第六話 おまわりさん助けて
『真犯人はお前だ!』とでも言いたげなポージングで俺を指差して来るアクセル。人を指すなボケがブン殴りてェ。
いや待て落ち着け。いきなり人を犯人扱いするアホに怒りのまま怒鳴りたいところだが、この手の馬鹿は下手に怒ると図星を突かれたと勘違いして調子づくタイプだ(決めつけ)。
ここはこちらが大人になって冷静に話を聞いてやろうではないか。
「あー……何でそんな結論に至ったのか教えてくれないか?」
「見てた子がいたんだ。勿論、それが誰かは言えないけど」
何を見たんだよ。そこが一番肝心だろうが。次に誰が見たかね。信用できるかどうかって重要だし。
「何をだよ」
「君がリズベット王女の翼に攻撃されているのを確かに見たんだそうだ」
「ふーん……で? もしかしてだが、それだけで俺を犯人扱いしてる訳じゃないよな?」
「とぼけないでくれ。王女はあの時、生徒達を襲う『敵』を対象に羽を展開させた。そして魔導生物と同時に君を狙った。君はあの時点でまだ魔導生物を隠し持ってたんじゃないか? それか君は…………」
君は、じゃねえよ続き話せよ。思わせぶりな事言いつつ実は何もないんじゃね? それともカマかけ? どっちにしろそんな曖昧な表現じゃ裁判に勝てませんなぁ。
何かどっと頭が冷えた。面倒だがここで帰ってもしつこそうだし、変に犯人だと吹聴されてもウザいのでちょっと論破してみよう。……論破というか常識だが。
「それって、護身用だったらどうする訳だ?」
「え…………」
凶暴な獣が意図的に放たれました。なのでペット持ってる奴が犯人です。
そんな事言ってるのと同じだぞ多分。
「直接戦闘が苦手な魔法使いが護身用の魔導生物を持ち歩くなんてよくあるぞ。少なくともフージレング公国だと、そういう風にしてるのが結構いる」
「誤魔化しても無駄だぞ。君の指が異形化したのを見た子がいるんだ! 君自身が魔導生物なんじゃないか? 俺は誰かが王女暗殺の為に送り込んできたんじゃないかと疑ってる」
「はーん」
小指で耳の穴をほじくる。
目撃者と聞いて、もしかしてあの狐耳の獣人の少女か? 交流会にいなかったと思うが、彼女には指どころか肘から先を変化させていた場面を見られているので裏付けには十分か?
それよりも大した陰謀論だ。で、誰がどうやって国営の学園に暗殺者を送り込んだって? しかも俺、フージレングからの正式な留学生だぞ。身元ははっきりと保証されてるんだけどな。
その辺りをイチイチ説明するのも億劫だなオイ。
「俺、デミファクトの血引いてんの。分かる? デミファクト」
「デ、デミファクト? い、いや、知らないが」
「まあ、フージレングでも数少ないからしょうがねえか。魔導生物を祖する種族だよ。主人を失った魔導生物がそのまま自由意思によって生活して普通に子供産んで育てて子々孫々と続いた人族ね。一応言っておくけど、ちゃんとステータスの種族欄でも載ってるから」
ステータス魔法はこういう証明の時に非常に便利だ。何故なら、ステータス欄に載っているという事はつまり神が認めたという事なのだから。
カイザーほにゃららは独自にステータス魔法を作り上げたが、その肝心の基準を決めるのに苦労したらしい。そこで彼が取った行動とは、そこら辺をとある神様にまるっと放り投げる事だった。そして気前の良い神様の判定によって名前と基準が決められた。これに文句を垂れるという事は、神に喧嘩売ってるのと同じである。少なくとも宗教関係者は黙っていない。
「外見じゃ区別すんの難しいけど、デミファクト族に共通するのは元が魔導生物だからかある程度自己改造できるんだよ。で、俺はその血を引いている。身を守る為に一時的な変化は可能なんだよ」
混雑種の大元がデミファクト族と言われてるぐらいだ。今の所自己改造してる混雑種は俺だけだが、デミファクト族の血があるからこそかもしれない。
「何か勘違いさせたみたいだな。あんまり吹聴するものでなければ説明も難しいから仕方なかったんだ。すまなかったな」
だからお前は悪くない気に病むな的な意味を言外に伝える。何勘違いしてんだテメー馬鹿じゃねえのという印象を与えると尾を引くので、こうふわっと誤魔化して無かった事にするのがベターである。
「あ、ああ……こっちも疑って悪かった」
「いいって。そういう事もあるだろ。じゃ、俺は帰るから」
――ケッ。
内心で唾を吐きつつ、俺はアクセルをその場に置いて寮へと帰る。遠巻きに俺達を見ていた生徒がいるので暫くは何でもないような顔をするが、やっぱり腹立つなオイ。
カーッ、無駄な時間過ごした。これなら三毛猫と戦ってる方が運動という意味で有意義だったぞ。
寮に戻り、ストレスの発散に昼寝して夕飯食って、寝に来た三毛猫の定位置にトラバサミ仕込んで喧嘩して就寝。
翌日、定時に起きるという地獄を勤めて朝飯を食い、アクセルのボケを不意に思い出してイラっとしながら授業を憂鬱に受ける。
