第四十二話 滞納は首を絞める
エルダーエルフの短縮された茶会が終わった後もヴァレリアのスケジュールはまだ終わらない。俺は次々と予定に組まれている訪問先へとヴァレリアを案内した。
アイドルの鞄持ちやってる気分だったが、それ以上に……うん、何て言うか案内する先で起きたで起きた事にフージレングに民として恥ずかしかった。
何と言うかね、ジー様バー様どもが皆してヴァレリアのファンだったと言う――違う、そうだけどソッチじゃなくて、行く先々で『これがフージレングの恥部でーす!』と宣伝しているようなハプニングがどこへ行っても起きた。
最初の妖精女王登場もそうだし、人魚族の所では生け簀にこっそり飼ってたジャイアントタートルが首を出して大騒ぎになったし、アイドルに会えた事に張り切った獣人族の偉い人がちょっとハッチャけて力自慢して投げたボール(鉄)が鬼人族の友人に運悪く命中、肉体自慢の種族でよくある割と本気な殺意混じった喧嘩に発展もした。他にも他にも――。
なんと言うか、フージレングってギャグ漫画だからこそ許されるハチャメチャ具合を当たり前にやる国なのだ。
これは多様な種族がより集まりそれぞれ戦乱の時代を生き延びただけの能力を保有しているので数が多くて突然変異がポンポン起きる点を除けば凡庸な人間と比べ大分手加減抜きでやれるからだろう。だからって決してまともとは言えないが。
外国から来た観光客の中に気絶して二度と来ないと悲鳴を上げた者が数パーセントいると言えばイカレ具合は分かるだろう。
これが他国の賓客とか相手にする時は分厚い皮被って対応できるが、今回は歌姫が来たので締め直した筈のネジがそのまますっぽ抜けたようだ。馬鹿じゃねえの。これだからフージレングは。
「あははっ、こんな高い場所を飛ぶなんて初めてだわ」
案内役なんて引き受けるんじゃなかったとこの歳で胃の捻れるような軽い痛みを我慢している間に、隣に座るヴァレリアが楽しそうな声を上げる。
ゲストが楽しそうならいいか――とか一瞬思ってしまった。
ええ、そりゃあ初めてでしょうね。竜化した竜人族の背中に乗って空の散歩とか!
俺達は本日の予定の締めくくりとしてドラゴンの背中に乗っていた。なんだよドラゴンライダー体験コーナーが締めくくりとか。童話の人気者の妖精女王との出会いから始まって最後がドラゴンとかファンタジー体験どころか伝記書けるぞ。しかもこの竜、竜人族で偉い人だからね。ヴァレリアにサイン書いて貰ってたけど。サイン書いて貰ってたけど! 上層部本当に馬鹿だなァ!
偉い人の背中に乗って空中散歩とか文字だけにすると頭の病気かなと思われるような体験をした後、屋敷に帰った。夕日が綺麗だったなー。
「今日はアーロンでは体験できない経験をさせてもらったわ」
そりゃそうでしょうよ。余所でもこんなビックリ生物やファンタジーナマモノが蔓延っていたら俺は引き篭るから。
竜に送迎されて俺の役目は終わった訳だが、帰る前にお茶に誘われた。実際疲労していたのでありがたく頂くことにした。あー、暖かい紅茶が胃に染みる。
「そういえば、だけれど」
「はい?」
「貴方、転生者なのよね?」
「そうですけど……」
「あら、もしかして前世には触れて欲しくなかった? ごめんなさい」
違うんすよ。死因と無関係じゃないって知られるのが気まずいだけなんすよ。
「いや、別に特筆するような人生送ってないんで。そういえばアーロンって転生者多いですよね」
「そうね。私もあんなにいるなんて初めて知った時驚いたわ。……アレがいたのはもっと驚いたけど」
最後『アレ』に関して言うヴァレリアの声は低かった。今までの上品な態度から一瞬見えた感情の篭もった声は美人という事もあって肝が冷える。
「えーっと、アナスタシアですか?」
「王女殿下からかしら?」
「え? あっ、まぁそうです」
しまった。口を滑らせた。
俺の焦りに気づいたヴァレリアは先程の低い声とは一変して、微苦笑を浮かべた。俺に怒っている訳ではないようだ。
「すいません」
「謝らなくても良いわ。殿下は昔も今も私のファンでいてくれるようで、私は嬉しいわ。それに立場からして気軽に話せる相手が少ない方だから、貴方のように何の弊害もない人は貴重だわ」
「いや、俺ただの留学生なんですけど」
「ふふっ、それ冗談のつもり? フージレング公王との面識どころかエルダー種の方々とあんなに親しそうにしていたじゃない。下手をしたらそこらの国の上位貴族よりも凄いわ」
馬鹿過ぎて忘れそうになるがジー様バー様は物語の登場人物が実在したような連中だ。歴史上の人物が何故か現代まで生きていたとも言っていい。
確かにそう言ってしまえば俺が凄いように思える。だが、あいつら引き篭って自分の趣味に没頭するのがデフォだけど、外界との関係を完全に拒絶してる訳じゃない。数年に一度は外に気まぐれで堂々と散歩してる。そこらの赤ん坊でも目にする機会はあるだろう。
