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第三十九話 真の敵は内輪にあり


 フージレングの歴史は五百年弱(多分)だが、種族の歴史で言えばこの大陸に知的生命体が誕生した時代に遡ると言う。

 歴史が長い……つまり闇も深い。

 そんな闇の深さを泥にして圧縮してヌメヌメに固めたのが研究塔だ。どのくらいヤバいかと言うと、昭和の特撮の悪の組織ぐらいヤバい。ただし世界征服には興味がない。

 さて、明らかに日当たりの悪い家賃安そうな立地に建てられた塔。遠くから公都全体を見たら山に煙突が生えているように見える。

 そんな黒い円柱の物体の中に入る。蝋燭で灯された石造りの内部。上を見ると螺旋階段が伸び、天井が見えない。

 俺は塔内の目的の場所に行くため階段――の横を通り過ぎて壁の中に入る。

 塔の部分は飾りだ。昔は使ってたらしいが狭いとか近所から煩いとかの苦情が来て主な研究施設を地下に移したのだ。代わりに防犯機能増し増しだ。一回、試しに味わってと巫山戯た事を言われてトラップを起動させられた。本気で死ぬかと思った。あと今世で最初に殺意を抱いた瞬間だった。

 隠れた壁を通って乗り込んだ先はエレベーターだ。表の中世ファンタジーな雰囲気を無視した鉄の箱。レバーで行き先を選択して、別の起動レバーを倒す。

 ガコンッ、と音がして後は静かに降りていく。

 腕を回して柔軟している内に、軽い振動が起きて到着を知らせるフルートの音がなる。この間の抜けた音は何とかならんのか。デパートのファミリー的なメロディっぽいリズム止めろよ。

 エレベーターから降りると病院みたいな白い通路が伸びている。時代っつうか世界観が違ーう!

 無臭な通路を進んで行く。ちなみにここにもトラップが仕掛けられている。塔がダミーと気付き地下に侵入した場合、まず塔が崩壊する。瓦礫とそこに刻まれた妨害用結界術式によって物理的にも魔術的にも蓋をされ、侵入者は進むしかなくなる。そこから行われるのはトラップを配置する拠点防衛系ゲームさながらの悪辣さの見本である。侵入者も実験体にするのがここの連中だ。

 相手が犯罪者だからどんな実験しても良いと張り切るヤベー連中だ。

 そんな連中の一人に俺は今から会いに行くんだよなぁ。


「…………やっぱ帰ろ」


 回れ右する。直後、床が消失した。


「そんな気はしてた……うおぉぉぉぉっ!!」


 落とし穴は緩やかな坂となっていて滑り台のように俺をどこかへ運んでいく。つーかどんどん速度が上がって何がどうなって進んでいるのか分からない。落ちるだけでなく横に向かうのは当然として、何か体感する重力の方向から上にも向かっている気がする。


「のああああああぁぁぁぁっ!? ――あ?」


 目が回る勢いの中、叫んでいたら何時の間にか司会が超高速で移動する壁から見覚えのある部屋へと変わっていて、俺は安っぽい丸椅子に座っていた。


「…………」


 ヤケに柔らかいクッションの椅子の感触を尻で感じながら天井を見上げる。丁度、俺が落ちてきたと思われる穴が閉じるところだった。開閉式のドアじゃなくて液体みたいなのが穴を塞ぐ。


「いらっしゃい、テリオン」


 声が聞こえたので前に向き直ると、この研究室の主である男が立っていた。

 口から火炎放射!


