第五話 前世からの習慣病は治りませぬ
さて、やって来ました学園に入って初めての休日です。数日前にアクセルが言ったように各所掲示板に張り出された新入生交流会(自主企画)のお知らせに従って開催時刻から三十分ほど遅れて校舎の食堂に行ってみると初々しい子供達がワラワラとおりましたとさ。
なんだろう。パーチー空間に入った途端に感じる疎外感。これはもう空気からしてオメーの席ねーからされてますわ。
ぶったyけ俺は前日まで行くかどうか迷ったのだが、今朝行く事を決めた。
参加しても壁の置物になるだけで自分の非コミュ充っぷりをまた体感するだけで全っ然益も無いんだけどな。自覚あるなら直せと思うだろうが、わざわざ二回目の人生で何で自分からクッソ面倒な人間関係を構築しなきゃならないのか。
じゃあ何で参加したのかと言うと、勇者先輩勧誘計画を断った奴が堂々と交流会に出たらどんな顔されるかな、という好奇心が勝ったからだ。あとアクセルに公衆の面前でボコられたあの悪徳貴族の才能溢れる彼が参加しているか気になったからだ。どっちもどんな顔をしているのか非常に楽しみだ。それにタダ食いできるし。
そんな邪な思惑の元に食堂へ赴いた訳だが、始まったばかりだからか空気はまだエンジンをかけ始めたと言った感じか。これから和気藹々といくのか、混沌とするのか見物……なんて言ったところでたかだか子供の交流会。置いてある料理だって手作り感溢れる切り口がちょっと潰れているサンドイッチや大量かつ簡単に揚げ物ばかりだ。あとざっくりと林檎やバナナが大量にある。
所詮はガキの企画。持ち寄ったゲームやパーティーグッズできゃいのきゃいの雑談するだけ。飲み物もアルコールがなく、空気で酔っている状況だ。ちなみにアーロン王国ではお酒は成人扱いされる十七歳よりも若い十五歳になってから。ウチの地元だと推奨されてないだけで特に禁止されていない。一部の種族だとガチでアルコールが水だから仕方ないね。
バナナの皮を剥いてムシャムシャ喰いながら周囲を見渡す。やっぱり食堂の時とだいたい一緒だな、集まるのは。
学園が始まってから数日の間で出来上がっていたグループで遊んでいたり、複数のグループが合体して雑談に興じている。中には色んなグループへと顔を出す猛者もいる。
さて、あの序盤のかませ役みたいな目にあった可哀想な貴族の不良は来てるかな?
「おっ、来てるやーん。どんな心境で来たんだろ?」
前に俺をぶん殴ってくれた上級生はいないが、数人の同級生を連れている。貴族と平民は育ちの良さからか一目で分かってしまう。特に子供は。だけどあいつらは何と言うか不良系の雰囲気も出ていた。
彼らは適当に食いながらボードゲームで遊んでおり、やっている事は周りと大して変わらないのに空気が明らかに周囲と違いエアポケットが出来ている。不良漫画みてぇ。
というかどういう意図で来た? 一部の空間だけ空気悪くするだけか? 総会屋のように何かを無言で要求しているのか。
真っ赤な林檎をシャクシャク食いながらイベントまだかなーと見守る。胸がスカッとする展開を希望し、それ以外だったら帰る。
少しして、何かやるならとっととやってくれないかなーと思った頃にざわめきが起きた。生徒達が見ている方向に俺も視線を向けると、赤毛と金髪の少女達が食堂に現れていた。
魔法の実技の時にアクセル同様に話題になっていた二人だ。王女様とそれに付き従うようにいる伯爵令嬢はすぐに生徒達に囲まれる。と言っても貴族の子息子女ばかりで、平民は逆に恐れ多いのか遠巻きにしている。
アクセルもまた王女様の所に行って話しかけている。会話は聞こえないし、集まった貴族の子供達が邪魔で表情もよく見えない。
そこに不良貴族が席から立ち上がって賑やかな一角へと突き進んで行った。モーゼの十戒のように人垣が割れる中を進む彼は負けたのが嘘のように堂々としている。ああいう神経は見習いたいところだ。