午前の授業が一つが終わった頃、トイレに行った帰りで俺は渡り廊下の窓から事件の調査をしている騎士がいるのを見つけた。
あんな所で何をしてるのか。サボってねえでちゃんと調査しろよ。
進展があるのかないのか、今日も騎士が学園内で調査していた。食堂は鑑識っぽい調査が既に終わっていて、今は生徒達の聞き取り調査をしていた筈だ。俺は面倒なので声を掛けられないよう避けているが。
にしてもあそこで突っ立てる二人の騎士。サボってるにしてもあそこまで堂々としてるのは変だな。寧ろ人の出入りを防ぐような位置に立ってるな。
そんな事を思っていると正面から騎士様の集団が歩いて来た。先頭を歩くのはフチなしの眼鏡をかけた男だ。
眼鏡かー。別に眼鏡が悪いとは言わないが、俺が死ぬ起因となったガードマンもどきのバイトに無理やり連れ出したクソッタレが眼鏡を付けていたのでそれ以降、インテリ眼鏡風の背の高い男が苦手になった。眼鏡叩き割りたくなるという意味で。流石に初対面の人間にそんな事はしない。
「テリオンだな。お前を王女殿下襲撃への疑いで拘束する!」
「は?」
空耳かと疑う間もなく屈強な――にしては細い筋肉の騎士達に拘束される。
「……は?」
そしてあれよあれよと学園の廊下から牢屋へと連行された。
「…………は?」
「そこで大人しくしているんだな。証拠はすぐにあがるぞ」
鉄格子の向こう、眼鏡騎士がニヤケ顔でそれだけを言い歩き去っていく。
いやちょっと、その言い方だと証拠無いって聞こえるんですが? ねえ、ちょっと、なあ!
「マジかお前ら! こんな事して良いと思ってんのか!?」
鉄格子を掴んで去っていく眼鏡騎士の背中に向かって怒鳴るが無視され、見えなくなった。
「…………マジか。マジなのかー。えぇ、バッカじゃねえ?」
明確な証拠があるなら兎も角、それを提示する事もなく十二のガキを牢屋にブチ込むか普通? いや、昔イタズラしまくって拘留所に一晩放り込まれた事なんてよくあったけど、これは無いわー。アーロン王国騎士に幻滅しました。
いや、そんな事よりも、だ。
「俺、留学してるけど籍はフージレングなんだけど……。下手したらこれ、国際問題にならないか?」
俺に政治は分からぬ。だがふわっとした感じでヤバイ事は分かる。
「……知ーらね」
二度言うが俺に政治は分からぬ。だから知ったこっちゃないのだ。
清掃だけはちゃんとされているっぽい牢屋の中、取り敢えず長方形にしとけばいいだろ的なベッドの上に寝転がる。
果報は寝て待てとも言うし、寝てる間に何とかなるだろ。拷問されたら心臓止めて死んだふりして逃げればいいし。
大雑把に対応を考えた俺はそのまま眠りにつくのだった。
ふと、寝ていると人の足音が聞こえて来たので意識を浮上させる。腹時計から大体七、八時間ほど経ったか。
「おい、起きろ貴様」
目を開けて頭だけ起こすと、鉄格子の向こうにはクソ眼鏡がいた。反射的に睨みつけようとしたのだが、その前に何か奴の顔に引っかき傷があったのでそちらの方に意識が回る。
「…………その顔は?」
「とぼけるな。あんな凶暴な獣を飼っておいて」
「――ブハッ」
思わず吹き出す。こいつ、まさか寮の俺の部屋に入ってあの三毛猫に襲われたのか。ザマァみろやクソ眼鏡が! あの猫には後で食い物をくれてやろう。
「ギャハハハハハハッ! 凶暴な獣とか! たかが猫に何やっての騎士様よォ!?」
「黙れ! 子供だからと手加減してくれると思うなよ。お前には王女襲撃の実行犯の疑いがある」
「へー。所で飯まだ? アーロンの牢屋で出る飯ってどんなの?」
「ふざけていられるのも今の内だぞ。貴様の部屋からは怪しげな薬が見つかっている」
「はーん。それ栄養剤。学園には許可取ってあんだけど?」
「な、何だと?」
何だと、じゃねえよ。確認しとけよ。何でそう雑なの? 自分がこうだと思ったらそこへ一直線か。裏取りって知ってる? どういう思考回路してんのか不思議だ。
こいつ、まさか騎士団の判断ではなく独断で俺を拘束したのか? 立ち振る舞いから貴族なのは確かだし、上級貴族か? 権力にモノを言わせたか。
こうなってくると、騎士団内での地位向上の為に手柄を取ろうと無茶してるようにしか見えない。
「そもそもさ、何で俺が犯人だと思った訳? 子供だからそこんとこちゃんと説明してくれないと分かりませーん」
「このガキ……貴様が王女殿下の光翼に狙われたという目撃情報があった。殿下が持って生まれたギフトの力は悪しき輩を狙い撃つ! 厳密には敵意を向ける者や障害と認識した対象を自動で認識して攻撃するらしいが……兎も角、貴様は殿下の敵だ」
こいつアクセルの同類じゃねえか。そういうのさ、もっとちゃんとした証拠を集めてから判断しろよ。拘束するにしては説得力が足りてない。
いや、それともあの赤毛の王女様の力とやらはそこまで信用されるものなのか。そもそもアレはやっぱりギフトか。クソがッ、強そうなもん持ちやがって!
