団の信用を落とした責任は重いぞ」
「ち、違うのです団長! これには――」
「追って沙汰を出す。その間、貴様を拘束する」
後ろに控えていたのか、騎士達が眼鏡野郎を拘束して連れ去ってしまう。
「え、なに? 行っちゃうの? 俺、牢から出されちゃう訳? もっと頑張れよ眼鏡! この女がこっち来ちゃうだろうがよ!」
「私、助けに来たんだけど?」
獣の口に飛び込む趣味はねえ!
牢屋の中から半ば無理やり出されて、団長とやらに謝罪された。が、そんな事はどうでもいい。冤罪だろうと何だろうと安全な場所から出されてしまった今の状況は非常に危険だ。二重の意味で。
ゆっくりと街の通りを進んでいく馬車の中、俺はデネディアの対角線の席に座っている。
「はい、これ」
「どうも」
デネディアから淡く光る青い液体の入った試験管を受け取る。眼鏡騎士が怪しげな薬と言って人の部屋から勝手に持ち出した物だ。
「気をつけてね。万が一誰かが飲んだら破裂してたわ」
「はいはい」
俺にとっては栄養剤ではあるが、ちょっと普通の人には劇物である。エルフとかならギリなんだけどな。
「もう、せっかく助けたのに不機嫌そう。感じ悪いわよ」
「悪くもなるだろ。学園なんて嫌だけど変態どもから逃げられるならまだマシかなと思ったが、筆頭の一人がこっち来てたら意味ねえってーの」
「聞こえてるわよー」
「聞こえてるように言ってんだよ。あんのクソエルフ、役に立たねえ」
「仮にもフージレングの代表である公爵に酷い言い草。でも役立たずって言うのには同感ね」
デネディアの顔は笑顔だが最後の言葉には棘があった。
「元より私達は貴方が国外に出る事は反対だったの。現にまだ一ヶ月も経っていないのにこの騒ぎでしょう。うっかり公爵暗殺を目論んじゃった」
「文句なら星詠みに言ったら?」
「勿論言ったわ」
クーデター発言は無視してある意味元凶と言える星詠み達について言ったら、笑みなのに妙実し難い顔が返ってきた。そーいや、魔翼族と星詠みの連中は仲が悪かった。これ以上薮を突っつくのは止めよう。
デネディアは溜息をついて表情から笑みを消して心配そうな顔を向けてくる。
「テリオン、貴方は私達の……いいえ、魔翼族だけじゃなくて多くの種族にとっての希望なのよ。オーメルに諭されたからと言っても軽挙な行動は謹んで欲しいわ」
「あーはいはい」
「もう、またそんないい加減な返事をして。どうしてそんな嫌がるのよ。普段から楽して生きたいって言ってるのに、私達の所に来れば一生不自由しないわよ? 夢のヒモ生活が待ってるわ!」
「自由意思でヒモしてなきゃ意味ねえんだよ! やるなら何のデメリット無しに楽したいんだ!」
「ヒモ以上に屑い事言ってる自覚ある?」
「少しでも身銭を切ったらチートじゃ――っと、おい、ここで下りる。馬車を止めてくれ!」
窓から学園の塀と門が見えたので御者台に向かって馬車を止めるよう言う。
「えぇ~っ、もう帰るの? 屋敷で一緒に夕食を食べようと思ってたのに」
「何されるか分からんからヤダ。じゃあな」
引き止めようとするデネディアを無視して馬車を下りる。後ろからデネディアが不満そうに未だ何か言ってるが放置だ放置。
学園の門に行くと守衛だけでなく騎士もいたが、話は既に通っていたのか謝罪ついでにあっさり通してくれた。
冤罪とかもうデネディアの登場でどうでも良くなったので気にしてないですよー、と器の大きさ(上っ面)を示して俺は学園の並木道を歩く。
明かり一つない暗闇だが、軽い肉体改造で暗視程度は持っているので支障はない。別にその場限りに変化させるだけじゃなくて、普段から変化させ体に馴染ませながら改造している。骨を頑丈にして筋肉の出力を高くし、五感を発達させている。それでも獣人とか肉体自慢の種族には負けるんだよなぁ。五感の強化もそこそこ程度だし。昔、無理に弄ろうとしたら頭破裂するかと思う程の情報量で寝込んでしまった
どんだけデカイんだよこの学園はウンザリしながら並木道を歩いていると異臭がした。
何これ。何かが燃える臭い? 誰か火遊びしてんのか? あとイオンっぽい臭いもする。
「火事か?」
普通なら野次馬根性を発揮するところだが、住んでる学園で起きたなら他人事じゃないな。間抜けが魔法の練習で放火したのか本当の火事なのかせめて確認しておこう。あれ? これって結局野次馬と変わらないのでは?