「そもそも平民の子が案内役なんて仕事できないわ」
「そうかもしれないですね」
何も考えずに返事すると、ヴァレリアがまた笑う。
「現代っ子ぽいわね本当に。淡白と言うか何て言うか。転生者なのに珍しい」
「転生者と関係が?」
「これは私がそう思っているだけなのだけど、転生者は何かしらの熱を持っているわ。程度の程は置いておくとして」
「熱、ですか?」
「熱と言えるほど暖かいものかどうかは分からない。アウターアビリティだって、その人の未練が形になったようなものでしょう」
そのチート能力俺には無いんすよねぇ。だからかつい意地悪な事を言ってしまいたくなる。というか言う。
「アナスタシアも」
「アレは典型的な悪い例ね。死ねば良いのに」
おっとぉ、流石は世界的有名な歌手の声だ。物理的に冷たいと感じた。鳥肌立ちまくりだ。
「アレは前世で私と無理心中をしようとしてコンサートに乗り込んで来たの。全く面識はないし、当時は男だったし、生まれ変わっても付き纏って来て本当に悪夢だわ」
「どうして殺さないんすか?」
怖い事を言ったが、ぶっちゃけアナスタシアの方が怖い。アレを始末すると言っても誰も反対しないだろ。
「前世と違って生存能力を身につけたようで上手くいかないの」
殺そうと試みたような言い方は止めてください。
「一応、周囲を殺さないように最後の一線だけは守っているみたい。その物分かりを前世で身につけて欲しかった。それならあの人も死なずに済んだのに」
「あの人?」
「コンサートの時に巻き添えで殺されてしまった人よ。今思い出しても可哀想だわ」
すんません、目の前にいます。周囲に不満零しながらクダ巻いてるような奴なんで気にする必要な無いっすよ?
とは流石に言えない。言ったら言ったでややこしい。
「はぁ……アレの話は止めましょう。それよりも、ああそうだ、貴方のアウターアビリティは?」
「ないです」
「そう思ったわ」
湧き上がる劣等感を押さえ努めて冷静に言った途端これである。喧嘩売ってんのか。
「私もよ」
「え?」
「アウターアビリティを持っていないの。未練もなく死んだからでしょうね」
「未練がない?」
「九十近くまで生きたお婆ちゃんよ? やり残した事が無いなんて言えないけど、悔いを残して死ぬのは当然っていう諦観があったからアウターアビリティが発生しなかったんだわ」
「――――」
絶句するしかなかった。やべぇ、人として格の差に心筋梗塞起こしそうだ。呼吸がちょっとしにくい。羞恥でちょっと体が震えるのを堪えるのに神経を集中させつつその日の仕事の締めくくりとして軽い雑談を乗り越え、俺は帰路に着いた。
心身共に疲れ、自室のベッドの上に寝転がる。
そして俺は改めてヴァレリアとの会話を思い出す。
俺もまた転生者が持つアウターアビリティを持っていない。
同じなようでいて、まったく違う。
俺の人生は薄っぺらい。若くして死んだとかではなく、自他から見ても積み上げた物がない。無味乾燥と言うか、ただの水道水だなって感じ。
逆にヴァレリアは生まれ変わってもリズベットのようなファンをしている者がいる程のアイドル歌手だった。晩年彼女がどのように評価されていたのかは知らないが、この世界でもまた人々を魅了する歌を歌い続けている。
少なくとも前世で強い未練を残さない程度の納得した人生を送り、今も昔も人々を魅了し続けている。
それで俺の方は? いや別にそんな立派な人生を送ろうと思わない。何かに賭ける熱なんて前世の頃から持っていない。
だが、期待されている身だった。
俺が混雑種として判明してから暫く、新たな種として人間ドックよりも長く多い様々な検査を受けた。こんな物で何が分かるのかと素人には謎の幾つものテストに血を採取しての科学的な調査に、あと怪しい宗教儀式臭のする魔法による検査。
当時はクッソ面倒だと思いつつ全ての検査が終わり、結果を聞かされた時は『あ、そう』程度の感想しか抱かなかった。
だが同じくその結果を聞いた各種族の長達が浮かべた表情は筆舌に尽くし難かった。
――世代を紡げる。
何勝手にテメェの家の子と結婚するって言った、なんて思わなくもなかった。だけど何百年と、或いは千を悠に越える時を生きた長老達の中に涙を流す者までいたとなってはそんな思いは隅に追いやられた。
現代日本の感覚が残る俺に純血の世代を残す事の意味と想いは理解しにくい。でも彼らにとってはそれは心の底から大事なのだ。
特に望みもなくただ生きている俺。そんな俺に希望を見出している人達。何も残した事のない凡夫が残したい彼らの希望となっているなんて笑い話にもならない。
今まで避けていた考えだったが、ヴァレリアの話が妙に頭に残ってそれが歯車のように他の思考を回す。
「はぁ……ままならんな。年貢の納め時かもしれん」