どうやら彼の狙いは交流会に姿を現すであろう王女様だったようだ。普段何時でも会えるだろと思ったが違うクラスだし、何か明確な理由がない限り正面から交流できないのかもしれない。面倒な事してんなぁ。
さて、見ている限り争うような事態にはならないようだ。舌戦が繰り広げられているかもしれないが、騒ぎに発展していない。
誰でもいいから喧嘩しろよ。人が騒いでいるのを食い物をつまみながら観戦したいんだよ。露骨な主人公属性持ってるアクセルがいて、フージレングの星詠みが思わせぶりな事言っていたから早々に何かあると思ったんだが。
ケッ、役に立たねえな星詠みども。素直にレースの予想屋だけやっていればいいのに。
食い飽きたし帰ろうかと席を立った時だ。突然、会場となった食堂の各所から黒い煙が噴き上がった。
何かのサプライズかと思いきや微弱ながら魔力を感じ、不穏な空気が一気に膨れ上がる。
そして嫌な予感は的中する。煙が渦巻き犬のような四足動物の姿を形作ると暴れ始めた。
食堂内は一瞬で阿鼻叫喚となる。生徒達は突然の事態に慌てて逃げ、黒犬がそれを追って机の上に乗るなり引っくり返すなりして暴れまわる。せっかくの食い物が床に散乱していく。
「おいおい……」
何これ。何か起こればいいなー、とか思ってたのは確かだけど流石にこういうのは引くわー。
逃げる生徒を追ってテーブルに体当たりをかました黒犬の一体がこっちを振り向いた。来んなよ、とか思うよりも早く黒犬は俺に飛びかかって来る。
反射的に指を硬化させて爪を伸ばし、手刀で黒犬の即頭部を突き刺す。霞を振り払う程度の軽い感触の後、黒犬は霧散する。残ったのは煤だけだ。
「魔導生物か」
魔法関連の技術による人工的な魔物だ。しかも超簡易型。スッカスカだから体重がない。込めた魔力で瞬間出力を出してテーブルを蹴り飛ばせるがパワーがなく殴ったら軽く崩れる。それでも牙や爪が脆くもガラスのように薄く尖っているので殺傷力があるようだ。
「質が悪いな」
ぶっちゃけ棒持って叩けばそれで勝てるが、突然の事で出現した時のインパクトか生徒達は冷静さを失っている。
「はいはい、風、風、風」
空気弾を撃って魔導生物を散らす。威力は枕投げられた程度だが、炭を媒体にしている黒犬達には効果覿面だった。というかツエー連中は何してんの? モブにやらせてないでお前らがやれよ。
あっ、取り巻いてた生徒が邪魔なのか。つっかえねぇなぁオイ。
心の中で罵倒してると、それに反抗するかのように生徒達が集まってる場所の中心から光の翼が伸びた。
光の翼は天井近くに伸びると鎌首をもたげて先端を下に向けた。そして枝分かれてして残った黒犬達へと一斉に襲いかかった。槍のように鋭い先端が次々と差し貫いて倒していく。
「すっげー……へ?」
光の槍の一本がこっち来た。
「うおっ!?」
横に跳んで避けると槍は床に突き刺さる。何で俺狙って来るんだよ! どういう風に識別してるのか知らないが、魔導生物だけを標的にしてたんじゃ……いや、もしかして。
はたと心当たりを思いついて異形化させた指を見下ろす。床に突き刺さった槍が枝別れして先端をこちらに向けたのもあって慌てて元に戻すと、槍の動きが止まった。
あっぶね。そういやデミファクト族の祖先は魔導生物だった。指を変身させた時にデミファクト族の血が色濃く出たのでそれで誤認したのだろう。
クッソ迷惑な。そしてなんだこの光の翼やら槍やらは。
床から独りでに光の槍が引き抜かれて戻っていく。直後、生徒達から歓声が上がる。
「…………」
あの中心にいたのは四人。不良貴族じゃないなら、残るは王女様と金髪とアクセル。誰がアレを出したのか生徒達が邪魔で分からず、無理に知ろうとしてもあの盛り上がってる輪の中にも入りづらい。