まあ、いいか。あっちから臭いがし――森の方向を見た瞬間、森の中で爆発が生じた。
「あっれ? やばくね?」
明らかにあれって戦闘が起きてるよね。樹木がボールみたいに跳ねたり爆発が連続して生じている。やっべ、学校でテロリズムなんて漫画かよ。
「先生……いやここは騎士か。働いてもらわんと」
信用は今日一日で大分落ちたが、あの眼鏡だけだと思うようにしよう。というか誰が今戦ってるんだ? 騎士か?
校舎と門、ここからだとどっちは同じ位離れているが、門の方に行こう。
走ろうとしたが、爆発ではない大きな衝撃が森の中で起き、何か巨大な物が木々をなぎ倒しながら並木道へと突っ込んでくた。
慌てて立ち止まり、転がり込んできたソレを見る。二階建ての一軒家程の体躯にゴリラみたいなマッチョな手足を持った黒い牛みたいな生き物だった。全身に切り傷と抉れたような箇所がいくつもあり、そこから血が流れることはなく霧のような物が漂い出ている。
こいつ魔導生物だ。交流会の事件と何か関係があるのか?
その時俺は後ろ足の一本を無くして起き上がろうに失敗しているその魔導生物に気を取られて周囲への注意を怠ってしまっていた。
魔導生物は一体だけでなく複数いたのだ。森の方から同型の魔導生物が現れ、俺がそれに気づいた時には既に腕を横薙ぎに振るっていた。
進行方向にゴミがあったから払ったような雑な攻撃。実際俺は放り捨てられた空き缶のように吹っ飛んで並木道を何回転もして転がった。
ようやく止まったところで、体が動かないまでも丁度頭は魔導生物達の方に向いている。丁度その時、森の中から二人の少女が現れて魔導生物と戦い始めるのが見えた。
片方が俺の所に駆けつけてくる。というか飛んで来た。赤毛で背中に光る翼が生えた少女――こいつ王女じゃねえか! また狙われたのかよ面倒な!
バリバリ戦っているのは王女の傍によくいた金髪の方だ。複数の巨大な魔導生物の体を剣で切り裂きながら魔法でバンバンやってる。何だアレ強ぇ。でも続々と現れる魔導生物達に数で若干押されている。
あっ、一匹こっち来た。王女が背中の翼を広げて魔導生物の顔面を殴った。えっ、それ拳になんの? というか実は翼っぽい手だったのか?
魔導生物も負けてねえ。果敢に王女に向かって殴りかか――おっ前ッ、二本足で立てんのかよ! ジャブとかやってるし! 王女は王女で左の翼で受け流しながら右ストレート! しかし魔導生物これをしゃがんで避ける。
――はっ、いかん、実況みたいになっとる。これってあれだよな、怪我した俺を王女が庇って防戦になってんだよな。この戦うヒロインの後ろでバトルの実況やってる主人公的ポジション……リアルでクズじゃん! 漫画の主人公なら後で覚醒展開だけど、約束された主人公補正が無い俺はガチクズじゃん。
ヤベエェよ。ざっと確認したところ左腕が粉砕骨折して衝撃で右肩の関節外れ、肋骨にヒビが入り、魔導生物の爪に引っかかってドバドバ血を流してるからって男の遺伝子的に弁護不可能じゃん。
怪獣VS鉄拳王女みたいな光景が目の前で行われている中、痛みに我慢しながら右肩の筋肉を意図的に動かし無理やり関節を嵌める。
言葉に出来ない程に痛い。アドレナリンを分泌させて痛みを和らげているが問題として興奮してしあの魔導生物絶対にぶっころ。
胴体と左腕の再生は後回しだ。多少痛みがある方が気付けになる。その間に右手でポケットの中を漁り、デネディアから返して貰った試験管を取り出す。歯で蓋を開け、体に悪そうな青色の光る液体を飲み干す。
「――ぎ」
飲み干して数瞬、俺の体内に置いて爆発が起きた。
魔翼族――世界的にヤバイ種族。男を誘拐しまくり邪魔する奴はぶっ殺しまくり。親が子供を叱る時に「魔翼族が来るよ」と持ち出される程で、実際に拐って行く。
魔翼族「公国が出来る前の話だし。今は反省して大人しくしてるし」
ハイエルフ「爆弾を埋めただけなんだよなぁ。しかもこいつらだけじゃないって言うね」