「バリヤー!」


 開いた口から放射された炎は男が両腕でペケを作って生み出された見えない壁に阻まれた。チッ。

 目の前にいる男は地味なシャツとズボンという質素な服装の上に白衣のような白いローブを羽織っていた。

 背が高く色白で整った顔立ち。長い耳。バリヤーとやらを張った時に感じた膨大な魔力。

 エルフだ。ただし普通のエルフじゃない。オーメルのような上位(ハイ)エルフでもない、古代(エルダー)だ。

 古代種とか、エルフの始祖とか言われているエルフ族の中の最上位種。

 フージレングの外では伝説扱いで、国内でも雲の上の存在であるエルダー種。その一人が今俺の前にいる男、リーグだ。


「前より変化スピード上げたね。子供は成長が早い。あっ、コーヒー飲む?」


 いきなり攻撃されたのに気にしないリーグは俺にマグカップを差し出す。煎れたてなのか湯気が昇っていた。中身はコーヒーらしく黒い液体。ただし独りでに波が立っている。


「スライムか!」

「違う違う。ただ新食感を目指しただけだよ。最近、食品の開発をしてるんだけど駄菓子みたいな中毒性にはまだ届いていない」

「中毒性を目指すなよ」


 受け取ったコップを他所に置く。その際に、壁の棚に置かれたホルマリン漬けの巨大な目と目が合う。

 広い部屋の中は前世で言う実験機器と棚で壁が埋め尽くされ、作業台が用途に分けられ幾つか置かれている。

 見ての通りの実験室。いや作業室だ。

 リーグは研究者だ。何の研究者かと言うと何でもだ。エルダー種に寿命はない。生命力も強く魔力だって強い。人間の一生をかける事でも彼らにとっては永遠の時の一部でしかない。

 前見た時と比べ作業台の様子が全然変わっている。何かの鉱物やら生物の細胞やら……


「その台の上の俺のじゃん!」


 作業台の一つに置かれていたのは神殿でも見た俺が脱ぎ捨てた外殻だった。


「僕は君の主治医だからね。それに研究用として提供したの君じゃん」

「そうだけど怪しい溶液に浸かれてたり針が刺さりまくってハリネズミみたいになってる光景見て平静でいられるか!」


 リーグは俺の主治医だ。正確に言うなら混雑種の研究者だ。つまり奴にとっては俺は超貴重な研究対象なのだ!


「君自身を解剖してる訳じゃないからいいじゃん。それに医療目的以外で君にメス入れたら呪いで死ぬ」

「信用ねえのな」

「ある意味信用されてると言えるね」


 リーグは天才学者の類だ。そして犯罪者だ。

 いや、ここ数百年は犯罪を犯しては無いらしいが大昔に大分やらかして他のジー様バー様達に睨まれている。あっ、ちなみにリーグも年寄り連中の一人だ。

 ただ大昔の話の上に、クソッて言いたくなるほどクソ優秀なのだ。自分で言うのもなんだが、希少種族の未来に大きな影響を及ぼす俺の身体のチェックを任せられるだけの技術がある。

 混雑種は俺の母親をはじめ数人いるが、完全な混雑種は俺だけ。今後、俺以外の混雑種が誕生する事を考え、綿密な研究と注意深い観察が必要だ。過去の所業を考えても、最高の知識と技術を持つ者としてリーグが俺の主治医になった。

 リーグがエルダーの記憶にしか残らないほど昔に一体何を仕出かしたのか俺は知らない。永劫迷宮に閉じ込められ、フージレングに移ってからもこの地下から出る事は許されず幾重にも施された呪いを服のように着続けている理由を知らない。だが、俺を任せるだけの信頼もまたある。


「何かキモイぞお前ら」

「いきなり何?」

「キモいぞエルダー。こじらせてる感してて病んでそう」

「エルダーに対してそう言えるのは君だけだよ」


 自分でもそこはスゲェと思っている。でもお前らがそうさせるんだぞ?


「取り敢えず雑談はここまでにして、検査を先に済ませてしまおう」

「へいへい」


 言われるまま、俺は検査を受ける事にする。と言うか元からその目的でここ来た訳だし。だけど今から診察予定の外来患者を落とし穴に落として三次元スライダーで振り回すのは医者のやる事だろうか?