光の正体を探るのは諦めよう。それよりもこんなサプライズモンスターを用意したの誰だよ。すっげぇ迷惑。
交流会は結局それが原因でお開きとなり、教師達が呼ばれるだけでなく騎士団までもが出動する騒ぎになった。一年生が集まり王女が来たタイミングで魔導生物の出現となれば当然だろう。
一通りの聞き取り調査が終わった後、俺達生徒は寮へと帰された。
次の日には先生の方から危険なイタズラは止めて犯人は自主してくださいと、まるで期待してない感じで話があっただけにとどまった。そして授業は普通に行われた。そこは休みにしておくべきだろ。学級閉鎖の概念が無いなんて地獄かこの世界は。
騒ぎを助長しないよう務めるクールな教師陣と違い、生徒達の間では交流会に起きた事件の話で持ちきりだった。
当たり前と言えば当たり前だ。会話の輪に混じらず横からわいのわいの話してる彼ら彼女らの話を盗み聞きしてみると、どうやら先日俺を誤って殺しかけた光の槍は王女様の力であるらしい。コエーな王女。というか魔法? それともギフト? 王族だから高級なマジックアイテムの可能性もある。どちらにしてもまた誤爆されても適わんから関わらないようにしとこ。
魔導生物を放った犯人についてだが、犯人逮捕の情報はまだない。そもどこからあれらが出てきたのか謎だ。
術者が直接出した。それなら即犯人逮捕だ。
魔導生物って言うのは作った本人にとって都合の良い生き物だ。大きさから形、機能、携帯性を用途に合わせて自由に設定できる。
黒犬が炭の粉末で構成されていて複数箇所から同時に出現したことから、小さな入れ物に収納してエネルギーとなる魔力を込めた魔石をタイマー式で起動させるようにすれば十分にあの騒ぎを起こせる。
タイマー式なら王女が現れたタイミングで出現したのは偶然か? 意図していたら王女のスケジュールを知る事のできる人間に限られる。そうだとしたら、逆に王女狙いにしては魔導生物が雑魚い。だってよく分からん光の羽を出すような奴だぞ。もっと凶悪なの呼ぼうぜ。
偶然だとしたら犯人の本当の目的は? あれかな、単純に交流会をぶっ潰したかったと。交流会の主催者であるアクセルに恥をかかせたかったと。いいぞもっとやれ。ただし他所でな。
まあ、俺の予想が当たっていようといまいと事件には騎士団が乗り出してるから解決は時間の問題の上に、ぶっちゃけ俺って事件に巻き込まれた被害者以上でも以下でもないから。
新入生交流会襲撃事件(勝手に命名)に盛り上がる生徒達を他所にして俺は普段通りに過ごしていた。
放課後になり、部屋に居座る野良猫をどう追い出そうかと考えながら校舎を出た時だ。アクセルが声をかけてきた。
「テリオン、悪いんだけど時間いいかな?」
「良くない。俺はこれから帰って夕飯まで昼寝るんだ」
「昼寝るって……時間あるって事じゃ」
「はぁ? ねえよ」
予定がないイコールてめぇの都合に付き合うという法則は成り立たないんですぅー。
「そう言わず、少しだけでいいんだ。確認したい事があるから」
「チッ、しょーがねーなー」
「そ、それじゃあ、ちょっと向こうの方に行こうか」
これ以上ゴネてもしつこく言ってきそうなので聞いてやるだけ聞いてやるか。
人に聞かれたくないのか、アクセルが誘導したのは学園の敷地内にある空き地のようなスペースだ。各施設を結ぶ並木道から見えるが会話は聞こえない距離にある公園のような場所。ただし遊具もなければベンチもない本当に植物以外は何もない場所だ。
「で、何?」
「単刀直入に言おう。交流会での事件、君がやったんじゃないか?」
「………………」
胸ポケットやズボンのポケットを前世の癖で弄るが、心を落ち着かせてくれるニコチンの白い棒は当然そこにはなかった。今、二度目の成人を迎えるまで禁煙してるんだった。
――フッザけんなよテメェゴラァァッ!!