ステータスにはアビリティと呼ばれる項目がある。これは基本的に生まれながらにして持っている力の事だ。技術を習得する事でステータスに表記されるスキルと違い、種族的な特徴やら個人の体質がこの欄に載る。
そしてギフトもこのアビリティの欄に載る。ギフトと言うのは天から与えられた独自の能力だ。これは極希に発現し、所持者だけが扱えるそいつだけの力。魔法での再現も出来るらしいが、せいぜいが劣化版になる。
ちなみにこのギフトは異世界の魂を持つ者、つまり転生者の多くが持つ。多くなので持ってない奴もいる。そう俺の事だ。ふぁっきんゴッド。
「ははは、敵とか。そのギフトの効果ちゃんと知ってるんすかぁ? 王女に会った事もないだろあんた。というか話してて思うんだけど馬鹿だろ。俺もさ、別に頭良いって訳じゃないけどそんな俺からしても馬鹿だねって分かるよ。眼鏡付けてる癖に馬鹿。この馬鹿!」
「クソガキが大人をおちょくるのもいい加減にしろ」
「子供一人諭せないのに大人かぁ。年食って背丈が伸びるだけなら寝て食ってるだけでも出来るんだよ、バァ~カ」
鉄格子で阻まれているのを良い事に自分でも意味の分からない反復横跳びをしながら手を叩いて挑発する。へいへいへーい、どうしたどうしたぁ。
「貴様ァ!」
軽く挑発程度で剣の柄に手をかけたぞこいつ。不当な暴力反――そういやこの世界というかアーロン王国の法律だと捕まった奴の扱いってどうなってんだ? フージレング公国だと犯罪者は汚物処理の仕事に従事させて糞扱いだが。
まさしくクッソどうでもいい事を考えていると、眼鏡騎士は柄を掴んだままこちらを睨んだままだった。そんな所で剣抜いたところで届かねえよ。それとも開けてくれんの? 脱走しちゃうぞオラ。
牢屋には魔法を妨害する機能が仕込んであるので武器なし魔法なし、魔力で刺激する事で行う肉体変化も使えないがチャンスがあるならイチかバチかでやっちゃうよ俺。
まずはそのムカつく眼鏡を叩き割ってくれるワハハハッ!
「――ゴーデン、何をしている?」
すわ大脱出かと思った時、渋い声が聞こえて複数人の足音が聞こえてきた。
「だ、団長……」
鉄格子の前に現れたのは屈強な男だった。装飾は少ないが質の良い生地の服を着ていることから貴族なのだろう。老歴に差し掛かっていそうなのに筋肉モリモリで威圧感スゲェ。
「ゴーデン、貴様の部隊には学園の警備を任せていた筈だが?」
「こ、これは、その……容疑者を捕らえました!」
「ほう、この子供が容疑者?」
ちらりと男がこちらを見る。ボクシングポーズ(未経験者)をとっていたのを思い出し、俺は姿勢を正す。ちょっと恥ずかしい。
「そのような報告は私の所に届いていないぞ」
「そ、それは、このような子供の事など些事だと思い、容疑が固まるまでは――」
「些事だと? 王女殿下に危害があったかもしれない事件を貴様は些事と言うか。何よりその様子だと明確な証拠がある訳ではないようだな。なのに子供を牢屋へと入れたのか」
決して怒鳴っている訳ではないのだがその静かな物言いに込められた怒気は離れた位置にいる俺もビビる程だった。俺の釈明になる展開ではあるが、このおっさん、おっかない。
「そして彼は我が公国の大事な民ですよ」
おっさんの言葉に付け加える形でまた新たな人物の声が聞こえてきた。鉄格子から離れた場所にいる俺からは見えないが、非ッ常に聞き覚えがある声だった。
血の気が引く感覚を感じながら嘘だと念じるが、俺からでも見える位置にその声の主が現れる。
踝まで届きそうな濃い紫色の髪、闇の中でもはっきりと浮く濃い藍の瞳。対して肌は驚くほど白く美しい容貌の女。だが特に目に付くのは背中から生える髪と同色の翼だ。
「ひぃぎゃああああああああぁぁっ!! 出たぁああああっ!」
狭い牢の中、俺の悲鳴が響き渡った。
フージレング公国――人類種のサラダボウルと言うか坩堝。定番から厄ネタ、ガチヤバまで沢山いる。