 何度も着ているので俺も慣れたもので、診察着に着替えてCTスキャンのようなデカい輪っかの中に入る。


「ふむ……全身変化をしたと聞いていたけど、特におかしな所はないね。臓器も増えたままになっていない」


 無数に浮かぶ魔法陣やらパソコンのウィンドウみたいな物を周囲に浮かべたリーグが俺に聞こえるように呟いていく。

 昔、知らん間に内蔵が増えてたって事もある。後から、変化させようとした際のミスだと判明した。


「負傷部分も全て再生させずにある程度まで止めて後は自然治癒に任せているね。感心感心」


 俺の疲労の原因だ。変化の応用で俺は細胞分裂を繰り返して破損した組織を再生? させる事ができる。でも完全に直すのは気持ちが悪いので体を動かすのに支障の無い程度は放置してある。外からじゃ見えないようにはしているが。


「高速再生させるとどこかで小さなズレが生じるからね。細胞増殖実験用の魔導生物を作った事はあるけど、やっぱり力業は良くない」

「得体の知れないの作ってるなぁ」

「何体化か逃げ出したから、もしかして君のご先祖様かもしれないね」

「止めろやテメェ!」


 経歴が黒く塗り潰されてる系のヤバい奴なので有り得そうだから本気で怖い。


「血管も神経も問題なし。強いて言うなら少し筋力と骨密度の上昇が強い。戦いで本能が強さを求めたかな? 通常状態で急速に強化すると私生活に影響が出るから気をつけて」

「へーい」


 助言を貰ったところで診察は終わる。速ぇよ。楽で良いけど。


「診察データ保管保管、と。君は本当に不思議生物だよね」

「俺じゃなくて混雑種がだよ」

「いやぁ、術理の僕としてはこんなトンデモ種族が今後生まれる方が恐怖だね。魔導生物専門の魔術師が見たら発狂モノだよ? だって、一つの完成形な訳だし」

「マジか」

「マジだよ。君が提供した外殻一つ取っても研究者としては黄金よりも価値のある物だ」


 人の診察データを記録結晶に封印したリーグは作業台に置かれた外殻の一部を手に取る。


「君から離れて化石化しているが、元の状態でも訳が分からないだろうね。植物のように成長する鉱石を昔に発見した事はあるけど、ここまでの完成度は無かった。戦闘の観念で見ても素晴らしいと言える」


 外殻をリーグは軽く叩きながら続ける。


「一見すると昆虫の外殻に似ている。だけどこれは何層にも重ねられた皮膚で一枚一枚の特性が違う。表面部分だけ見ても、ただ固いだけじゃない。顕微鏡で見て分かるサイズだが、鱗のようになっていてそれの並びや形を変える事であらゆる攻撃に対処するようになっているね。これは意識的に?」

「半々、かな? ぶっちゃけ鎧になりそうなのをイメージして引っ掛かった血を喚起させて混ぜてるだけだから細かい所は知らん」

「直感……本能かな? 獣属性の種族はそのフワッとした感じで仕出かすからなぁ」

「獣属性とか言ってやるなよ。というか仕出かした側だろあんたもよぉ! だいたいスッゲースッゲー言われた所で上位陣に勝てる気が微塵しねえから惨めだ!」

「俺ツエー連中は種族とか関係なしに存在がイカレてるから比べない方が良いよ」

「魔翼族とか吸血鬼族とか」

「あれは誕生事態が世界のバグだから。フージレングでも一番の研究者という自負のある僕だから間違いない。何なんだろうね? 大気中の魔力を集め圧縮する羽根とか。体を霧に変えて肉体を再構成とかハッキリ言って意味が分からない」

「その血は俺にも流れてるんだけど?」

「君は一応下敷きがあるから。それに上位種族は使いに難いんでしょ」


 エルダー系とかバグ系列の種族は確かに上手く変化させられない。ある程度はできるが何と言うか、酸素の供給なしで地面の真下に掘り進める感じがして難しい。


「チッ、俺の俺ツエーはやっぱり無理か。ドチクショウ!」

「帰るのかい?」

「検査終わったらもう用ねえし」

「帰りにドドラの所に寄って行くと良いよ」


 ドドラとは研究塔地下にいるエルダードワーフだ。年中マグマのような炉の前でハンマー振り下ろしている老人だ。


「君の部位素材で何か作ってたから」

「人の体をゲームのモンスターが落とす素材みたいにしてんじゃねえよ!」


歩く無限レア素材(生もの)テリオン!

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